第1章:名探偵と美少女と召使い
「はぁ…」
思わず気の抜けた声が出た。
こんなにも堂々とあからさまなウソをつける人をオレは見たことがない。
「その引きつった顔は…聞くまでもなく信じてないようだね」
「いやまぁ・・その、依頼人の立場でこんなこというのもアレですけど…」
むしろ信じてくれるとでも思っていたのだろうか。
こっちは真面目に依頼しに来ているというのに、まるでお茶を濁されたような気分になる。
…なんか一気に胡散臭くなって来た。
今にして思えばオレはこの人のこと依頼を必ずやり遂げる天才の探偵、くらいしか情報がない。
電話でもシャーロック・ホームズとさも当たり前のように堂々と名乗っていたくらいだし…今からでも引き返すか?
でも、万年筆をこのまま放っておくわけにはいかないし…。
「…えらく悩んでいるようだね」
「え…?」
なんだかんだで人の顔色を伺うのは上手いようだ。
オレが不安になって黙っていると、畳み掛けるようにその探偵は言葉を続けた。
「どうやらキミは本当にただ噂だけを信じてここまで来たようだ。が、実際に私と話してみて本当に依頼をしていいかどうか不安になっているんじゃないかな」
「・・・」
ぐうの音も出なかった。
けど実際にそうなのだから仕方ない。
普通、私はシャーロック・ホームズですなんて言われて戸惑わない方が無理な話だ。
そもそもシャーロック・ホームズは有名な探偵小説に出てくる架空の人物じゃないか。
しかも舞台はイギリス。それもかなり昔の時代設計のはずだ。
確かにこの人は日本人離れしたような綺麗な顔立ちをしているけど、どこからどう見ても日本人しか見えない。
日本語だって自然だし、とても外国人には…見えないと思う。
「隠す必要はない。キミの目は今、疑心に満ちた目だ。だけど、それは至って普通のことなんだぜ?」
「?何が言いたいんですか?」
「…私はね、思うんだよ。人はまず疑ってかかるべしってね。じゃなきゃ、信用なんて決して生まれないんだ」
「・・・・オレにはよく分かりません。」
「まぁキミはまだ若いからね。無理もない。それより、依頼の件どうするんだい?」
「!それは…っ」
…そうだ。
いくら疑おうが、この人が探偵であることは変わらない。
オレは早く万年筆を取り戻さなきゃいけないんだ。
なりふりなんて、構ってられない。
分かっているのに、オレは未だ言葉を詰まらせていた。
「…迷っているのかな」
「警察は当てになりません」
「2週間、経っても音沙汰がない…だったね」
「はい、だから…探偵に頼るしかないと思いました」
「けどその探偵は何だか疑わしい。依頼料だけ騙し取られるかもしれない。」
「・・・それでもオレは…ッ」
探偵は次々とオレの思考を当てていく。
改めて思えば誰にでも分かるようなことだとは早々に気付いてはいた。
だけど何故かこの探偵は文字通り思考を当てにいっている…そんな気がしてならなかった。
まるでそう…一連の推理小説を読むかのようにーーオレの思考を流れるように読んでいく。
そんな感覚だけが、ひしひしと肌に伝わった。
「ーならば、こうしよう」
「え?」
「キミがどうしても不安というなら、試しに私の仕事を見てみないか?」
「いやあの、見るって…なんですか突然…」
「せめて私の仕事くらいは信用してもらおうと思ってね。実際に私の仕事を見てもらったら気が変わるんじゃないかな」
「…要は、自分の目で見て確かめろってことですか」
「その通り。私は自分の言葉に責任を持っている。だから、必ずやり遂げると言った以上、二言はない」
「!」
又もや堂々と…いっそ清々しいくらいだ。
けど、あながち悪い話でもない。
依頼料だってバカにならないんだ。
疑うくらいなら、自分の目で確かめた方が早いかもしれない。
「ちなみに、本当に見るだけでいいんですか?」
「というと?」
「お金、取られたりとか…見物料みたいな」
「あははっつくづく疑り深い性格なんだね。うん、実に悪くないよ」
「・・・もしかしてソレ、褒めてるつもりですか?」
「もちろん。それと見物料だっけ?そんなの取らないから安心していいよ。なんなら契約書でも書くかい?」
「…じゃあ、お願いします」
「OK。質問は以上かな?」
「はい、今のところは」
「よし、話は決まったね。じゃあ早速だけど実は今日これからキミ以外にもお客さんが来るんだよね」
「え、そうだったんですか?」
「本当はダブルブッキングなんてしない主義なんだけど、キミと電話で話して思ったのさ。ああ、この依頼人はきっとすぐには決断しないだろうってさ。いやぁまさに私の読んだ通りだったよ」
「・・・・」
…なんだか軽く馬鹿にされた気がする。
しかも、さらっととんでもないこと言ってないか?この探偵…。
釈然としないが、少なくとも契約書は直筆で書いてくれた。
ただ、そのサインがシャーロック・ホームズになっていることに納得いかないが…これはもう突っ込んだら負けなんだろう。
自称シャーロック・ホームズと名乗る名探偵・・・か。
よっぽど自分の仕事には自信があるみたいだ。
これも万年筆のためだ。
早いところで見極めて、取り戻さないと。
そう意気込んでいるとーー不意に扉をノックする音が聞こえた。
「おっどうやら来たみたいだね」
扉が開かれ、そこに現れたのは一つの人影。
オレはその光景を見た瞬間、思わず目を疑ってしまった。
「は、じめ…まして」
そこにいたのは、か細い声で挨拶する少女だった。
「さあ、どうぞ」
探偵は慣れた手付きでその少女を部屋に通し、ソファに座らせた。
「…さて、おじょうさん。お話を聞こうか」
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