第1章: 名探偵と美少女と召使い
立ち去ろうと思っていた。
なんならあわよくばこのまま何事もなかったみたいに待合室に入ろうとさえ思っていた。
けど、身体が動かない。動けない。
…医師は今、何て言った?
穏やかな口調で、柔らかな口調で、今、何て言った?
「ですので、私のことは気にせず真依子さんの警備を怠らないように。厳重に警戒してください」
…真衣子の警備?どういうことなんだ?
医師は…確かに俺を庇ってくれた。
刑事とのやり取りの間に割って入ってまで、俺の味方になってくれた。
信じたいって、そう言ってくれたじゃないか。
「ああ、それと一応誤解のないように言っておきますけど、私は決してあの人を庇うために刑事さんを追い払ったわけではありません。どこの誰かは知りませんが…私の指示を聞かずに勝手な行動をされたことが単に不愉快だっただけですよ。いくら刑事に落ち度はないとはいえ、これくらいの報いは受けて当然です。…せめて私の許可は取って頂かないと。言っている意味、分かっていますよね?」
医師の声には微かに怒りを感じた。
低い声で、看護師を静かに叱りつけている。
「…とにかく、話はもう終わりです。さっさと持ち場につくように。」
そして最後は医師のため息と共に終わった。
看護師は駆け足でその場を離れたのか、ナースシューズの音が廊下中に響いた。
続いて医師も何処かへと去って行った。
「……」
音もなく、しんとした静寂が訪れる。
俺は何も言えずただただその場に立ち尽くしていた。
「ははッ…」
無意識だった。
何故だか乾いた笑いが溢れて止まらない。
特におかしいわけでもないのに、何故こんなにも笑いが込み上げてくるんだろう。
まるで、理性のたがが外れたかのように俺は絶えず笑っていた。
そうだよなぁ…。
俺は何を勘違いしていたんだろう。
なにが、話せば分かってもらえる?信じてもらえる?
…馬鹿馬鹿しいにも程がある。
状況から見て一番疑わしいのはこの俺だ。
こんなこと、始めから分かっていたことじゃないか。
ーもう、ダメなのかもしれない。
それならせめて最後に真凛亜の顔を見ておきたい。
真凛亜の病室…今ならまだ入れるだろうか。
「真凛亜……今行くからな…。」
…結局、時間の確認は出来なかったな。
ああ後、お目当ての微糖の缶コーヒーも…買えなかった。
これだから甘いだけのコーヒーは嫌なんだ。
やっぱりコーヒーはブラックが一番だ。
なんて、そんな馬鹿みたいなことを考えながら俺はフラフラとした足取りで真凛亜のいる病室へと向かった。
「…誰も、いないのか」
意外にも真凛亜の病室の前には誰もいなかった。
てっきり誰か見張りの1人でも付けているのかと思ってたのに。
あの後、結局誰もこっちには寄らなかったんだろうか。
まか理由はどうであれこれは絶好のチャンスだ。
とにかく今は寝顔だけでも見たい。
そんな思いで、俺は真凛亜のいる病室の扉を開けた。
「…パパ?」
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