第3話 新しい妹と、魔力の暴走
「ああ、大丈夫。心配いらないよ、ナナ」
そう言うとナナは目を見開いた。
「何で、ナナとミヨコお姉ちゃんが2人で決めたお名前を知ってるの?」
やばいっ。
思わず心の中で呼んでいたため、癖で口走ってしまったが、彼女のナナと言う名前はナナとその姉的な存在であるミヨコしか知らないはずだ。
現にあまりの驚きからか、先ほどまで目に涙を溜めて泣いていたナナが、びっくりした顔でこちらを見ている始末。
そんなナナを見て、内心冷や汗を流しながら、何とか苦しい言い訳を試みる。
「あー、前にミヨコさんとナナが2人でそう呼び合っているのを聞いたから、かな?」
そう言うと、一瞬その栗色の髪を揺らしながら首を捻ったナナだったが、
理解してくれた様だった。
「そっか……じゃあ、ミヨコお姉ちゃんと話をしたわけじゃないんだね」
そう言ったきり、ナナは俯きながら黙りこんでしまう。
何とかナナを慰めてあげたかったが、その方法も思いつかず、何とか今の状況を打開するヒントはないかと周囲を見回してみると――壁の一部に青白く発行する数字が書かれているのが見てとれた。
記載されていた文字は、415/03/10 15:30。
これを見た瞬間、頭の中の記憶を呼び起こす。
――ゲーム開始時点での年月日は420年の3月25日。ってことは、今はゲーム開始の5年前という事になるのか? と言うか、ナナがこの施設から救い出されたのは、確か……415年の3月12日だったはず。
細かい所は分岐毎に異なるが、共通部分は何百回とシナリオを見たせいで、重要なイベントは完璧に頭に入っているので、間違いはないだろう。
ナナについてはシナリオ通りに行くなら、連中に殺される前に救出されるはず。
だが、同時に確実なことが一つある。
それは――オレのこの体の余命は、最長でもあと二日しかないと言うことだ。
明日実験によって殺されるのか、それともナナが救出される際に証拠隠滅を図った連中の自爆に巻き込まれて殺されるのかは分からない……ただ間違いなく死ぬ。
そのことを認識すると、途端に目の前が暗くなった様な錯覚に陥る。
ここは夢の中だ、死ぬ前には目が覚める……そう自身に言い聞かせても、奴に殴られた鳩尾や、蹴りつけられた背中の痛みが現実逃避を許さない。
くわえて最悪なことに、オレがゲーム内のシナリオを変えてしまい……ナナが連中の1人に目をつけられてしまった。
――それは、ナナの命も絶対安全とは言い切れない状況だと言えた。
自身の軽率な行動に思わず舌打ちしたくなるが、それでも現状わかっているのは、なんとか騎士団がこの施設へと乗り込む明後日まで無事でいれば、オレもナナも生き残れるということだ。
そのことを認識すると同時、オレは必死に自身が作成したゲームのシナリオチャートを――無数に分岐した情報の枝を思い返し、一つの結論に至る。
「ナナ、この部屋から出るぞ」
オレがそう言うと、俯いていたナナが戸惑ったように眉を顰めた。
「どうやって出るの? 扉には鍵がかかってるし、扉以外に出れるところは無いよ?」
そう尋ねてきたナナに、俺はニヤリと笑う。
主人公たちが今から6年後にこの部屋を訪れた時、誤って閉じ込められてしまった際に、部屋の中に研究員が残している暗号を見つけて、扉を開けるというイベントがある。
今から3日後に施設が廃棄され、それ以後放置されていたらしいから、恐らく変わっていないはずだ。
「確か、1140番のベッド横にある戸棚の、上段から2番目だったから……」
頭の中にある記憶を思い出しながら、ベッドの横に据え付けられた戸棚に手を伸ばそうとして、身長が足りない事に気づく。
「っ、っ――」
何回かジャンプして手を伸ばしてみるも、後10cmは身長が足りない。
「……その戸棚に何かあるの?」
ベッドから起き上がったナナがそう言いながら手を伸ばすが、それでもやはり届きそうにない。
しかも周りには子供の力で動かせそうなものも無いし――ってああ、そうだ。
「ナナ、俺が肩車するから取ってくれ」
「肩車?」
この世界には肩車の概念が無いのか、それとも単純にナナが知らないのか分からないが、その場でしゃがみ教えてやる。
「俺がこうやってしゃがんでるから、肩に足を乗せて……そうそう。持ち上げるぞ?」
「えっ、ま、待って……」
「いてっ! ナナ、髪じゃなくて肩掴んで、肩!」
持ち上げられるとは思わなかったのか、慌てたナナに髪の毛を思いっきり引っ張られたが、今はそれ所じゃない。
「上から二番目の棚、に、赤い本があるだろ? それ、取って……」
この体が非力なせいで、小さいナナ一人持ち上げるだけでも足がプルプル言うが、必死に耐える。
「えーっと、あっ、取れたよ! って、うわぁっ」
「よかった……って、うおっ」
本を取った時に棚が良く見えてなかったのか、ナナが落としたナニカが俺の頭に直撃し、それにより俺たちは体勢を崩し、2人してその場で尻餅をついた。
「いたた、一体何が……ってコレは、魔法の杖?」
俺の頭に直撃して、赤い本と一緒に転がっていたのは、俺の前腕ぐらいの大きさの、先端に宝玉が付いた杖だった。
「こんなんシナリオに出て来たか?」
思わず疑問に思いそう呟くが、考えてみれば主人公がこの部屋に来るのはシナリオ後半なんだから、こんな取るに足らなそうな杖は
「お兄ちゃんが欲しかったのは、それ?」
そうナナに聞かれて、俺は思わず自分の耳が正常であるかを疑った。
「ナナ、今何て言った?」
「えっと、欲しかったのはその本なのかなって…」
そう聞かれるが、俺が聞きたかったのはそこじゃない。
「いや、そうじゃない。ナナ、今俺のことなんて呼んだ?」
「……お兄ちゃんの方が1個番号少ないから、そう呼ぼうかなって。ダメ?」
そう言って首を
こんな美少女に、お兄ちゃんと呼ばれて喜ばないゲーマーはいる筈がない……神に誓って言うが、俺はロリコンじゃないからな?
「いや、今日からオレがナナのお兄ちゃんだ!」
夢の中とは言え、妹ではない人からお兄ちゃんと呼ばれるのもまた乙なものだな……なんて考えながら、当初の目的だった赤い本を拾い上げると、しおり代わりに挟まれてたメモを引き抜き、男たちが先ほど出て行った扉へと近づいていく。
「ナナは危ないから離れてて」
そう言って忠告すると、本と一緒に落ちて来た杖を拾い上げたナナは、首を横に振った。
「ううん、ナナも一緒にいる」
「そか……」
正直扉を開けた瞬間連中に気づかれる可能性がある以上、ナナには大人しくしていて欲しかったが、今は問答をするよりも扉を開けることに専念した。
「3、2、4、7、6……」
扉の横にある壁に埋め込まれたテンキーへ、メモの記載通りに数字を打っていく度に、高鳴る心臓を感じながら打ち込み終わると、祈るようにEnterキーを押す。
――ピーッ
甲高い電子音が鳴ったかと思うと、扉が音を立てて開き……前方の廊下には人がいない事を確認できた。
「ふぅっ……」
まずは第一段階を突破したことに安堵の息を漏らしながら振り返って見れば、ナナは呆気に取られた様に扉を見ていた。
半ば以上本当に空くとは思ってなかったんだろう。
「本当に開いた……」
「はは、兄ちゃんは凄いだろ?」
ゲームの知識を使って開けただけだが、そう言ってどや顔をすると、ナナは目を輝かせた。
――だがそれも、次の瞬間曇ることになる。
「おい、何か音聞こえなかったか?」
「あん?こっちにはガキどもの収容施設しかねぇぞ」
聞こえて来たのは大人たちの――研究員たちの声。まずいっ。
「ナナ、逃げろっ!」
「お姉ちゃんを……みよこお姉ちゃんをかえせっ」
俺は背後にいたナナに逃げる様に指示するが、ナナは杖を構えながら俺の脇をすり抜けると、研究員たちの方に走っていく。
「ナナっ、待った!」
急いでナナを追いかけて止めようとするが、追いついたのは研究員たちの目の前に着いてからだった。
「おい、今日は実験体に杖なんか持たせる予定あったか? と言うか、監視官は何をやってるんだ?」
そう言って研究員の男がナナに手を伸ばした時、それは起こった。
「オマエラなんか、消えちゃえッ」
ナナの体が栗色の光に包まれるのを見た次の瞬間には、研究員の男が吹き飛ばされて向かいの壁に叩きつけられていた。
「貴様っ、なにをしたっ……ぐっ」
そう叫んだ男も、同僚の男同様に壁に叩きつけられる。
思わずその様子に一瞬呆気に取られるが、慌ててナナの方を確認する。
「はぁっ、はぁっ……」
「ナナ、大丈夫か?」
肩で息をしながら目の焦点が合っていないナナを支えてやると、ぐったりともたれかかって来たため、体制を変えてナナをおぶってやる。
「何であんな無茶を?」
そう問いかけると、ナナからはうわ言だけが帰ってくる。
「お姉ちゃん……お姉ちゃんを……」
魔力を消耗して立つ事さえままならない状況でもなお、姉の事を心配するナナを見て、思わず胸が締め付けられた。
同時に頭は努めて冷静に、状況を分析する。
ナナと一緒に今、ここから逃げ出す方法は取れなくなった。
なら、オレが今から打てる最善の一手は……ミヨコさんとナナをオレが命を賭してでも明後日まで守り抜くことだ。
「オレがミヨコさんを絶対に連れて帰って来る。だから、ナナはここで大人しく待ってて」
そう言ってナナが元いたベッドに寝かしつけてやると、握っていた杖をそっと取り上げ、元来た道を引き返す。
「おにいちゃ……いかないで……」
廊下に出る直前に、ナナの声が耳に入ったが、オレはナナと――ミヨコさんの為にも足を止めず、前に進むことに決めた。
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