第22話 新しい一歩
騎士団へと戻ったオレは、心配するナナやミヨコ姉を他所に1人雨が降る訓練場で、カカシを相手に木刀を振るっていた。
型も何もない、ただ闇雲に振り回す不恰好な剣。
もし姉御に見つかれば怒鳴られる様な無様さだったが……それでも、そんな事でもしていなければ、恐怖に心が屈してしまいそうだった。
グンザークと戦った時のオレは、ミヨコ姉とナナを守るためにどうなっても良いと……死んでも良いと思って戦うことで、恐怖に打ち勝つことができていた……そう思っていた。
だが、現実は違う。
あの時はただ、恐怖から目を逸らしていただけだった。
羽の力を使い、正気を失うことで恐怖を感じない様にしていただけで、克復出来ていたのとはまるで違う。
羽という狂気がなければ、ここに居るのは精神的にも肉体的にも弱い、タダのガキだ。
「クソっ!!」
力の限り振るった木刀は、カカシの胴へと吸い込まれ――衝撃と同時に、握りが甘かった木刀が手から弾き飛ばされ、水音を立てながら後方へと飛んでいった。
「っつ……!」
マメが潰れたのか、雨に混じって赤い色が掌を伝っていく。
「ちくしょう……」
1時間も訓練していないのに息が上がる体、僅かな傷でさえ痛みに顔を歪める自分に思わず嫌悪する。
「ちくしょう……」
ぬかるんだ地面に足を取られそうになりながら、泥まみれの木刀を拾い上げると、再度力一杯に振るう。
「ちくしょう!」
弱い自分を、恐怖を覚えてしまった自分を追い払う様に剣を振るう。
オレは、主人公の様な天才ではない。
オレは、団長の様に強くはない。
でも、心のどこかで人より優れた魔力がある自分はそこそこ強いのだと……そう勘違いをしていた。
だけど、本当のオレは――。
「ああああああっ」
気勢を上げ、両断するつもりでカカシに木剣を叩きつけるが……オレにはカカシを断ち切るどころか、傷をつけることもできなかった。
◇◇◇
泥の様に沈んでいく意識の中で、ふと温かいものが頬に触れたような気がした。
暖かく、温かいその感触は心地よくて。
冷たい泥の中で差し込んだその温もりに吸い寄せられるように、意識が浮上していく。
「……ここは?」
真っ白な天井が視界いっぱいに広がるとともに、体が温かい――見慣れた真っ白い布団に包まれていることに気づく。
――そうか、ここは騎士団の病室の……。
「弟くん、目が覚めたの!?」
周囲を確認していると、ミヨコ姉が声を上げた。
「ミヨコ姉……」
上半身を起こしながら、彼女の名前を呼ぶが……何を言えばいいのかわからず押し黙ってしまう。
今のオレの状況は、何となく察しがついている。
多分……雨の中、永遠不細工な八つ当たりを続けていたオレはその内ぶっ倒れて、運び込まれたのだろう。
……あまりに無様で、格好悪くて、ミヨコ姉の顔が見れない。
「弟くん……無事でよかった」
そう言って優しく微笑むと、ミヨコ姉がオレの頬に触れた。
同時、先ほど感じた温もりがミヨコ姉の物だったのだと気がつく。
「……ごめん、心配させたよね」
感情を押し殺しながらそう言うと、ミヨコ姉が複雑な表情をした。
「心配は……うん、凄くしたよ。ねぇ弟くん、今日出かけてから様子が変だったけど、一体何があったの?」
ギュッとオレの手を握って、澄んだ瞳でオレの目を覗き込んでくるけれど……思わずオレはその手を払い除けてしまう。
「別に、何も無いよ」
「そんなわけない! 帰ってからの弟くん、凄く変だったよ!」
変――そう、変だったかもしれない。
意図して考えないようにしていたが……オレは元々、ろくに喧嘩もしたことも無いような人間だ。
そんなオレが訓練だの戦いだの何かを守るだの考えるなんて、変以外のなにものでもないだろう。
だから、悪意をぶつけられれば恐怖も感じるし、心だって折れそうになる。
きっと、誰だって死にそうな思いをしてみれば……もう一度、そんなことが起こるかもしれないと考えれば、怖くなるはずだ。
「確かに……変だったのかもね。オレなんかが、誰かを守りたいなんて言うのは」
人間には、身の程って物があるのかも知れない――。
そんな事がチラッと頭の片隅を過った所で……温かい感触に包まれた。
「……ミヨコ姉?」
「ごめんね……」
突然ミヨコ姉に抱きしめられ、呆然としていると謝られた。
「えっと……何が、ごめんなの?」
ミヨコ姉の温もりを……心臓の音を聞きながら、問い返す。
「弟くんが頑張ってるのに、気づいてあげられなくてごめんね。弟くんが苦しんでるのに、気づいてあげられなくてごめんね。弟くんが泣くほど辛かったのに、近くにいてあげられなくてごめんね」
そう言ってミヨコ姉がオレの頬に触れ……初めて、オレは自分が泣いている事に気づいた。
「私は、何も弟くんの為に何もしてあげられてないけど……でも、弟くんがあの研究所で、必死に私とナナちゃんを守ってくれたのだけは知ってるから。そして、今も私たちのために頑張ってくれてるのも知ってるから。だから、そんなふうに自分を卑下するみたいに言わないで」
「……っ」
別に、見返りなんて求めてなんてなかった。
――彼女達を救いたい。
それは、単なるオレのエゴでしかなかった。
苦しむ彼女達をできるなら見たくない、ただそれだけだ。
でも、ナナとミヨコ姉を助けるにあたって……救うことは容易じゃないということに気づいてしまった。
もし、騎士団が来るのが少しでも遅れていれば?
もし、途中でナナがオレ達の所に来なければ?
オレやミヨコ姉は言うに及ばず、ナナまでも死んでいたかも知れない。
それは――ゲームの時以上のバッドエンドで。
あの時そうならなかったのは、たまたま運が良かっただけなのだと気づいてしまって……。
オレが介在する事で、逆に彼女達がより不幸になる可能性もあると言う事に気づいてもしまって――これ以上何かをしない方が良いのではないかなんてことも、考えた。
それが、オレの心に植え付けられた恐怖に起因することなのかも分からないままに。
だけど……。
だけど、こうして感じるミヨコ姉の暖かさは本物で。
もし、オレが介入しなければ彼女がココにいる事はないと、オレだけは知っていて……。
「……ミヨコ姉は、ここにいて幸せ?」
「え?」
オレの突然の質問に驚いたのだろう、その空よりも澄んだ青い瞳を大きく見開いた後――彼女は、優しく微笑んだ。
「うん。ナナちゃんが居て、弟くんが居て、騎士団の人達が居る……そんな今の状況がとっても幸せだよ。夢なんじゃ無いかって、思っちゃうくらいには」
そう微笑む彼女の顔は――ミヨコ姉の顔は、これ以上ないほど澄んでいて。
改めてオレは……自分がやったことは、間違いなんかじゃなかったんだと強く確信する。
戦うことに対する恐怖は、ある。
この先の未来に対する恐怖も、ある。
だけどそれ以上に、彼女達を救いたいと――これ以上苦しんでほしくないと強く思う。
なら恐ろしくても、怖くても前に進むしかない。
がむしゃらで、不恰好で、ボロボロになっても、きっとオレにはそれしか出来ないから。
痛いのも、怖いのも、辛いのも……あの何もできず、引きこもっていた日々よりはきっとマシな筈だから。
「そっか……」
涙声ながらもオレがそう返すと、ミヨコ姉は一層オレの事を抱きしめてくれた。
――手を握りしめる。
オレは、主人公の様に何でも出来るわけじゃない。
オレは、団長の様に全てをねじ伏せる強さがあるわけじゃない。
だけど……。
だけど、きっとオレにしか出来ないことはあるから。
だから、今は恐怖を飲み込んで前に進もう……そう思えた。
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