第1章: 名探偵と美少女と召使い

 


「真衣子、が……?」



声が震えた。

ああ、俺はこんなにも小さい声が出せるんだって初めて気付いた。



「ー待ってください!真衣子さんはまだ面会謝絶のはず…!担当医である私が許した覚えがありません!」


「ああいえあらかじめ誤解がないように言っておきたいのですが、私達自身がお願いしたわけじゃないんですよ。真衣子さん自身の方から、ご要望があったんです。我々にどうしても言っておきたい話があると。もちろん緊急性も考慮して頂き、他の医師の方は許可は既にもらっていますのでご安心ください。」



医師はこれ以上何も言わなかった。

緊急性、尚且つ真衣子自身の意向だと言われれば自ずと黙ってしまうのも無理もないだろう。


無論それは俺自身にも当てはまることで、ただ黙るしか他無かった。



「…それで、まだお答え頂いてませんよね。一連の流れをかいつまんでお話しましたが…事実と相違はございませんか?」



刑事は畳み掛けるような言葉は続いた。


…まだ、俺は何も言ってないのに。

真衣子の…たった一つの証言だけで、ここまでのことを言われてしまうのか。


声に出して言わなければ。

違うと。俺ではないと。

はっきりとそう告げなければ俺はーー



「・・・・・ち、違う」



これがようやく絞り出して言えた言葉だ。


何を言っても言い訳にしかならないような気がして、上手く取り繕うことさえ出来ない。



「…先ほどもそうおっしゃっていましたよね。違うとは…具体的にどう違うのですか?」


「ち、違う…。何もかも…全てが間違ってる。俺は…真凛亜を…絞め殺そうだなんて微塵も思ってない!!」


「ーならば、真衣子さんを突き飛ばした事実はどうなのですか?」



物怖じしない刑事の言葉に顔がこわばってしまう。



「そ、れは…真依子が…娘を…真里亜の…く、首を…絞めようとしたからであって…!俺は、真衣子を止めるつもりで…ッ!!」


「……つまり、事実は全て間違いであって本当は真衣子さんご自身が娘さんを殺めようとしたと。あなたはそうおっしゃりたいということですか?」


「ああ、そうだ!!俺は何も…何も知らないんだ!!本当に何も…!」


「……なるほど。あなたの言い分は分かりました。…ですが、事実がどうであれ…真衣子さんに怪我を負わせたこと自体は間違いではないですね?」




刑事は一瞬だけ納得したような素振りを見せたが、あくまでそれだけに過ぎなかった。


結局、刑事の意向は最後の最後まで変わってなどいなかった。

はなから俺の言い分など聞くつもりはなかったんだ。


そう、それは始めから決まっていたことなのかもしれない。


真衣子を突き飛ばして、怪我を負わせた時点で…俺は終わっていたんだ。




ーそうして、半ば諦めかけたその時だった。




「ー待ってください!」


医師の声が部屋中に響いた。



「…何か?」



刑事は不服そうに答えた。



「……さきほどから聞いてみれば、なんですこれは。あまりにも不当ではありませんか?」


「・・・聞き捨てなりませんね。何か問題でもありましたか?」


「問題大有りですよ。こんなの、誘導尋問に他ならない。有無を言わせずして、何が質問ですか。」



医師の言葉に刑事はただ黙って聞いていた。



「…これ以上、病院で騒ぎ立てることは止めてください。」


「・・・・・わかりました。今日のところはこれくらいで引き下がりましょう。また明日にでもお話し聞かせてくださいね」



そう言って、刑事の二人は待合室から出て行った。



「…あの、ありがとうございました」



待合室には俺と医師だけになる。

気まずい空気の中、居た堪れなくなりたまらず俺は医師に声を掛けた。




「……いえ、私としてもあのような行いは見過ごせなかったので。気に病む必要はありません。」


「ですが…」


「私は医者です。医師として患者のため…娘さんのためにもあなたは必要なのですよ。それをあんな…実際に現場を見たわけではないのに決めつけるなんて…」


「………信じてくれるんですか?俺のこと…」


「・・・正直なところ、私には何も言えません。奥さまが嘘をついているとも限らない。あくまで私は患者のために行動しただけなんです」


「…そう、ですか…」


「ただ、医者としてではなく…あくまで個人的には、あなたのことを信じたいとは思っていますよ。」



医師の優しさが伝わって涙が出そうになる。


そうだ…俺が諦めてどうする。

真凛亜のためにも俺が捕まるわけにはいかない。


真実は俺だけが知っている。

真凛亜を守る為にも、俺がしっかりしなければ。



「・・・本当に、ありがとうございます」


「いえいえ。それよりも、娘さんのいる病室に行ってあげてください。記憶がないと言え…紛れもなくあなたはあの子の父親なのですから」


「はい!」



俺は勢いよく返事をして、待合室を出た。


もう俺は、迷わない。

固く誓った。俺が真凛亜を守る。


真凛亜を守るためなら、俺はなんだってやってやる。


なんだって、出来る。




そう心に決意をし、その足で俺は真凛亜のいる病室へと向かった。


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