第34話 吸血鬼と吸血姫

「それで、弟くんの話ってなにかな?」


 訓練が終わり、夕食を取った後オレはソファーが置かれた寮の共用スペースで、ナナ、ミヨコ姉、ユフィに集まってもらって改めて話をする事にした。


「えっと、実はちょっとある所に行って魔法の勉強をして来ようと思ってて……」


 そう告げると、ユフィが何かを察した様に口を開いた。


「それってもしかして、さっき団長が呼んでた件について?」


「あ、ああ。そうだね」


 少し躊躇いながら頷くと、ナナが瞳を揺らしながら見上げてきた。


「……お兄ちゃん、どこか行っちゃうの?」


「えっと……まぁ、うん。もし魔法を教えてもらえることになったら、2、3カ月はいなくなるかもしれない」


 そう言うとナナは、一層顔を曇らせた。


「あ、ただ、一応定期的には帰って来ると思うから……」


 なんとか取り繕うとした所、ミヨコ姉が険しい顔をしながら尋ねて来る。


「もしかして、弟くんなにか危ないことをしようとしてる?」

 

 そう尋ねられて……頷いた。


「危ないか、危なくないかで言ったら、危ない……と思う。ただ、オレも正直どう転ぶか分からないんだ」


「どう転ぶか分からないって、どういう事?」


 やや棘を含んだ声でユフィが尋ねてきて、一枚の書類――団長から渡された封筒を皆の前へ差し出すと、ミヨコ姉が封筒を手に取った。


「赤いコウモリの封蝋……?」


「うん。ソレがオレの魔法の先生になる人の目印」


「ねぇセン、コウモリのマークって確か……」


 ミヨコ姉とユフィは何かを察した様にオレの事を見て来るが、ナナは理解できなかったのか、首を傾げている。


「えっと、コウモリさんのマークがどうかしたの?」


 澄んだナナの橙色の瞳で見つめられ、オレは一度大きく吸い込むと応える。


「それは……送り主が吸血鬼であることを示すマークなんだ」


 送り主によってそれぞれ意匠は異なっているけれど、彼らは一貫して赤い蝋を使って吸血鬼を模した封蝋をする。


 他種族――人ならず、エルフやドワーフ、獣人や魔族に至るまでそう言った習慣がないことから、彼らの吸血鬼である事に対する自負を垣間見える。


「えっと弟くん、確か吸血鬼の人達って余り他の人種に友好的じゃなかったと思うんだけど……」


 流石はミヨコ姉、施設では偏った教育しかされていなかったと言うのに、もう社会情勢まで把握している様だ。


「そうだね……正直、吸血鬼の人達は自分たち以外を見下してるって言われてるけど、ちょっとこの封蝋を改めて見て貰ったら気づく事ない?」


 そう言って赤い封蝋を指し示すと、皆でジッと顔を近付けて見て――ナナが声を上げた。


「えっと、このコウモリさん右と左で羽の長さが違う?」


 そう尋ねられて、オレは頷いた。


 普通に考えれば、配送の関係で羽が欠けただけの様にも見えるソレだが、実は最初から片方の羽が意図して短くなっている。


「この書類を送ってきた主は、実は吸血鬼と人間のハーフなんだ」


 そう言うと、吸血鬼の習性を知っているのだろうミヨコ姉とユフィが驚いた顔をした。


 多種族と人間のハーフ……それ自体は、街に出ていればそれなりに存在している。


 ただ、吸血鬼は繁殖では無く吸血によって眷属を増やすため、ハーフと言う存在が極めて珍しい。


 基本的に吸血鬼に存在していたのは、圧倒的な力とほぼ不老不死の肉体を持った始祖と、その派閥に属する眷属たる吸血鬼だけだったのだが……彼女が――レイナ・ヴァレンシュタインが全てを変えてしまった。


 遥か500年ほど前に誕生した彼女は、自分を生み出した始祖の失踪に伴い領地を併合されそうになるが、それを追い返すばかりか、逆に襲撃して来た始祖を返り討ちにしてしまった。


 以後彼女は、数々の同胞――吸血鬼たちから狙われる事になるが、それを悉く撃退。


 結果付いたあだ名は、同胞殺しの吸血姫きゅうけつき


 そんな彼女の簡単な生い立ちを説明すると、皆は険しい顔をしていた。


「えっと、話を聞いているとその人って凄く危ない人の様に聞こえるんだけど……」


 ミヨコ姉が躊躇いがちに言ったので、オレは苦笑いしながら頷く。


「まぁ、気に入らない……彼女が退屈だと思う人間に対しては、手厳しい罰を与えたりしてるらしいね」


 余りゲーム内では登場せず、語られる事も無かったキャラクターだが、不敬を働いた人間に対して厳しい罰を下したと言うエピソードがあった。


「……そんな危ない人の所に、魔法を習いにいかなくても良いんじゃない? 騎士団で訓練してても、強くはなれるんだし」


 ユフィが険しい顔のまま瞳を開き、オレの事を見ながら尋ねてきたので……真摯に、今オレが考えている事を伝える。


「確かに、騎士団で訓練してるだけでも強くなれるし、魔法の学習という意味では学校に行くのもありかもしれない……」


「そうだよね。もし弟くんが魔法でつまずいたりしたら、私も手伝うから……」


 ミヨコ姉が悲し気な顔をしているのを見て、心を揺さぶられるけれど、ここで頷くことは出来ない。


「ただ、それらの手段じゃあ遅すぎるんだ。いずれ強くなりたいんじゃなく、今すぐ強くなるためにはコレが最善だとオレは思ってる」


 そうハッキリ告げると、ジッと皆がオレの事を見てきて……ユフィが瞳を閉じると共にため息を吐いた。


「分かったわ。私はセンが行くことを否定はしない」


「ユフィちゃん!?」


「ユフィお姉ちゃん!?」


 ユフィの言葉に、ミヨコ姉とナナが目を見開きながら驚きの声を上げたが、ユフィは苦笑いした。


「多分、幾ら言ってもセンの今の気持ちを捻じ曲げるのは難しいと思います……それに、センが強くなりたいと思う気持ちは凄く強い、確固たる意志を感じるので否定するのは難しいです」


 そうユフィが告げると、ミヨコ姉はただでさえ曇っていた表情を、更に悲し気に変えた。


「ねぇ弟くん、本当にその人から教わらないとダメなの? 団長とかに話を聞けば、もっと安全に教えてくれる人がいるかもしれないよ?」


「ごめんミヨコ姉。……どうしても、彼女じゃないとダメなんだ」


「そんな……」


 ミヨコ姉に、正確な理由を話してあげることは出来ない。


 何せ、ゲーム内でのイベントを元に考えた人選なんだから、言えるわけがない。 


 ただ、彼女が持つ独自魔法はいずれも有用な物ばかりで、もしその一端でも覚える事が出来れば、確実な戦力アップは狙えるはずだ。


「……お兄ちゃんは、ナナ達を残して一人で行っちゃうの?」


 瞳を震わせながら、ナナにそう尋ねられてオレは……思わず目を反らしそうになる。


「……もしかしたら危ないかもしれないから、皆には残っててほしいかな」


 オレがそう言うと、ミヨコ姉が俯きながら立ち上がった。


 その表情は、長い髪に隠れて確認できない。


「ミヨコ姉?」


「……弟くんは勝手だよ。私は、弟くんが一人で行くのは絶対に賛成できないから」


 そう言うと、ミヨコ姉は背を向けて去って行こうとし……途中で「おやすみなさい」とオレの方を見て言うと、改めて寮へと戻って行った。


「ナナも、お兄ちゃんの言うこと賛成できないもん!」


 頬を膨らませながらナナもミヨコ姉と同じ様に立ち上がると、「おやすみなさい!」と大声で言って去って行ってしまった。


「……それじゃあ私も、自分の部屋に戻るね」


 ミヨコ姉やナナと違い、ゆったりとした仕草で立ち上がったユフィの顔は、怒っていたり悲しんでいると言うより、困ったような顔に見えた。


「……ユフィは、オレの言ってることが間違ってると思う?」


 この世界に来て、ここまで明確にミヨコ姉やナナに拒絶されたのが初めてで、思わず尋ねてみると、更に眉を寄せられた。


「正直私は、センがどれだけの覚悟を持って言ってるのか分かるから、その気持ちを否定したくは無いけど……でも、心情的にはミヨコさんやナナちゃんと同じかな。だから、もう少しだけ二人の気持ちも考えてあげて欲しいかな」


 そう言うとユフィは「おやすみ、セン」と言い残して、去って行った。

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