第2話 転生した異世界は、思ったよりハードモードでした
「うおっ」
跳ね起きながら息を吸うと、先ほどと違い自分の体の感覚がちゃんとある事に
直前に味わった喪失感は、恐怖以外の何物でも無かったから。
「って、この服なんだ?」
病院の入院患者が着るような服――真っ白な検診衣を着せられている事に疑問を感じると同時に、自身の手が小さくふっくらとしている事に気づく。
ペタペタと顔を触ってみれば、なにやら骨格まで変わっている気がする。
「もしかして、明晰夢って奴?」
ネットで聞きかじった程度の記憶だが、普通の夢とは違って意識もはっきりしていて、自由に動き回れる夢があると話に聞いたことがある。
「でも、オレは子供になりたいなんて願望別に無かったけどなぁ?」
そんな風に思いながら周りを見てみれば、白い無機質な部屋の中にズラリとベッドが並んでいる。
ベッドの上にはいずれも10歳くらいの少年少女が寝かされていて、例外なく黒い首輪を嵌められているのが見えた。
同時にこの部屋に僅かな既視感を感じたところで、部屋へと近づいて来る足音に気づいた。
「……取り敢えず、寝たふりでもしとこうかな」
現在の状況もまるで分らなかったため、取り敢えず周囲に合わせて大人しく寝ておくことにした。
何せ、ココは夢の中。
足音がするスライドドアの向こうから、突然エイリアンが現れたとしても不思議ではないのだから。
――ガチャッ
ドアの鍵が音を立てながら開く音と共に、男たちの話声が扉の方から聞こえて来た。
どうやら相手はエイリアンでは無く、人間だったらしい。
緊張から早鐘を打つ心臓を押さえつけながら、男たちの会話へ聞き耳を立ててみる。
「あー、今回はどいつを使徒化の実験に使うんだったっけ?」
「ちゃんと資料読んどけよ、今日は検体1075番の予定だろ? 一日一人ずつやって、今週中に1080番までやる予定なんだから、しっかり覚えとけよ」
「あー、そう言えばそうだったか」
どこか不穏な会話する男達がゆっくりと近づいて来て、状況も言葉の意味も分からない恐怖心から思わず声を上げそうになるが……幸い男たちは隣のベッドの前で立ち止まった。
「おい、起きろガキ」
「ひっ……」
何かを叩く音と、少年の小さな悲鳴を聞いて思わず薄目を開けてみれば、恐怖に引きつった顔の少年に、男二人が手錠と首に紐をかけている所だった。
「ごめんなさい、助けてください、ゆるしてください……」
呪文の様に、呪詛の様に助けを求める少年だったが、男たちは一向に耳を貸す気配は無く、淡々と手錠をかけて連行していこうと少年を立ち上がらせた。
「だれか、たすけて……」
少年がそう言いながらオレの方を見たのは、単なる偶然だったんだと思う。
だけど、確かに少年とオレの視線は一瞬交錯した。
――恐怖と絶望で、泥の様に濁ったその瞳と……。
「たすけっ……」
「おいガキッ、さっさと歩け!」
少年の言葉が終わるより早く、男の一人が怒鳴りながら少年の首にかかった紐を引っ張った。
「っぐ」
「助けなんて求めても来るわけねえだろ、お前らは所詮モルモットなんだからよ。大人しく俺達の崇高な実験台になっとけっての!」
少年の……未だ10歳かそこらの無防備な少年の顔を殴りながら、高笑いする男を見て思わず生理的な嫌悪感を抱く。
だが、オレには今すぐ飛び出して彼を助ける様な勇気は無い。
「おい、下手な事言うんじゃねぇ。コイツラはモルモットじゃなく、使徒候補様だろ?」
「あっはっは、そうだった。テメェらがもし今回の実験に耐えられたら、晴れて使徒になれるかもしれないんだったな! おい頑張れよ、1075番」
1075番と呼ばれた少年は、男の一人に首輪を引っ張られるが、小さく呻いただけだった。
「チッ、つまんねぇ。どうせなら、コイツが今日生き残れるか賭けねぇか? 俺は死ぬ方な」
「バカだろオマエ、そんなん賭けにならねぇだろ。どうせアノ345番も含めて全員死ぬんだからよ」
「間違いねぇ!」
そんな会話をしながら高笑いする男たちの声がどうにも苛立たしくて、奥歯を噛みしめていると……隣から涙ながらの少女の叫びが聞こえた。
「ミヨコお姉ちゃんは……ミヨコお姉ちゃんは死なない!」
何処かで聞いたことが有る様なその声に、思わず声のした方を見て……オレは心臓が止まった様な錯覚に陥った。
正に心臓に撃たれたかの様な衝撃を覚えながら、彼女の事を見る。
涙を溜めながらも真っ直ぐに男達を射抜く切れ長な瞳、スッと伸びた鼻筋、幼さのせいでやや丸みを帯びた顔だち、少し癖の付いた栗色の髪――そのどれもが完璧に計算して作られた芸術品のようだ。
だが、彼女を見て衝撃を覚えたのはその芸術的な可愛さからでは無く、幾度となく見た少女――ヒロインの姿と酷似していたからだった。
「なんだ、テメェ? モルモットの分際で、俺達に文句あんのか?」
男の一人が不穏な気配を漂わせながら、少女に向けて歩き出す。
「っ……」
男が怒気を放っているのを察したのか、少女が委縮する様に息を飲んだのを聞いた時――オレの体は勝手に動いていた。
「……やめろ」
自分の声とは思えないハスキーな声だったが、男と少女がいるベッドの間に立って睨みつける。
すると男の一人は青筋を立てながら、もう一人の男に向かって叫んだ。
「……どいつもこいつも、オレの事を舐めやがって。オイ、お前は1075番連れて先に行け!」
「了解。ただ、殺すなよ? 明日の実験が出来なくなる」
「分かってるっつーの」
目の前の男が了承したのを聞いたもう一人の男は、それっきり黙って1075番と呼ばれた少年を連れて出て行こうとした。
それを見て、思わず声をかける。
「オイ、待てって……」
「……うるせぇんだよ、ガキが!」
そんな言葉が頭上から聞こえたと思った時には、腹部に感じた事がない程に猛烈な衝撃が走っていた。
「オエッ」
余りの衝撃から、その場で屈みこむ……同時に、背後から悲鳴が上がった様な気がした。
――クソッ、夢なのに何でこんなに現実感があるんだよ!
内心悪態をつきながらも、衝撃と鈍痛と、嘔吐感から涙で視界がにじんで来るが、男はそんなオレを見てあざ笑った。
「ったく、モルモットの癖しやがって人間様に歯向かってんじゃねぇよ」
「ぐっ……」
悪態を吐く男は、縮こまっているオレの背中を、容赦なく足が蹴りつけて来る。
ドンッ、ドンッと鈍く走る衝撃と共に、まだ未成熟な体が軋みを上げる音が聞こえて来る。
そんな中で少女の声が、今度は正面から聞こえて来た。
「もう止めて! それ以上、イジメないで!」
下を向いて顔を上へとあげてみれば、そこには両手を広げて立つ栗色の髪の少女の姿があった。
「くそがっ、テメェもオレに逆らおうってのか!」
男がそう叫んで手を振り上げた時――男の胸元からアラーム音の様な物が響くと、忌々し気に男はアラームを止め、扉に向けて歩き始める。
「ちっ……命拾いしたなガキども、まぁどうせその命も明日、明後日までだけどな!」
大声でそう捨て台詞を吐いた男は、扉の脇にあるパネルを操作して扉を開けると、部屋から去って行った。
それを見てオレは思わず、その場で倒れ込んだ。
体がズキズキと痛んだと言うのもあるし、あからさまに敵意を向けていた男が去って緊張感が解けたと言うのもある。
だが、一番大きいのは栗色の髪の少女が傷つかずに済んだ安堵が大きい。
「……あの、大丈夫?」
そんな声が耳元で聞こえたので顔を上げてみれば、鮮やかなオレンジ色の瞳が、心配そうにオレの事を覗き込んでいた。
同時に、改めて近くで見たからこそ分かる事があった。
それは、彼女が間違いなくエンブレのヒロインの一人であった少女だということ。
彼女は――彼女の名前は……。
「ああ、大丈夫。心配いらないよ、ナナ」
オレがそう彼女の名前を呼んだとき、どこかで歯車がカチリとなる音が聞こえた気がした。
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