第1章:名探偵と美少女と召使い
「オレには…両親がいないんです。母は、物心着く前に居なくなって…父は、事故で亡くなりました。」
「母親の失踪に、父親は事故死……ね………」
…何か思うところでもあるのだろうか?
探偵は何かを考えている様子だった。
「・・・あの、何か気になることでもあるんですか?」
「ん?ああ失敬。いやね、キミの母親の失踪まではなんとなく想像出来たんだけど、まさか…父親までとは思わなくてさ」
「ああ…そのことですか」
なんだ…意外にも、そういうちょっとした良心みたいなものはあるのか。
「因みになんだが…父親が事故で亡くなったのは、いつの話なんだい?」
「?何でそんなことまで聞くんですか?」
「あ、いや…言いたくないなら無理にとは言わないが…」
どことなく居心地な悪そうな素振りを見せる探偵。
自分で聞いておきながら、その態度はどうかと思う。
悪いことを聞いたという自覚があるのなら始めから聞き出そうとしなければいいのに。
「ふっ別にいいですよ。変に気を遣わなくて」
半ばヤケクソ気味だったのかもしれない。
探偵にここぞとばかりに煽られたくらいで口を滑らすなんて、我ながら単純だとは思う。
けど本当に今更どうってことない。
それに、これはもうオレの中では終わったことなんだから。
それにオレが話すことで、探偵が真凛亜ちゃんと本当の意味で向き合ってくれるなら安いものじゃないか。
「…事故については実際に見たわけじゃないんで、詳しいことは分かりません。」
「見たわけじゃ、ない…?」
「ええ、まぁ…。あくまで聞いた話なので」
「それはもしかして、例の万年筆をくれたお祖父さんから聞いたのかな?」
「良く分かりましたね、そうですよ。…その、祖父からです。元々あの万年筆は祖父から父へ…そしてゆくゆくはオレへと受け継いで、本来なら今頃はオレの父親の手に渡っているはずだったんです。」
「…それで、急遽キミの手に渡ることになったというわけか」
「・・・祖父がオレに万年筆を渡した理由は分かりません。でもこれは安心院家にとって無くてはならないモノだから、絶対に大切するようにって。けして、無くしてはならないって祖父は言ってました。」
「…なるほど。これでようやく合点がいったよ。」
「合点…ですか?」
「ああ、キミが探偵を頼りに来た理由さ。いくらスリにあったとはいえ、たかが万年筆のために探偵を雇うなんて割に合わないからね」
「いや取られたのは万年筆だけじゃなくて、スクールバッグや教科書もなんですけど…」
「ああ、そういえばそうか。これは失敬失敬ッ」
全くもって悪びれる感じがない。
オレの話が聞きたいというから話したというのに、興味があるのかないのかさっぱり分からない。
「まぁ別にいいですけど。それで、事故については…」
「いやそれはまだいい。その話はまた今度にしてもらっていいかな」
「え、なんですか急に…。最初に話せって言ったのは探偵の方じゃないですか。まだ万年筆の話しかしてませんよ?」
「まぁ…その、なんだ。心の整理というか…ああ、別に召使いくんは気にしなくていい」
「…?まぁ気にするなと言われれば別に気にしませんけど…」
なんだろう、このあからさま態度…。
明らかにさっきまでと様子が違う気がする。
まさか、いまさら同情でもしているんだろうか?
…いや流石に自分から聞き出しておいて、それはないだろう。
探偵が気にするなと言っているのだから、そもそもオレには関係のないことだ。
それに…こればかりオレも聞きづらい。
『ガラにもなく落ち込んでいるんですか?』って、聞いたところで、どうせ鼻で笑われるに決まっている。
それよりも、真凛亜ちゃんの件が重要だ。
すっかり話が逸れてしまった。
オレは慌てて、本題に入ろうとしたが…探偵のある行動によって、それは遮られてしまった。
探偵は何を思ったのか不意にオレの頭にそっと手を乗せてこう言ってきた。
「…悪かったね」
そのまま頭を撫でられ、オレはされるがままになる。
ぽんぽんと優しい手付きで撫で続ける探偵。
「ちょっ…いきなりなんですかっ!!」
状況を理解するまで数秒時間が掛かってしまう始末。
恥ずかしさのあまり思わず探偵の手を振り払った。
からかっているのか、単なる同情の延長なのか、理由は定かではないけれど、少なくともオレは探偵の意外な行為にかなり動揺していた。
な、なんなんだこの人は…もう。
「おや、嫌だったかい?」
「嫌とかそういう問題じゃありません!オレの話、ちゃんと聞いてましたよね?」
「話?…ああ、そういえば言ってたね。」
「約束通り、オレはちゃんと話しましたからね。真凛亜ちゃんのこと、後はよろしくお願いしますよ」
ほんっとこの人は調子がいいな…。
さっきまでの様子が嘘みたいだ。
まぁでもこれで…全てが丸く収まる、そう思った矢先、探偵が更なる驚きの言葉を発した。
「召使いくんには悪いけど、真凛亜ちゃんには話すつもりはないよ」
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