第2章
第14話 金色の瞳の少女
その日、オレは夢を見た。
今となっては、懐かしささえ覚えるエンブレの夢を。
そして、これから起こるかもしれない悲しい結末の夢を……。
◆◆◆
とある教会の大聖堂その最奥の薄暗い部屋で、1人の男――大司教が
「ふむ、では反抗勢力は全て根絶やしに出来たと?」
「はっ、大司教さまから頂いた例の物を使用しながら勇者が戦ったお陰で、鼠一匹残さず根絶やしにする事に成功しました!」
そう報告した男の口元には、聖職者にあるまじき薄暗い笑みが浮かぶ。
「なるほど、大儀であったな。全ては神のお導きがあったからこそだな」
「ありがとうございます。聖女様とあの馬鹿勇者のお陰です」
声に侮蔑を込めながら言う部下の男を、大司教が窘める。
「君、勇者様をバカと言ってはいけないよ……我々の言葉を信じて、今なお聖女様救出のために奮闘しているのは滑稽だがね」
「然り。自分が誰の力を借りて戦っているのかさえ分かっていないのだから、愚かとしか言えませんな」
二人の男たちが一しきり笑い合った後、部下の男が部屋から去って行くと、大司教はその顔を歪ませながら誰かに語りかける様に口を開く。
「ふむ、信徒から改めて感謝された気分はどうかね? 聖女様」
そう言いながら男が振り返った先、そこには薄青色のクリスタルの様な物質で出来た壁が存在しており――その中には、手を組み合わせ、祈る様に瞳を閉じた少女が閉じ込められていた。
「ああ、君は既に声を出せないんだったね。しかし、勇者殿には感謝しないといけないな。我々の先兵として戦ってくれるだけじゃなく、君の能力を他者に一時的に譲渡する方法まで編み出してくれるなんて」
クツクツと笑いながら大司教がクリスタルに触れると、どこか拒絶するかの様にわずかに明滅した。
「まぁ、勇者様にはじきに退場して貰う予定だ。そうしたら君は晴れて、お役御免になる。嬉しかろう?」
大司教が尋ねるが、当然室内には誰も応えるものはいない。
だが彼は一度クリスタルに触れると、満足げに口を開いた。
「さあ、世界がわが手の内になるまであと少しだ」
◆◆◆
「……あぁ、今日は朝から嫌な夢見たな」
思わず眠い眼を擦りながら、天空騎士団がある島と外部をつなぐ橋を歩く。
今日の目覚めは最悪だった。
この世界に来てから久しく見ていなかったエンブレに関する夢を見たんだが、その内容が酷い。
あるヒロインルートに入ると、主人公とヒロインは教会と呼ばれる組織に所属する事になるのだが……その教会に利用され、ヒロインは主人公が教会に教えた術式によって閉じ込められてしまうというバッドエンドだ。
しかも、主人公は教会に暗殺されるまで利用されていた事さえ理解していなかったのだから、二重の意味で救えない。
そんな作中屈指のバッドエンドの夢を見たにも関わらず、今日の天気は快晴。
落ち込んでいた気分を上げるために視線も上げてみれば、既に橋の途中にある騎士団の監視塔について居た事に気づく。
「おっ、最近入団したボウズじゃねぇか? どうした、姉御の訓練が辛くて抜け出してきたか?」
出口側の門の脇にある守衛室からニヤけた顔を出しながら、先輩隊員がからかってくる。
「そんなんじゃないっすよ、今日のイベントのための買い出しです」
そう言って、持たされたメモをチラつかせると相槌を打たれた。
「なるほどな、お前らの入団と退院祝いか。いやぁ良かったな、ミヨコ嬢ちゃんの体調が良くなって」
「ありがとうございます」
オレが入団して始めての週末である今日、ミヨコ姉の退院が決まった。
とはいえ今後も通院は欠かせないし、ソレはオレ達も変わらないけど、車椅子が無くても何とか歩ける様になったのと、薬の副作用が軽くなってきたので、退院とあいなった。
「しっかし、食い物とかはお前1人じゃ運べねぇだろ? なんか重いものなら手伝ってやろうか?」
そんな風に気軽に手を差し伸べてくれる先輩に――いや、ここの隊員達には皆そうだが、本当に感謝している。
「ありがとうございます。ちょっとした買い物なんで、大丈夫です」
先輩隊員に軽く一礼した後に門を抜けていくと、後ろから見送りの声がかけられた。
「もし可愛い子が街にいたら、後で俺にだけこっそり教えてくれよなー!」
その声を黙殺して適当に手を振ったオレは、街へとつながる橋を進んでいく。
「お疲れ様です」
道行く人びとに軽く頭を下げ、挨拶しながら橋を渡ると、レンガで出来た西洋風の街並みが出迎える。
海鳥の鳴き声を聞きながら、タイルで舗装された道を暫く歩き、目的地――街の中心へと向かっていく。
中心地へと近づくにつれ、色々な店が威勢よく呼び込みする声が次々聞こえてくる。
「今日はいい魚が入ったよ! 昼飯や夜飯にどうだい!?」
「この街に来たら名物のイワシサンドを食っていきな!」
「そこの兵隊さん! ウチなら腰に下げてるのより、ずっと良い剣があるよ!」
海が近く、この国の貿易の要所の一つなだけあって、市場は未だ朝だというのに活気づいていて、漁から戻ってきた漁師や、どこかの兵隊や商人、はたまた主婦などでごった返していた。
「えっと、紹介された店は……」
幸い、オレみたいなガキを呼び込む人はおらず、市場の中心――噴水のある周辺で先輩方から渡された紙切れを取り出しながら、ゆっくり歩いていく。
紙には目的の店――ナナとミヨコ姉のプレゼントを買うための店を書いたと伝えられていたが、街自体が入り組んでいるのと、街へ来るのが2回目なのも相まって、紙と睨み合いながらじゃないと迷子になりそうだ。
……そのせいか、オレは直前まで人とぶつかりそうになっている事に気付かなかった。
トンッと言う軽い衝撃が肩に走り、直ぐに人とぶつかったと認識すると共に、ぶつかった相手がコケそうになっていることに気づく。
「やばっ……」
しかも相手は杖を突きながら歩いていて――オレは何とか、彼女が前のめりに地面へ倒れる前に、片手で受け止めることに成功した。
「すっ、すいません! 怪我はなかったですか?」
完全なオレの落ち度のせいでぶつかってしまったため、頭を下げながら相手の姿を確認し――息を飲んだ。
真っ白な修道服に身を包み、目深にフード(ウィンプルと言うんだったか?)を被っていたが、その隙間から覗いた顔は絵画から抜けでたかのように美しく精緻で、両の瞳が閉じられているせいか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
誰もが息を飲むような、まさに神の使いと言うに相応しい美しさの少女。
だが、オレが驚いたのは――彼女を見て胸を締めつけられるような気がしたのは、その美しさからではなかった。
「どうかされました?」
目を閉じていると感じさせない動きで、オレの手から抜け出した少女が問いかけてくるが……咄嗟に言葉が出なかった。
「あっ、えっと……転がってった杖を拾ってきますね」
そう言ってオレは必死に取り繕いながら、彼女の真っ白な修道服と同色の杖を拾い、渡す。
「ありがとうございます。……なにやら探していらっしゃったみたいですが、お困りな事があるんですか?」
杖を受け取った彼女が、そんな事を申し出てきてオレは……内心動揺していた。
まるで心を見透かしたかの様にそう聞いてきた彼女に……思わず彼女の顔を見たときに感じた哀愁を悟られていないかと思って。
「えっと……実は、プレゼントを買うためにお店を探していたんですけど、その場所がわからなくて」
そう言いながら、先輩方から聞いた店名を伝えると……。
「そこなら、丁度私が行こうと思っていたところなので、一緒に行かれますか?」
そんな事を尋ねられ、思わず衝撃を受けた。
人一倍警戒心が強い彼女が、まさかそんな事を言ってくるとは思ってもみなかったから。
ただ、せっかく彼女に会えたのに、その機会を棒に振るのも馬鹿らしく、オレは彼女の提案を受ける事にした。
気持ちゆっくり、彼女の小さな歩幅に合わせる様に横を歩いているが、両目を完全に瞑っているにも関わらず、その足取りには迷いが無い。
オレが彼女のことをジッと見ていることに気付いたからなのか、彼女がオレの方へと顔を向けた。
「両目を閉じているにも関わらず、歩けている理由が気になりますか?」
何でも無いように、先程までと変わらない表情で彼女はそう尋ねてきたが――彼女の声を何千、何万と聞いてきたオレには、その声が僅かに震えているように聞こえた。
「んー、凄いなとは思うけど、理由は別にいいかな。……まぁ、ネタバラシしてくれるって言うなら、聞くけどさ!」
少しおどけながらそういうと、彼女は僅かに両瞼を開き――金色の瞳でオレを見ると、再び閉じた。
「そう……ですか」
関心なさそうに彼女はそう言うと、先程までよりも少しだけ歩くスピードを上げたが、オレは彼女が聞こえない位に小さな声で呟いたのを聞いた。
「……変なひと」
◇◇◇
それからオレ達はしばらく歩き、入り組んだ通路を進んだ先にある目的地へ到着していた。
目的地は、木製の看板が掲げられた、シックな装いのアクセサリーショップ、『フラワー』。
昨日女性の先輩たちに呼び出されたオレが、退院祝いを買ってくる様に指示されたお店だ。
元々言われなくても何かしらのプレゼントはしようと、団長に給料の前借りと、お休みまで貰っていたが……オレとしてはお菓子でも贈ろうと思っていただけに虚をつかれる形になった。
そもそも、アクセサリーショップなんて男が入るのは気恥ずかしい上に、どんな物を買って来ればいいのか分からなかった為に、先輩達に抗議したが却下された。
なんでも、オレがアクセサリーを選ぶ事に意味があるらしい……言ってる事の意図は理解できるけど、ど素人の男に求められても正直なにを買えばいいのか困る。
ただ良かった点は、男のオレでも何とか入れそうな雰囲気の店ということと――なにより彼女と会えた事だろうか。
「ねぇ、中に入らないの?」
木の扉の前でそんな事を考えていると、彼女が扉を押し開きながらそう尋ねてきた。
「ごめん、今入るよ」
てっきり、案内だけして別れるのかと思っていただけに、彼女が店内に入ったことに少し面食らいながら、オレも一緒に店内へと入っていった。
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