第31話 それぞれの考え
入院してから3日が経ち、車椅子で移動できる様になった頃、俺は1人でジェイの病室へと向かっていた。
ミヨコ姉やユフィからは、まだギプスも取れていない状態で1人で院内を出歩くことに難色を示されたが、それでもやっぱり真っ先に誠心誠意謝りに行きたかったから1人で行くことにした。
ジェイが入院している病室の前、他の病室となんら変わらない扉がとても大きく開けがたい物の様な錯覚を覚える。
入団して以後常に気にかけてくれて、兄の様に慕っていたジェイが、どんな言葉をかけてくるのかが想像できない。
だが、一度深呼吸して覚悟を決めると、扉を軽くノックした。
「どうぞー」
室内から帰って来たその声はいつもと変わらず、体調の悪さを感じさせないものだったため、その事に安心しながら扉を開けると、ジェイはベッドに横たわって雑誌を読んでいた。
「おっ、ボウズじぇねぇか!」
「……すいませんでしたっ!」
全身全霊の気持ちを込めて、深く頭を下げる。
ここに来るまでの間に色々な謝罪の言葉を考えて来ていたが、ジェイの手足についたギプスや、病衣から覗く至る所に巻かれた包帯の数々を見て、全ては吹き飛んでいた。
「おっ? 一体何事だ。てかオマエ、そんな状態で出歩いてんじゃねぇよ」
俺の状態を確認して呆れた様に笑うジェイだったが、俺は頭を下げ続ける。
「オレのせいでそんな怪我をさせて、しかもオレの独断専行を団長や副団長に庇う様に説明してくれて……本当にすいませんでした!」
オレの勝手な行動の連続だった今回の件について、副団長を始め色々な人から当然の糾弾を受けると思っていたが……ジェイは全ての責任は事前に話を聞いていた自分にあると説明をしてくれたそうだ。
結果オレは復帰後の軽い罰訓練だけを言い渡され、ジェイは3カ月の減給と言う処分が下された。
オレのせいで怪我をさせ、あまつさえ尻拭いまでさせてしまった人に、オレはどんな顔をすればいいのかが分からない。
ただ何を言われようと、まずは誠心誠意頭だけは下げに来ようとそれだけを考えていた。
「ったく、頭上げろよ。別に大した話じゃねえよ。部下の面倒を見るのは上の仕事だ。何だかんだで団長は、貴族連中や天神教会からの突き上げからオマエやユフィ嬢ちゃん、シスターの事を庇うために奮闘してるしな」
今回発生した天神教会による襲撃の件について、天神教会やそのシンパである貴族達から――拘留中に自殺した青い髪の神父について、騎士団やシスター達が釈明を求められている状況だ。
本来ならユフィやシスターから天輪教会の本部を通して、天神教会へ抗議する様な話であるが、二つの教会の力関係が隔絶しており、抗議の声を上げられずにいるらしい。
「そもそもだ、天神教会が管理してたお前らの居た施設を襲撃した時点で、既に俺達は連中から目つけられてたんだ、オマエが気にすることじゃねぇよ」
そう言って笑いかけて来るジェイだったが、それは未だ大っぴらには攻撃出来ていなかった天神教会に、攻撃する機会を与えてしまった事に他ならない。
その事について考えて、俯いているとジェイがため息を吐いた。
「ったく、オマエも大概面倒くせえ性格してんな。もうアレだ、退院したらうまいメシでも食いに行こうぜ、それで今回の件はチャラだ。文句は受付ねえ」
「いや、流石にそれは……」
「あー、良く聞こえねー。ともかく、これ以上この件について俺から話すつもりはねえ」
耳を塞ぐジェスチャーをしながら布団へもぐり込んだジェイに思わず苦笑いしながら、俺は再度頭を下げた。
「ありがとう、ジェイ」
小さくそう呟いて病室を出ようとすると、「おう」とだけ返事が返って来た。
◇◇◇
事件が起こってから1週間程経つと、オレの体はスッカリ歩けるまでに回復していた。
体にあった傷跡は粗方消え、各所骨折していた箇所の骨は繋がった頃、オレは団長から呼び出しを受けて病室から団長室へ移動していていると、途中の廊下でユフィと出会った。
「あれ? なんでユフィがここに居るんだ?」
教会が焼失して以後、ユフィとシスターが騎士団の寮を一時的に利用しているのは知っていたが、この建物には医務室と騎士団の事務所くらいしか存在していない。
「センこそ、どうしてここに?」
「いや、オレは団長に呼ばれて……」
「そうなの? なら、私と一緒ね」
「ユフィも?」
そう尋ねると、ユフィは頷き返してくる。
団長がどういった意図でオレとユフィを呼び出したのか今一つ分からなかったが、既に団長室の前に来ていたので中へ入って確認する事にした。
木製の扉をノックすると、中から返事が返って来る。
「待っていたよ、中へ入ってくれ」
「失礼します」
オレとユフィの2人が部屋へと入ると、木を主体とした落ち着いた雰囲気の部屋の中で、団長が山積みの資料と向かい合っていた。
「もう少しで終わるから、先にソファで座っていて」
そう促されて、オレとユフィは見るからに柔らかそうな濃紺のソファに座る。
すると、ユフィのハーブに似た匂いが鼻孔をくすぐり、思わず抱き留められた先日の事を思い出して、顔が熱くなってきた。
「どうかした? セン」
「いや、なんでもない!」
首を傾げながら尋ねて来るユフィに、声を上ずらせながら応えるとまだ不思議そうに俺の方を向いていたが、団長が話かけて来たので事なきを得る。
「こっちが呼び出しておいて待たせてすまないね。最近外回りが多くて、書類仕事が溜まっていたから」
「いえ、こちらこそ今回の件でご迷惑をおかけしてすいません」
改めてオレが頭を下げると、団長は笑った。
「以前謝罪も受けたし、人として間違った事をしたわけじゃないからね。今後は事前に報告してくれさえすればいいさ」
「ありがとうございます。……とすると、今日呼び出されたのは別件ですか?」
てっきり改めて先日の件について説明などを求められるのかと思っていただけに疑問に思っていると、団長は少しうなった。
「別件、というわけでもないんだけど……まぁ単刀直入にいうと、ユフィさん達の身の安全のためにも騎士団へ入団してもらいたいって話なんだ」
「私を騎士団に、ですか?」
戸惑った様に眉を顰めながらユフィが尋ねると、団長は静かに頷いた。
「正直現在のユフィさんやシスターの状況は芳しくない。天神教は君たちの身柄の引き渡しを求めているし、天輪教の本部はその事について関与しない姿勢を決め込んでいる」
それを聞いてオレは思わず、立ち上がった。
「天輪教の本部は、仲間であるユフィたちを庇う気がないって事ですか!?」
「そう怒るものじゃないよセン。今の彼らと天神教の力関係は火を見るより明かだ。確かに非道な決断だとは思うけれど、組織としては一個人のために組織全体を危険に晒すわけにはいかないんだろう」
団長はそう嗜めてきたが、それじゃあユフィやシスターは今まで何のために……。
そう考えていると、ユフィの手が軽くオレの手に触れたので、とっさに顔を見合わせると――彼女は微笑んでいた。
「私もお婆さまも、本部の意向がどの様なものであったとしても、胸の内にある信奉心には何も変わりありません。私たちが信じているのは、中央都市にいる司祭達ではないのですから」
そう言い切ったユフィの顔は、ブレることのない信念を宿している様に見えて――思わずその顔に見入ってしまう。
「団長さま、この件に関してはお婆さまは既にご存知なんですか?」
「ああ、彼女には既に説明しているよ。ただ、入団するか否かはユフィさん、君に一任すると言っていた」
団長がユフィの事をジッと見ながら返事をすると、ユフィはしばらく黙考した後、ハッキリとした口調で返事を返した。
「私を、騎士団へ入団させてください」
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