第1章: 名探偵と美少女と召使い
今日は、真凛亜の3歳の誕生日だ。
俺は盛大に祝おうと年甲斐なく、気合いの入った大きめなバースデーケーキと可愛らしいティーセットを買った。
ケーキはともかく3歳の子どもにティーセットなんていくらなんでもまだ早いとは思ったが、どうやら真衣子の話によると以前からこのティーセットを欲しがっていたらしい。
少し不思議には思ったが、女の子というものはそういうものだろうと思っていた。
実際真凛亜はまだ小さいとはいえ、かなりしっかりした子どもだった。
言い方を変えれば子どもらしくないマセた子どもといえるが、それでも俺は真凛亜の成長が素直に嬉しかった。
だからこそ、今日3歳になる我が子をこうしてお祝い出来ることが、本当に嬉しくて幸せで、この幸せがずっと続いていくんだと…また来年もこうして我が子の誕生日を祝うことが出来るものだと…この時は当然のようにそう信じていた。
*
この日は足取りも軽く、家に着くと同時に玄関のドアを開けた。
玄関からリビングまでの距離がこんなにももどかしいと感じたのとは久しぶりだった。
ああ、早く真凛亜の喜ぶ顔が見たい。
そんな浮ついた気持ちでリビングのドアにある取っ手に手を掛け、扉を開けた。
けどそこに待ち構えていたのは、喜ぶ顔なんて程遠いあまりにも悲惨な光景だった。
ー真凛亜の上に覆いかぶさるように乗っている真衣子。
そして、その手は今まさに真凛亜の首に掛かっていた。
その光景が目に入った瞬間、俺は手に持っていたバースデーケーキとティーセットの入った箱をその場に放り投げた。
結果バースデーケーキの入った箱と共にティーセットの入った箱は鈍い音を響かせ床に落ちたが、もはやりふり構っていられる状況ではなかった。
そのまま一目散に真凛亜と真衣子に駆け寄り、無我夢中で真衣子を突き飛ばした。
「…ごほっ…」
苦しそうに涙目になりながら咳き込む真凛亜。
「…つっ…ッ…」
そして、真衣子はというと突き飛ばした拍子に頭を打ったのか、痛みに耐えるかのように小さなうめき声を上げてその場に蹲っていた。
だがそれも束の間、一瞬の事に過ぎなかった。
続けに真衣子は驚きの言葉を発したのだ。
「ー痛いじゃないッ!!何すんのよ!?」
これが真衣子の第一声だった。
その上、鋭い眼光で俺を睨みつけてくる。
まるで俺が悪いとでも言わんばかりの表情だった。
「邪魔しないでっ!!!」
真衣子の畳み掛けるような怒号は続いた。
頭を打ったことにより動けそうにないことは目に見えて分かったが、酷く興奮している。
とてもじゃないがまともな会話が出来そうではない。
とにかく今優先すべきことは真凛亜の容体だ。
未遂だったとはいえ、首を絞められ殺されかけたんだ。
早く救急車を呼ばなければ危ないかもしれない。
俺は慌てて腰ポケットに入っていたスマホを片手に取った。
後は番号を押すだけ、それだけで良かったはずなのに。
そう…真凛亜の放ったある一言によって、俺は躊躇ってしまったんだ。
「…だめ、パパ…つかまっ、ちゃう…から、だめ…!!」
小声ながらも必死に俺に訴えかける真凛亜。
この時、真凛亜が何を思って何を考えていたかは知らない。
けどこの言葉によって俺はハッと気付かされた。
頭を打ち、その場に蹲り続ける真衣子。
そして、今もなお苦しそうな声を発する真凛亜。
ーもし、今救急車を呼んだらどうなるか…それもまた明白だった。
不審に思われる。
いや一歩間違えれば…警察沙汰にならないか?
そんなことが…ふと頭によぎってしまう。
「真凛亜…まさかお前……」
そして真凛亜は、そのまま気を失った。
…気になる言葉を言い残して。
「真凛亜…っ」
俺は真凛亜を抱き締めた。
確かに嫌な予感はしていた。
真凛亜の思わぬ一言によって、俺自身そう思ったくらいだ。
けど、だからといって真凛亜をこのまま放ってはおけなかった。
…もちろんそれは真衣子も同じだ。
いつの間にか気を失っている真衣子のことも放ってはおけない。
こうして、俺は今度こそスマホに手に取って救急車を呼んだ。
いくらなんでも全てが俺の想像通りなわけがない。
警察がなんだ、たとえ疑われたとしてもちゃんと話せば分かってくれるはずだ。
だから、きっと大丈夫だ。
この時の俺は、本気でそう信じていた。
話せば分かってくれるはずだと、本気でそう思っていた。
けど、そんなのは全てまやかしだった。
この先に待っているのはーーただの地獄だと、俺は嫌というほど思い知らされることになる。
なぁ。俺は、どこで、なにを、間違えた?
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