第37話 代価と報酬

「みらいの、お話?」


 ナナの疑問の声に合わせて、ナナとミヨコ姉が此方を見ているのが分かった。


「そう未来の話。最初は私も荒唐無稽でバカバカしいと思ったのだけど、そこのボウヤは今月中に起きる出来事として、隣国の第一皇子の死と、ある貴族領の金山の発見を言い当てたのよね」


 それを聞いたユフィを含めた皆が、息を飲んだ。


「皇子の死に関しては、まぁ自身の手で殺せば言い当てられるけど、金山に関しては無理だし……他に記載されていた予知も、妙に現実味があったのよね」


 ジッとレイナに見られて、思わずオレは苦笑いした。


 正直、騎士団で碌に情報収集も出来ていない状況だった為、レイナに送った手紙の中身が本当に起こっているか不安ではあったが、どうやら間違いが無かったようで安堵する。


「偶然今回の予知が当たったのか、それとも本当に未来のことを知っているのかは分からないけど、どちらにせよ面白そうだったからこうして会いに来てみたわけ……まぁ実際会ってみた本人は、思ったよりも面白みが無かったのだけど」


 肩をすくめるレイナに、思わず頬を引きつらせていると、ミヨコ姉がジッと見て来た。


「弟くん、今の話は本当なの?」


 そう尋ねて来たミヨコ姉の瞳は、不安を表す様にどこか揺れていて、レイナが言った事を否定して欲しそうに見えた。


 だけどそれを分かっていても、オレはその問いに頷いた。


「本当の話だよ。彼女に魔術を教わる代わりに、これから起こる未来について話す事を交換条件にしたんだ」


「お兄ちゃんは、何でこれから起こることを知ってるの?」


 ナナが首を傾げながら尋ねて来たので、オレは以前ユフィに話したことと同じ――この世界について書かれた書物を読んだことがある旨を説明する。


「未来の事が書かれた書物ね……それをどこで読んだのかはすごく気になるけれど……」


 そう言われて、思わずレイナから視線を逸らす。


 どこで、いつ読んだのかと問われても当然答えられるわけもない。


「まぁ、それについては今は別に良いわ」


 そう言うと、レイナは乗ってきた馬車に近づくと、扉を開け放ち乗り込んだ。


 その行動の意図が今1つ理解できず、ポカンと見ていると、遠くから声が聞こえて来た。


「おーい、坊主たち大丈夫かー?」


 耳慣れたジェイの声が聞こえて来て振り返って見れば、団長を筆頭に団員の先輩方が執事の男性――グレイさんと共に歩いて来る所だった。


「私が居ない間に、お嬢様がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


 そう言うとグレイさんは、オレ達に向けて頭を下げたので、慌てて首を横に振る。


「いや、そんな、迷惑って言うほどの事は……」


「そうよ、私がいつ迷惑をかけたって言うのかしら?」


 馬車から首だけ出したレイナが険しい顔をしたが、ソレを見たグレイさんは苦笑いをした。


 そんな中、団長が馬車の前へと一歩出ると一礼した。


「ヴァレンシュタイン様、お久しぶりでございます」


「あら、剣聖の坊やじゃない。確か10年ぶりだったかしら?」


「はい、私がまだ学生の時分でしたからその頃かと思います」


 その会話を聞いて、団長とレイナの間に直接の面識があった事に多少の驚きを覚えるが……考えてみれば、団長が彼女に師事する事を止めていたのは、実際にその人となりを知っていたからなのかもしれない。


「はぁ……何にせよ、私は疲れたからそろそろ帰るわ。アンタたちも、私から未だ魔術を習う気があるなら、荷物をまとめたらさっさと乗りなさい」


 そう言って、レイナは追い払うように手を振るが……彼女の中で気になる発言があった。


「えっと、教わる予定なのはオレ一人の予定だったんですが……」


「あら、そうだったかしら? でも私には、その子たちもついて来るつもりに見えるけど?」


 肩を竦めながらレイナが言った言葉に振り返ると、皆がオレの事をジッと見ていた。


「やっぱり私は、弟くん一人では行かせられないかな」


「ミヨコお姉ちゃんと、お兄ちゃんが行くなら、ナナも一緒に行く!」


「私は……ううん、私も一緒に行ってもいい? セン」


 ミヨコ姉、ナナ、ユフィがオレの事を真っ直ぐ見ながら尋ねてきて、予想外の発言に一瞬硬直した後、頭を掻いた。


「皆は知らないかも知れないけど、レイ……ヴァレンシュタイン卿から魔術を習う為には、代価が必要になるんだ。だから皆には……」


 残っていて欲しいと言おうとした所で、レイナが口を挟んで来る。


「あぁ、別に彼女達から代価は求めないわよ?」


「は?」


 思わず目を見開き、口を開けながらレイナの方をジッと見る。


「本来なら当然代価は貰うんだけど、まぁボウヤの払う代価で一緒に指導してあげて良いわ。その子たちのこと私、結構気に入ったし」


 そんな事をのたまうレイナに思わず目を見張っていると、ミヨコ姉達は何やら頷き合うのが見えた。


「それであれば、是非私達にも魔術を教えてください」


 そう言ってミヨコ姉が頭を下げると、ユフィとナナも合わせて頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


「分かったわ、取り敢えず私は馬車で待ってるから急いで荷物をまとめてらっしゃい」


 そうレイナが言うと、ミヨコ姉達は再度一礼して去って行った。


 その間、オレの口は開きっぱなしである。


「あら、貴方も早く荷物取ってこないと置いて行くわよ?」


「……本当に、皆にも魔術を教えるつもりですか?」


 オレがジッとレイナの真っ赤な瞳を見ながら尋ねると、口の端を吊り上げながら頷かれた。


「ええ、そのつもりよ。何か不都合でもあるのかしら?」


 そうレイナから尋ねられて、思わず鼻白む。


 吸血鬼から魔術を習える機会と言うのは、非常に希少だ。


 そもそも只でさえ吸血姫達は、その長い人生と膨大な魔力によって、人よりも進んだ魔術の知識を持っている事が多い。


 しかも今回教わるのが、他の吸血鬼からも恐れられるレイナ・ヴァレンシュタインなのだから、その指導を受けられるのは千載一遇のチャンスではある。


 だから、彼女の提案を歓迎こそすれど、蹴る必要なんてまるで無いのだけど……それでもやはり、不安は胸の内で沸き起こる。


 何せ、彼女の気まぐれが起きればオレ達は容易に吹き飛ぶような存在なのだから。


「そんなに心配なさらずとも、大丈夫かと思いますよ?」


 オレの不安が顔に出ていたからか、柔らかい声でグレイさんが声をかけて来る。


「お嬢様は基本的に女性……それも、年若い女性には甘いですから。心配される必要はありません」


 こちらの不安を和らげるように少し笑いながらグレイさんが助言してくれて、改めて少し考え直してみる。


 確かにレイナは何を考えているか分からない吸血姫だし気分屋だが、これまでの行動から見ても悪人には見えない。


 ――それに、既に皆がやる気になっているのにオレが止めるのも難しいよな……。


 そう思い立つとオレは、一度深くレイナ――ヴァレンシュタイン卿へ深く頭を下げた。


「皆ともども、よろしくお願いします」


「……ふん。アンタからはきっちり代価を貰うから、心しておきなさい」


 そう告げるとレイナは馬車の中へと引っ込み、それを見たオレは既にまとめてある荷物を持ってくるために、寮へと戻ることにした。

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余命2日のモブキャラでも、ヒロイン達を救いたい ~主人公以外がバッドエンド率99.9%の世界を攻略する、たった一つの方法~ 猫又ノ猫助 @Toy0012

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