第6話 運命の日

 ミヨコさんと話をしている内に体の痛みと疲労から寝落ちしてしまったオレが再び起きたののは、3月12日になってからだった。


 時間は午前4時30分。


 部屋は未だ真っ暗で、本来なら殆どの人が寝ている筈の時間だが、同じ部屋のベッドで休んでいる筈のミヨコさんの姿がなかった。


 その事に、妙な胸騒ぎを覚える。


 それに、今日が3月12日だと言うことも引っかかった。


 今日は、ナナにとってもミヨコさんにとっても――そしてオレにとっても運命の日。


 ナナは1人騎士団に救出され、ミヨコさんは御使の園に連れて行かれてしまう事になり、オレは……死亡する事になる。


 だから、ミヨコさんと同室になれたのは、ゲーム内で不明だった彼女の動向を知る意味では都合がいいと思っていたんだが……。


 そんなことを考えている間に、ある事に気づく。


 先ほど起きた時には全身傷んでいた体が、今は何とも無いことに。


「もう、裁きの羽に馴染んだのか?」


 自分の体を見下ろして問いかけてみるが、当然誰も応えてはくれない。


 だが、体内を循環するモノ――魔力は、処置される前よりも明らかに活発に、激しく動いている様な気がする。


「ん? なんだコレ」


 ベッド横のサイドボードに千切られた、小さな紙切れがある事に気づき広げてみると、そこにはアルファベットの筆記体に似た字が記されていた。


「コレは確か、国際共通語だったか?」


 設定資料集に50音を当てはめた一覧が記載されていたのを思い出し、記憶を辿りながら10文字程の短文を解読していく


「ど、うか、いき、の、びて? どうか生き延びて!?」


 書かれていた内容の不吉さと、急いで殴り書いたようなソレを見て、更に胸の中で嫌な予感が膨らんでいく。


 だが、残念ながらゲーム内では今日どのくらいの時間に、どういう風にナナが救出されたのか描かれていなかったため、今後の展開が全く把握できない。


「――――っ」


 と、その時右耳が何か人の声の様な物を拾った気がした。


 息を殺し、目を閉じて耳をそば立ててみる。


「ミヨ……おねぇ……ん」


 微かに聞こえてくる声に、思わず目を見開いて叫んだ。


「ナナ!?」


 啜り泣くような声が、確かにナナの物だったから。


「お兄ちゃん!? お兄ちゃんなの?」


 あちらもオレの声に気づいたのか、先程までと違い、大きな声で返事をしてきた。


 どうやらナナが無事な様で安心したが……大部屋にいるはずのナナが、隣の部屋と思われる所から声を出していることに、嫌な予感を覚える。


「ああ、オレだよ。ただ、どうしてナナが隣にいるんだ?」


 大声でそう尋ねると、暫く静寂が続いた後……涙まじりの声が聞こえて来た。


「ミヨコお姉ちゃんが……お姉ちゃんが!」


「ミヨコさんがどうしたんだ!?」


「お姉ちゃんが、私の代わりに罰を受けろって連れて行かれちゃったの!」


 突然告げられた内容に頭が追い付かなかったが、ナナを何とか宥めながら話を聞いていると、どうやらナナは目覚めた後、大部屋から抜け出してミヨコさんとオレを救出しようとしたらしい。


 だがその考えは失敗に終わり、あえなく捕まったナナは部屋に監禁される事となったが、その際に研究員の1人が「345号には罰を受けてもらわないとな……」と口走ったらしい。


 その事を聞いて、思わず胸が締めつけられた。


 オレが何も動かなければナナは監禁されず、ミヨコさんは罰を受けずに済んだだろう。


 そして、そんな事が起こってるにも関わらず寝こけていた自分を思いっきりぶん殴りたくなったが、今は他にやることがある。


「……ミヨコさんが連れて行かれたのはいつか分かるか?」


 拳を血が滲み出るほど握りしめ、感情を押し殺して問いかけると、ナナは「2時間くらい前だと思う」と答えた。


 2時間……その時間に思わずゾッとする。


 人間は果たして拷問とも呼べる攻め苦を受け続けて、どの位の時間まで正気でいられるのかと考えてしまって。


 そこまで考えた所で、ミヨコさんが書いた紙の意味を悟る。


 彼女は恐らく、再びこの部屋に戻って来れたとしても、正気ではいられないと薄々感づいていたのだろう。


 そのことに気づくと、即座に体を起こして、部屋の扉を確認してみるが……やはり鍵はかかっていた。


 扉なんて魔術を使えれば壊せるが、オレの首には魔力封じの首輪が付けられていて――そう思ったところで、ふと疑問が湧いた。


 確かに、首には首輪らしき物がついているが、今も正常に魔力の流れを感知できている事に気づく。


 本来、魔力封じの首輪は、魔力の流れを阻害するため感知も出来なくなるとゲームでは言っていた。


 なら、普通に魔術を使えるのでは?


 そう思いたち、何の魔術を試そうか考えた所で――グンザークの斧を交わした時の事を思い出す。


 あの時、オレは僅かだけれど電気を纏っていた気がする……ならっ。


 手のひらに集中し、そこから丁寧に魔力を絞り出していき、魔術式を構築していく。


 鋭利な三角形と、稲妻を表す文様を組み合わせて作られたソレは、ゲーム内で見たものと寸分違わない。


 何度も自分の術式を確認した後、祈るように起動キーを告げる。


「来たれ、雷球っ」


 そう言葉を紡ぐと同時、暗い室内にハンドボール程度の大きさの光る球が現れ――思わず鳥肌が立つ。


 初めて魔術を自分が行使出来たと言う事実と、何より……ミヨコさんを救えるかもしれないと言う事に。


 同時に、ミヨコさんが言っていた言葉を思い出す。


『もし……もし、私がキミに助けてって言ったら、キミは助けてくれる?』


 その言葉は、もしかしたらこの事態を予測していたんじゃ無いかと……そして、オレの首輪を解除したのは、長い監禁生活の中で解除方法を発見したミヨコさんなのでは無いかと思って。


 だとしたら……オレのやる事は、一つしかない。


「ナナ、少し聞いてくれないか?」


 壁越しにいる筈のナナへ、オレは語りかける……ナナと、ミヨコさんが幸せになる方法を模索する為に。


◇◇◇


「ふぅ……何とか、上手く抜け出せたな」


 閉じ込められていた部屋の鍵と、ナナの部屋の鍵を壊して廊下を1人歩いているが、特にバレた様子はない。


 ナナは、当然オレについて来ようとしたが……正直ここから先は何が起こるかわからない為、一応武器になりそうな長いホウキだけ渡して、部屋に残ってもらった。


 ナナなら――長物を使うのが得意な彼女なら、この施設の一部の人間以外は勝てるはずだ。


 だからオレは、慎重に研究施設の中を確認していく。


 ゲーム内では俯瞰的ふかんてきな見え方の上、一部の部屋は崩落している様な状態だったが、30分も歩き回れば大体の位置関係は把握できた。


 同時に、ミヨコさんが連れ去られたであろう場所――オレが、”裁きの羽”を埋め込まれたであろう部屋の位置も理解できた。


 だが、その部屋は大きく開けており、少なくとも何人もの研究者達がいることは間違い無いだろう。


 そして、恐らくはグンザークも。


 ……そのことを思うと、足が震えてきた。


 今度対峙すれば、奴は容赦なく殺しにくるだろう。


 たった1日前に、手も足も出なかったような相手に、これから挑む事になるかもしれない、その事実に今にも膝が崩れ落ちそうだった。


 正直、何もかも忘れて逃げ出したかったが……このまま引き返すことだけはできない。


 この場で逃げるのは……かつて、いろんな物から逃げてきた自分と何も変わらないから。


 そして何より、会って間もないオレに想いを託すしかなかったミヨコさんと、オレが救って来てくれると信じて待ってくれているナナを裏切る事になるからっ。


 オレは主人公なんかじゃない、ただのモブキャラだ。


 名前すらないままに、誰の記憶にも残らず消えていく様な人間だ。


 だけど、この世界の主人公よりも……いや、世界の誰よりも彼女達を見てきた自信があるから、オレは彼女達は裏切れない。裏切らない。


 ――どうせ、今日で終わるはずの命なら、彼女達のために全てを捧げるのも、悪くはない。


 そう思うと、不思議と体の震えは止まり、全身に熱が戻り、心が高揚を始める。


「さぁ、0.01%の先を見せてもらおうか!」


 自分に言い聞かせるように、世界に宣言するようにオレはそう言うと、扉を開け放った。


――――――――――――――――――――――――

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


 本日夕方の投稿予定は、18:25頃になります。


 また、昨日投稿開始した本作ですが、読者の皆さま、フォローや評価頂いた方々のお陰で日間異世界ファンタジーで35位に、総合ランキングで55位に入る事が出来ました。


 本当にありがとうございます。


 今後とも楽しんで頂ける様に努力していきますので、何卒よろしくお願いします。

 本当にありがとうございます!

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