余命2日のモブキャラでも、ヒロイン達を救いたい ~主人公以外がバッドエンド率99.9%の世界を攻略する、たった一つの方法~

猫又ノ猫助

第一章

第1話 99.9%の壁

 大地は裂け、建物という建物が瓦解し、至る所から火の手が舞い上がった一種の地獄としか思えない場所で、動く人影が1つ。


 その人影の横顔は未だ幼さの残る少女のもので、平時であれば美しく整えられていたであろう栗色の髪は乱れ、身につけた甲冑は所々破損し、全身からはおびただしい量の血が流れている。


 軽く押せば今にも倒れ込みそうな少女は、身の丈ほどもある槍を引きずりながら屍の山へと近づくと、そこに倒れている山の主――骨だけで出来た歪な羽根を生やした天使へと槍の照準を合わせる。


「もう、終わりにしよう? お姉ちゃん」


 涙で頬を濡らし、声を震わせながら栗色の髪の少女は天使へと語りかけるが、天使は濁った瞳を少女に向けただけで返事を返さない。


 ただただ無機質に見返してくる天使に対し、栗色の髪の少女は手に持った槍を構え――その無防備な心臓へと突き立てた。


 一切の抵抗なく貫通した槍は、瞬く間に天使の命を――少女の姉の命を燃やし尽くし、その場に残されたのは栗色の髪の少女と、かつての仲間で出来た屍の山だけになった。


「お姉ちゃん……みんな……」


 止めどない涙を流しながら少女が地面へと膝をついた時、僅かな風切り音と共にナニカが飛来し少女へ命中した。


「えっ?」


 突如飛来したナニカ――赤黒い矢は少女の甲冑を易々と貫通し、少女の心臓を的確に撃ち抜いた。


「ぐっ……」


 息を吐き出すのに変わり、口から血を吐き出した少女は、自身の胸元を見ながら諦めとも気が抜けたとも取れるような表情をする。


「……お姉ちゃん。私たちは、どこで間違えちゃったのかな?」


 少女が呟きながら背後を振り返ってみると、仮面を着けた軍勢が、少女に向けて弓矢を構えているところだった。


◇◇◇


 真っ暗な部屋の中、部屋を照らし出すのはモニターに映し出された、mission failedの文字列。


 幾度となく見慣れたそれに思わず悪態をつきながら、マウスをぶん投げた。


「くそっ、また失敗した……」


 思わず髪をかきむしりながら、今も画面に映っている『エンジェル・ブレイブ(通称エンブレ)』のパッケージを力いっぱい握りしめると、空箱がミシリと音をたてる。


 ――エンブレ。それは、1ヶ月前に発売されたシミュレーションRPGゲームである。


 世界観は王道ファンタジーを踏襲した中世風の舞台であり、作中の選択肢によって所属が変わる各陣営の中で謎を解き、世界の陰謀を打ち破っていくと言う内容だ。


 ただこのゲームが他と違ったところは、そのストーリー分岐の数が異常に多いことである。


 オレが認識しているだけでも細かい物も含めれば、1000近くのエンディングが存在するが……問題なのは、その全てが今プレイした様なBAD ENDなこと。


 エンブレの発売元が大手RPGメーカーということもあり、国内外含め100万本以上という爆発的な売り上げを誇るにも関わらず、誰1人としてハッピーエンドを見たという人間は存在しない。


 故に、そもそもこのゲームに欠陥――バグがあるのではと言う話が発売当初から話題になっていたが、メーカー側は何度問い合わせしても「製品に異常は無い」の一点張りだった。


 当然、ユーザーからの評価は悪いものになるかと思われていたが……その実、殆どのユーザーたちはこの作品の虜になっていった。


 1ヶ月経った今でも未だ新規ルートが開拓され続けるボリュームの多さ、バッドエンドとは言え読み応えがあり多彩な展開をするストーリー、魅力あふれる敵、味方キャラクターなど良い点をあげればキリが無い。


 だが、だからこそ誰もが0.1%の壁を越えた先にあるハッピーエンドを追い求めているのだろう……。


 そんな考え事をしている間に、沸騰していた気持ちは落ち着き、自身で投げたマウスを拾うと、自分で作成したシナリオ分岐の一覧に、一つバツ印を追加する。


「これで1021ルート目か……」


 数多あるルートの中で主人公が所属できる4陣営には、それぞれヒロインが配置されており、今回選んだのは一番オーソドックスな騎士団のルートだったが、そこに所属するヒロインの半生は悲惨の一言だ。


 物心ついた頃の彼女は、身寄りもない中で人体実験の施設で数多くの実験――拷問を受け続けた。


 そんな救いのない毎日の中でただ1人、彼女の心の拠り所となる姉と慕っていた女性と身を寄せ合って生きていたが……ある日施設開放のため侵攻した騎士団によって少女だけが救い出される。


 騎士団によって救出された後の彼女は人並みの幸せを手に入れるが……高等部に入学後、過去いた実験施設からの襲撃と共に、姉と慕っていた女性と敵として再会し、泥沼の殺し合いを繰り広げいくと言うのが主な内容だ。


 なお今回の結末は、主人公がいない間に拠点としていた街が制圧され、仲間達やヒロインが諸共死んでしまうというバッドエンドだった。


 ――このゲームは執拗なまでに、ヒロイン達に酷いエンディングを強要してくる。


 幼馴染の伯爵令嬢、銀髪シスター、隣国のお姫様など、分岐によってさまざまなヒロインが登場するけれど、1人としてハッピーエンドと言えるものが発見されていない。


 辛うじて分岐の中で、主人公とヒロインが生存するルートは存在していたりもするが、それでも出てくるのは見慣れたミッション失敗の文字列。


 まぁミッションが失敗しても一部のステータスやアイテムは持ち越せるため、完全な時間の無駄というわけでもないが、それでも徒労感は強い。


「……何か新しい攻略情報とか上がってないかな」


 一旦ゲームのウィンドウを閉じて、有志達が書き込んでいる攻略サイトを見にいってみる。


 このゲームの無限に思えるような分岐を攻略するには、1人の力ではとても不可能だ。


 最近では海外の同胞達とも情報交換するために、無駄に英語力が向上している始末である。


 ページをスクロールしながら、攻略サイトの有志達によって書かれた言葉を注意深く見ていく。


 ――マジでハッピーエンドなんて用意されてんのか? もう騎士団ルート100回は回してんだけど。


 ――累計100万本売ってて、誰1人ハッピーエンド見てないってことから察しろって。さっさとこんなクソゲーやめて、別ゲーやれ。なお、もし俺が幼馴染救うルート見つけたら、俺の嫁認定するからな。


 ――ていうか、ハッピーエンドにするにはそもそも主人公を変えるしか無いだろ。不幸イベントが発生しても、いつも何の手も打たないか立ち会ってすらいないのはマジで笑えない。後、シスターは俺が貰って行く。


 ――なら俺は、姫様に踏まれる椅子に成るわ。


 そんな変態なのかグチなのか分からない書き込みが散見される攻略サイトだが、1ヶ月経っても発売当初の熱が変わらないのは、やはり皆このゲームのキャラクターや世界観の魅力に取り憑かれているからかもしれない。


 なお、かく言う俺も発売から今日まで日常生活がギリギリ送れないレベルまで、このゲームの攻略をする事に全身全霊を費やしていた。


 ――みんな、何か有用な情報あった?


 ハンドルネームをつけた上で俺がそう尋ねると、途端に書き込みの量が先ほどまでよりも増える。


 ――おっ、神きた! これで勝つる!


 ――ねぇ神、むしろ何か新しい情報ないん?


 そんな書き込みがされたので、先ほどまでやっていた騎士団ルートについての攻略チャートを書き込んでいくと、落胆半分諦め半分といった反応が返ってくる。


 日常生活を犠牲にしてまでこのゲームに打ち込んだ結果、キャラクターのレベルや能力、所持しているアイテムによって、内部の好感度の様なパラメータが変化する事までは突きとめ、当初は掲示板で賞賛の嵐を受けたが……それでもやはり何かが足りない。


 ――そう、先ほど書き込みにあった様な主人公が変わるような劇的な何かが……。

 

「でもま、そんなん出来るわけないよな……もし俺だったら、彼女達の為に死ぬ気で努力するけどさ」


 そんな事を考えるくらいには、俺は彼女達――ヒロイン達にゾッコンなのだ。


 いや、正しくはヒロインだけではなく、出てくるキャラクター全員が愛おしいのかもしれない。


 ――何としてでも、彼女達を救いたい。


 今なお糸口の掴めない状況にため息を吐きながらもマウスを操作して、改めて自分の作った攻略チャートに穴がないか確認しようとした所で、攻略サイト上に見慣れないバナー広告が出ている事に気づく。


――彼女たちを救いたくは無いですか?


 黒い背景に赤い文字だけが書かれた、不気味な広告。


 だがそれを見た時、一瞬心臓が跳ねた気がした。


 なんせ、丁度彼女達――エンブレのヒロイン達を救いたいと思っていたところだったから。


 けれどもそのバナーにはエンブレのキャラは愚か、不気味なフォントで書かれた赤い文字以外は何もない。


「なんだこれ、新作のブラウザゲームか?」

 

 昨今では突飛な宣伝方法をとるゲームも増えて来ているため、こう言った広告もあるのかもしれないが、そもそこれじゃあ広告が指している“彼女たち”が誰かも分からない。


 だが俺は、そんな怪しすぎる広告を興味本位で押し……すぐに、自分の浅はかさを後悔した。


「な……んだ、これ」


 体から、急速に何かが吸い取られる様な気がすると感じた直後、急いでスマホを掴み取る。


「誰か助けを……」


 そう思って必死にスマホを操作する間にも意識は混濁し始め、手足の感覚は無くなり、手からスマホが滑り落ちてしまう。


「た……すけ」


 それでも何とか再度スマホをつかみ上げようとした所で、俺の意識はブツリと途切れてしまった。

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