第30話 残りの命

「もう、落ち着いた?」


 しばらくの間、黙ってオレを抱きとめていたユフィが、少し頬を赤らめながら尋ねてきて……思わず自分の頬も熱くなる。


 ――幾ら大人びてると言っても、11歳の少女に泣きついて何やってんだ……。


 内心そんな自己嫌悪に陥りながら、ユフィと少し離れて向かい合っていると、扉がノックされる音が聞こえてきた。


「お兄ちゃん、入るよー!」


 ナナの声が聞こえてきて、返事をするよりも早く勢いよく扉が開くと、そこにはナナ、ミヨコ姉、そしてローズさんが立っていた。


「お兄ちゃん、お顔が赤いけど大丈夫?」


 コテンと首をかしげながらナナが尋ねて来て、思わずドキッとしてしまう。


「だっ、大丈夫大丈夫。全然平気だよ?」


 どもってしまいながらも、なんとか返事をすると、ミヨコ姉が眉をひそめながら近づいて来て、上半身を起こしていたオレの体をそっとベッドの方へと押し倒した。


「無理して起きてちゃダメだよ、弟くん? ゆっくり寝て……あれ?」


 何かに気づいたのか、首をかしげたミヨコ姉が顔を――鼻をオレに近づけて、匂いを嗅いだ。


「ど、どうかした? ミヨコ姉」


「んー、ちょっとだけ弟くんからハーブの様な匂い――ユフィちゃんと同じ匂いがしたから、匂い袋でも借りて使ったのかなって」


 ミヨコ姉の言葉に、思わずドキリとしながらも、慌てて首を横に振る。


「別になにもやってないよ! 近くにユフィがいたから、匂いが移ったんじゃないかな?」


「……そうなのかなぁ?」


 今ひとつ釈然として無さそうなミヨコ姉だったが、これ以上言及されたく無かったので、話題をずらすことにする。


「それで、ローズさんが来たって言うことは検診ですか?」


「ええ、そのつもりだったのだけど……思ったより元気そうね」


 苦笑いしながら言うローズさんに、思わず鼻をかく。


「まぁ全身痛いですけど、なんとか話せる位には元気ですね」


「そうなのね。改めて、すごい回復力ね……今回の怪我は、前回以上に酷かったのに」


 そう言われてオレは、思わず苦笑いをしてしまう。


「薄々は気づいてましたけど、やっぱりひどい状態だったんですね……」


「ええ、団長がアナタを連れて来たときには、ひどい状況だったわね。ミヨコちゃんなんて、卒倒しそうだったんだから」


「ローズさん、からかわないで下さい! ……でも、本当に心配したんだよ?」


 ミヨコ姉に悲しげな目を向けられて、思わず深く頭を下げる。


「ごめんなさい」


「まぁ何はともあれ、血管を繋いだり骨を固定する大掛かりな手術も成功したんだけど……人造魔力核の状態は、以前よりも明らかに悪化しているわ」


 厳しい口調でそう言われるが……予想できていたことなので、驚きはない。


「ミヨコお姉ちゃん、人造魔力核ってなんだっけ?」


「えっと……少し耳慣れなくて、私も教えてもらっても良いですか? ミヨコさん」


「うん。人造魔力核っていうのは……」


 ナナとユフィへミヨコ姉が簡単に人造魔力核の説明をしている間にも、ローズさんの話は続く。


「前回話をした時に、あまり厳しく言わなかったせいかもしれないけど、またアレを使ったでしょ?」


 そう尋ねられて、オレは黙って頷いた。


「はぁ……前回も言ったけど、人造魔力核はアナタの命を――寿命を確実に縮めるの。これ以上その幼い体で使うのは、本当にやめた方がいいわ。もしまた次も同じことをすれば、怪我は治っても体が確実にもたないわ」


「……そう、ですよね」


 ローズさんに忠告されて、自身の体を――胸のあたりを確認してみるが、表面的には何も変わっている様には見えない。


 だが、オレの体の中を巡る魔力量は、確かに先日までよりも引き上げられていた。


 それは、人造魔力核と自身の魔力核の同調率が上がっているという事であり――自分の命の残量が減っている確かな証でもあった。


「ただでさえアナタに残された時間は、決して長くは無いの……だから、無駄にしてはダメ」


 そう告げられるとユフィは口を開いて驚いた顔で、ミヨコ姉は悲しげに目を伏せ、ナナは不安そうな顔でオレを見た。


「センは……その、長くは生きられないんですか?」


 ユフィが躊躇いがちに問いかけると、ローズさんが確認を取る様にオレの方を見たので頷き返す。


「……ユフィも無関係と言うわけでも無いので、教えてあげてください」


「そう……セン君の寿命は、劇的に魔力核の研究が進歩しない限り、長くてもあと13年程だと思うわ」


「っ……」


 ユフィが、息を飲んだ。


 同時に、オレは苦笑いする。


 ――やっぱり、以前よりも減ったな。


 そのことに対する感慨は、あまりない。


 どの道長くは生きられない体だし、自分の意思でアレを使ったのだから。


 だけど、オレの寿命の話を聞いて皆が悲しげな顔をするのは、正直見ていたくない。


 だからオレは――今後裁きの羽を使わないで戦える方法を模索する必要があるんだろう。


 その方法については、一応頭の中に入ってる。


 成功するかは、分からないけれど。


「これからも私はセン君の寿命を少しでも伸ばせる様に努力するから……皆も、セン君が無茶をしないか見張っておいてね?」


 ローズさんが皆の事を見ながらそう告げると、全員深く頷き返した。


◇◇◇


 ローズさんによる診察が終わり、面会時間が過ぎて消灯した病室で、一人改めて考える。


 エンブレに登場したメインヒロインは判明している範囲で、四人。


 ナナ、ユフィ、そして別に二人存在している。


 一人は、同じ国内に居るが山を隔てた辺境に住んでいる伯爵令嬢。


 そしてもう一人は、隣国の姫君だ。


 隣国の姫に関しては、正直接触する手段が現状皆無と言っても良い状態で、しかも彼女に降りかかる不幸の多くは現在――ゲーム時間基準での過去ではなく、未来に原因があるため、今は動く必要も動けることも殆ど無い。


 問題は伯爵令嬢の方で、彼女の方は今から約半年後に確実な不幸が待っている。


 不幸の原因は、両親の死去。


 外交の為に馬車で遠征中の所、崖から転落し両親は事故死――となっているが、本当は伯爵令嬢の叔父にあたる人物による他殺だ。


 家にただ一人残っていた伯爵令嬢だけ生き残るが……それ以後、伯爵家は叔父の手によって没落の一途をたどっていくことになる。


 結果、伯爵令嬢の行きつく先は望まぬ政略結婚や叔父の傀儡として生きる道だけだ。


 叔父をどうにかする――というのは、仮にも相手が貴族である以上難しいため、なんとかして伯爵家とコンタクトを取り、伯爵たちを殺されない様にしなければならない。


 コンタクトを取る方法については……一応考えてはいる。


 だけど、伯爵たちの殺害を止めるには、伯爵が殺害されるかもしれないという荒唐無稽で、下手をすれば即座に不敬罪で捕まりそうな内容を人に信じさせて協力してもらうか、自分で何とかするしかない。


 そう考えた所で、オレの言葉を信じて死にかけたジェイの姿がフラッシュバックし、体が震えだす。


 ――オレの……ただのゲームの知識を使って、人の命を再び天秤にかける事は出来そうもない。


 ――なら、自分で解決できるほどに強くなるしかないよな。


 手のひらを強く握りしめながらそう方針を決めると、まずは体を治すために深い眠りへと落ちていった。

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