第1章: 名探偵と美少女と召使い

 


真凛亜からの衝撃的な言葉に俺は思わず耳を疑った。



「真凛亜…?何を言ってるんだ…?パパが分からないのか…?」



真凛亜の表情は何一つ変わらなかった。

今置かれている状況がただただ分からないと言った様子で、いくら俺が話しかけても反応がない。


真凛亜の表情は全てを物語っているようだった。

俺を見る真凛亜の目は、明らかに父に向けるような目ではない。


まるで初めて見たと言わんばかりに、そんな虚ろな目で俺を眺めていた。



「そ、そんな…」



その瞬間、俺は膝から崩れ落ちてしまった。


そしてそんな俺の様子を察してか医師は俺の肩に手を置いて、小さくこう告げた。





「…詳しい話は別室で。場所を変えましょう」

















医師に連れられて来た場所は、先程の待合室だった。




「良かったら、飲んでください」




そう言って医師が差し出して来たのは、ここ待合室にある自販機で買った缶コーヒーだった。


てっきり俺は自分で飲むために買っていたんだとばかり思っていたが、どうやら気を遣ってくれたらしい。



「…ありがとうございます」



貰ったコーヒーは温かった。

缶を開けて、それを口に運ぶ。


微糖はあまり好みではなかったが、今回ばかりはそのほんの少しの甘さに救われた気がした。




「…すみません。取り乱してしまって」


「いえ、お気になさらないでください。今なら少しはお話し出来そうですか?」



医師はおそるおそる尋ねて来た。

…この時でこの医師が俺に何を聞き出そうとしているのか、なんとなくではあったが察しはついていた。


真凛亜のあの状態、医師の目にはどう映っていたのだろう。

少なくとも不自然には思ったはずだ。

だからこそ、医師はこうして場を設けた上で話を聞こうとしているんだ。



「…私に聞きたいことがあるんですよね」


「・・・申し訳ありません。立場上、質問せざるを得ないもので。先ずは私の方から説明させていただきます。おそらくですが娘さんは…精神的ショックによる急性ストレス障害を引き起こしています。」


「急性ストレス障害…?」


「はい、おそらくは。ただ一つ気になるのが、外的要因もなくここまでの記憶障害となることは非常に珍しいんです。もちろん有り得ないことではないのですが…娘さんの場合、自身のことも思い出せないようなんです」



医師の説明はあまりにも現実味がなく、俺はただただ言葉を失った。


俺自身のことだけでなく、まさか自分自身のことさえ思い出せないなんて。



「………どうすれば、記憶は戻るんですか」


「正直なところ、今はなんとも言えません。ただ原因が分かりさえすればあるいは…」


「原因…ですか」


「ええ、何か心当たりはありませんか?奥さまのことも含めてそうですが、何があったのか…詳しい話をお願い出来ますでしょうか」




医師の物腰は最後まで柔らかかった。

さっきの缶コーヒーの件にしろ、こういった面でも医師の心遣いが身に染みて感じる。


…この人なら、俺の話を信じてくれるかもしれない。


そう思って口を開く。



「ーーー実は・・・」




ーその時だった。


話をしようと言いかけた途端に突然、待合室のドアが開けられた。


現れたのは二人組の男だった。

そして、その内の1人の男が慣れた口調で口を開いた。




「お話し中ところ申し訳ありません。そのお話とやら…私達もお伺いしてよろしいでしょうか?」




そう言って、二人の男は胸ポケットからある物を取り出した。


それはまるで一連の刑事ドラマを見ているかのような自然な流れで名乗った後、警察手帳を差し出してこう言った。



ーー捜査一課の刑事だと。


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