第1章: 名探偵と美少女と召使い

 


そう、彼は否定しなかった。

本来であればこんなのはただの言い掛かりに過ぎないはずだというのに、否定もせず怒りもせず、ただ静かに微笑んだのだ。


正直、驚いたよ。

まさかここに来て笑みを浮かべるなんて、誰が想像出来ようか。



「ああ、そうさ。あんたの言う通りだよ。…俺は、真凛亜を誘拐したんだ。」



その様子は肩の荷が下りたみたいに晴れ晴れとしたようにも見て取れた。


口調こそは荒々しいは、少なくとも焦りや躍起になっていた時と比べるとその差は歴然だった。


今にして思えばこれが既に彼の覚悟の表れだったのかもしれない。

そう…父親としての覚悟を垣間見た気がしたんだ。



「……父親が実の子どもを誘拐する理由…それは並々ならぬ事情がおありでしょう」


「…あんたに、分かるっていうのか?」


「まぁそれは単に憶測に過ぎないですが、別段難しいことではありませんよ。大体察しは付きます。…例えば、そう…家庭内暴力、またはネグレクト…などが挙げられますよね」


「・・・概ね当たりだよ。真衣子は…こんな綺麗な見た目の裏腹に中身はとんでもない女だったさ」


「裏腹に…というと、暴力ですか?」


「…そんな生優しいもんじゃねぇよ。」



そう呟く彼の顔には既に笑みなんてものは消えていた。


無表情に無感情に、ただ静かにことの顛末を話し始めたのだった。




「真凛亜は…殺される寸前だったんだよ。実の母親でもある…真衣子にな」















「こ、殺される寸前て……」



もはや何度目だろうか。

召使いくんは酷く驚愕していた。


今までの反応から一変して、言葉を失うくらいの衝撃だったんだろう。

何も言い返そうとはせず、ただただ唖然としていた。



「…何か、不思議に思わないかい?」



私はあえて、こう尋ねた。

混乱状態の彼にこんなことを聞くのもどうかとは思ったが、いずれ冷静になればむしろ彼の方から聞いてくることが分かっていたからね。


だからここは私からあえて問題提義しよう。

おそらく召使いくんはこの時、こう思ったはずだ。


【何故、真凛亜ちゃんは殺されそうになった母親に10年経った今もなお会いたがっているのか】とね。



「………わざわざ俺に言わせたいんですか」


「まぁね。キミなら当然に疑問に思うことだろう?」


「・・・・ほんとそうですよ。誘拐とか…殺されるとか…話が無茶苦茶で………」


「ーけど、これは全て事実だ。そして、真実は更にその先にある」




父親の誘拐。

母親の殺人未遂。



不幸にもそれら全ては、真凛亜ちゃんの3歳の誕生日に始まった。

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