第7話 暗闇の中の決闘
真っ暗な廊下から扉を僅かに開けて中を覗くと、そこには4人の研究員達と……紫色に光る薄気味悪い椅子に縛り付けられ、うなだれているミヨコさんがいた。
表情は長い髪に隠れて見えなくなっていたが、僅かに胸元が上下していることからまだ息はある様でその事に少し安心する。
どうやって彼女を助け出そうかと思案していると、4人の内の2人――1075番と名付けられた少年を連れて行った男達の姿が声をあげた。
「ったく、こんな時間に叩き起こされて実験とか……たまんないよな」
「しかも、言った本人はどっか行ってるんだから、やってられないぜ」
幸い周囲を探ってみても、アノ不気味な目をした男とグンザークはいないようだったので、少し安心する。
「はぁ、しっかしもうコレもそろそろ廃棄じゃねぇかな? さっきからマトモに反応もしなくなってるしよ」
そう言って、男がミヨコさんの頭を叩いたのを見て、全身を焼く様な激情が腹の底から湧き出すが、それを抑えて必死に考えを巡らせる。
今必要なのは、感情のままにぶつかって特攻する事では無く、冷静に考えを巡らせミヨコさんとナナを救出する事なのだから……。
「取り敢えず、さっさとノルマこなしてオレ達も寝ようぜ」
男の内の1人が薬剤の入った注射針を手に持ったあたりで、監禁されていた部屋で事前に確認しておいた2つの魔術式の内の1つを、展開していく。
威力はいらない、ただ正確に撃ち抜く必要がある。
息を殺し、うるさい位に鳴り響く心臓を押さえつけながら編まれたその術式は、雷の矢を生み出すもの。
ソレを合計6つ……室内にある、光源の数だけ用意する。
矢の数を増やせばその数だけ手間と時間がかかるが……幸い今は、気付かれていない。
確実に狙いを定め――撃ち放つ。
「疾れ、雷矢――」
呟くように発した解放キーと共に放たれた矢は、狙い違わず魔力によって発光していた照明へ直撃すると割れ落ち、途端室内は真っ暗になった。
「おい、何だ! いきなり暗くなったぞ!」
「くそっ、何も見えねぇ」
そんな風に男達が騒ぎ立てる間に、今度は別の術式――雷球の術式を編み上げていく。
今回は部屋で試した時よりも大きく、強く光らせる必要があったが、逆に連中の目を暗闇に馴染ませる必要があった為、十分な時間をかけて術式を編み上げると、監禁された部屋に転がっていた筆記用具を幾つか室内へと投げ込んだ。
――ガシャンッ。
硬質な床に弾かれた筆記用具が、大きな音を立てる。
「おいっ、何の音だ!?」
「分かんねぇよ! お前が確認しろよな!」
大声をあげながら混乱している男達の視線を、転がした筆記用具の方へと集めたところで、オレは目を閉じながら術式を解放した。
「光れ、雷球」
――同時、瞼の上からでも分かるほど強烈な光で室内が包まれる。
「うわっ、今度はなんだ!」
「くそっ、目が見えない」
男達が目を押さえて蹲る中、次の術式を展開していく。
今度は雷矢を4つ――相手は、今も音を立てて右往左往している男達の数だ。
数多の実験をして来たのだろうソイツらに向けて、オレは一切の手加減なく矢を解き放つ。
雷球が消え、再び暗闇となった室内に4つの閃光が駆け抜けると、ドサリと重たいものが倒れる音がした。
「光れ、雷球」
状況を確認するため、室内の天井付近に雷球を設置した後、ゆっくりと目をならしながら、状況を確認していく。
すると、男達が狙い通り倒れ伏しているのを見て……再び怒りが湧き出してくる。
オレが見ていただけでも、必死に抵抗する少年を無理やり連れて行き、幼いナナに危害を加えようとしただけでなく、ミヨコさんを虐げてきた連中だ。
思わず術式をありったけ打ち込みたくなるが……今はそんな事をしている時間は無いと、必死に理性を押さえつける。
何とか怒りを歯を食いしばって押さえながら歩き出すと、実験室にあった包帯で昏倒した男達の体をきつく縛り上げた後、椅子に縛り付けられたミヨコさんへと近づいていく。
「ミヨコさん……助けに来たよ」
「……」
虚な顔で……ガラス玉の様に何も映さない瞳で、オレを見上げた彼女を見て、胸が締め上げられていく。
「こんな所、さっさと出よう……」
昨日まで見せてくれていた笑顔と、今見せる全てが抜け落ちた様な表情との違いに、言い表せない怒りを感じるが、黙々と彼女を解放するために手を動かす。
そして、全ての拘束を外し終えたところで……背後から物音が聞こえ、慌てて振り返る。
「……これは、どう言うことだ?」
重たい、殺気を伴う声と共に入って来たのは……甲冑を着て、巨大な戦斧を手にしたグンザークだった。
先日会った時とは比べ物にならない殺気に、思わず頭が真っ白になる。
「貴様は……先日のネズミか。一体どうやって抜け出したのかは知らんが、もはや見逃す理由は、ない」
言葉が終わると同時、グンザークが霞んで見え――直後には刃が目の前に迫っていた。
「っつ」
魔力を体内で循環させ、その刃をサイドステップでかわすが、かわした筈の刃はすぐに折り返してきて、再びオレの体を叩き割ろうと迫ってくる。
「消えろっ!」
叫ぶと同時、室内に設置していた雷球が消え、暗闇の中で眼前を刃が通り過ぎるのを感じると、全力で後ろに下がってグンザークから距離をとる。
――たった2回。
たった2回、グンザークの大斧をかわしただけで全身は汗が吹き出し、心臓は跳ね回っていた。
だが、ここで逃げるなんて事は……あの状態のミヨコさんを置いていくことは、オレには出来ない。
故に立ち向かうための覚悟を決めると、術式を展開していく。
幸い、“裁きの羽”を取り込んだお陰か、足元以外は光源がなくても問題なく見えている。
「……久方ぶりの闘争がこんなガキでは味気ないが、せいぜい足掻いて見せろ」
体の各所に防具をつけているにも関わらず、消える様な速さでグンザークが肉薄してくるが……こっちも以前とは違う。
用意しておいた雷矢を10本、狙いも定めず前方にありったけ、打ち込む!
「しゃらくさい!」
矢の内5本は確かにグンザークを撃ち抜いたが……奴はソレを意に介さず、突っ込んでくる。
ゲームでもそうだったが、冗談みたいな頑丈さだ。
切り上げ、切り下げ、袈裟がけ、逆袈裟……まるで重さを感じさせない勢いで振り回される戦斧だが、地面をぶつかった時に室内を揺るがすその衝撃から、その威力は想像するに余りある。
故に直撃だけは何とか避けているが……体には掠めた事で出来る切り傷が、増えていく一方だ。
ジリ貧……そんな言葉が頭に浮かんだ所で、一瞬――コンマ数秒だけグンザークが斧を引いた姿勢で静止する。
――この構えは!
「穿て、重波山っ」
そうグンザークが技名を叫ぶより早く……脳が奴の行動を理解するよりも前に、奴に向けて走り出し――前宙していた。
重波山。グンザークが使う技の一つで、斧を上段から振り切ると同時、奴の前方140度に対して高さ1m、射程3mの岩の棘を生み出す技。
攻略サイトでは重波山の攻略法は、ガードするしか無いと思われているが……。
「こちとら、その技を千回以上見てんだよ!」
叫ぶと同時、空中で振り上がっていた足を、奴の後頭部目掛けて叩き落とす。
「ガッ……」
一瞬だが、奴がよろめいたのを確認すると、不恰好に地面へ倒れ込みながら、空中で展開した雷矢を奴のガラ空きの背中に打ち込んでいく。
1発、2発、3発……無防備な背中へと確実に矢が命中するが、振り返ったグンザークの顔は痛みよりも憤怒に歪んでいた。
「クソガキがっ」
ダメージを受けたことをまるで感じさせない勢いで奴は再度突っ込んできて、先ほどまでを上回る勢いで斬りつけてくる。
だが、ソレを追うのも目が慣れ始め、左右に避けることで何とかかわせるようになった所で――急に何かに足を取られた。
「なにがっ!?」
思わず困惑しながら足元を確認してみれば、そこには土で作った足枷が足へとくっついていた。
――クソッ、失敗した……
完全に足元が疎かになっていたことを後悔している間にも、凶刃は目の前に迫ってくる。
「今度こそ、死ね」
視認することさえ困難な勢いで振られた横なぎは、今からでは到底かわすことが出来ない。
ならばと覚悟を決めると、左腕を折り畳み、全身の魔力を集中させ衝撃に備えた。
直後、わずかに魔力と刃が拮抗し、火花が散った後……オレは、壁に向けて弾き飛ばされた。
「カハッ……オエッ……」
背中から猛スピードで壁に追突したオレは、地面に落下し……うつ伏せの姿勢のまま、口の中に広がる鉄臭いものを吐き出した。
「っつ……」
ガンガンと容赦ない痛みが左腕から伝わってきたので確認すると、腕はあらぬ方向にねじ曲がっていることが見てとれ、思わず目を背ける。
――カツカツと、近づいてくる音が聞こえて視線を上げてみれば、戦斧をかついだグンザークが立っていた。
「ふむ、アレをしのいだか……だが、終わりだな」
見下ろしてくるグンザークに、言い返す気力も、もうない。
左腕だけじゃなく、あばらもイッたのか、先ほどから胸元でする激痛と、逆流してくる血液によって、喋るどころか呼吸することさえ困難だ。
「ただの実験体にしては、楽しめたぞ」
霞んだ視界と、薄れゆく視界の中で、これまでの事を思い返す。
彼女達を救うことも、目の前の男を倒すことも出来なかったが……ただのゲーマーで、ただのモブキャラにしては、これでも良くやったんじゃないかと。
思い返せば、ここで目が覚めてから苦痛の連続だった。
今まで生きてきて、火傷や切り傷程度の怪我しかしてこなかったオレにしては、よく踏ん張ってきたと思う。
ミヨコさんや、ナナには申し訳ないけど……やっぱりオレじゃあ主人公にはなれなかったみたいだ。
……そう思うと、ボロボロと涙が流れていった。
情けなくて、悔しくて、悲しくて、助けたくて、助けて欲しくて……。
「さらばだ、小さき戦士よ」
無慈悲に振り下ろされる刃を見ている間も、考えるのは彼女達のことで――。
「おにいちゃん!」
だから、オレは聞こえてきたナナの声を、幻聴だと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます