第10話 残りの寿命
あの施設――御使の園で何が行われていたのか。
それは、エンブレというゲームにおける核心の一つだ。
故に、下手な事を話す前に、ローズさん達がどの程度の情報を持っているのか、確認しておく必要があった。
「ちなみに、天空騎士団はどこまでの情報を掴んでいるんですか?」
極力何でも無い風を装って尋ねると、ローズさんは特に不審がる事も無く頷いた。
「私達は元々、貴方達が居た施設……御使の園に数多くの孤児達が集められている事や、一部凶悪犯罪者が施設を出入りして、非人道的な行いをしていた事まで調査し、以前から乗り込むためのタイミングを伺っていたわ」
「そう、ですか……」
おおよそ予想通りの回答に、相槌を打つ。
「現状施設に残された資料を探している所なんだけど、捕らえた技術者達では持っている情報にも限りがあって、出来れば当人達の意見を聞きたい所なんだけど……殆どの子達が、話をできる状態じゃなくてね」
目を伏せ、暗い顔でローズさんの言ったことを聞き、オレも思わず渋い顔になる。
施設に捕らえられていたのは、一番年長なのがミヨコさんの12歳で……下は、一桁の者も居ただろう。
そんな彼らが人体実験の対象になっていたと思うと、反吐が出る。
「加えて貴方とナナちゃん、ミヨコちゃんは明らかに他の子達と違う処置がされていたから詳しく話を聞きたかったの、貴方達の今後の為にもね」
真摯な瞳で訴えかけてきたローズさんに対して、オレはある程度情報を打ち明ける事を決める。
「裁きの羽……ソレが、オレたちだけに埋め込まれたモノの正体だと、研究員たちが話していたのを聞きました」
「裁きの羽?」
「はい。羽状の形をした、人造魔力核です」
――魔力核。
それはこの世界の人間に元来備わっている器官であり、その容量は人によって……生物によって大きく異なる。
簡単な魔術の行使も難しいおちょこ程度の大きさの人からバケツ――はては浴槽レベルに至るまで様々だが、その容量を後天的に増やすのは容易では無い。
故に、それを外付けハードディスクの様に器ごと増やそうと言うのが、人造魔力核の基本理念だ。
「貴方達三人の魔力量だけが桁外れだったから、もしかしたら……って思っていたけど、そういう事なのね。なんて、バカげたことを……」
そうローズさんに言われ、オレも肩をすくめる。
人造魔力核を体に埋め込むことの無茶さは、例えるなら生まれてずっと2本足だった人にもう1本足をつける様な――おぞましさで言えば、頭をもう一つ付け加える様なモノだと言うのが設定資料に書かれていた。
当然そんな実験なんて、正気の人間がやるわけが無い。
「正直、君の魔力核がこれまで見たこと無い程壊滅的だったのが、そういう理由だったのなら納得だわ」
「……壊滅的って、具体的にどんな感じなんですか?」
設定集などで魔力核について読んではいたが、魔力の存在を知覚したの何てほんの数日前の出来事なため、実感が持てない。
「文字通り、酷い状態よ。もしこの状態のまま魔術なんて使おうとしたら、どんなにうまくやっても死んでたわ」
「……うまくやらなかった場合は?」
最高でも死んでたなら、ソレ以外の場合どうなっていたのか気になって、聞いてみる。
「たぶん、周りを巻き込んで内側から爆発してたわね。中身が空の密封された容器を、熱し続ける様なモノなのだから」
そう言われて、その現場を想像し……ゾッとする。
下手したら、ナナやミヨコさん諸共爆発してたわけか……。
「安心なさい、今後はそんなことにはさせないから。正直、貴方達の内誰か1人しか居なかったら厳しかったけど、幸い3人を比較できるから、絶対に私があなた達の体を良くしてみせるわ」
そう力強く太鼓判を押されて、少しだけ肩の荷が軽くなった気がする。
ゲーム内でも、ナナの魔力核が不安定だという描写はされていたが、対処療法的な対応しか出来ていなかった為、後半になるに連れドンドン悪化していっていた。
そして皮肉なことに、ナナが裁きの羽に関する研究が進んでいる敵陣営に誘拐された場合は、症状が改善していた……まぁ当然、バッドエンドにはなるのだけど。
そんな事を回想していると、ローズさんが重々しく口を開いた。
「本当ならこんな事を聞かせるべきでは無いのかも知れないけれど、最後に1つ君に大事なことを伝えておくわ」
「なんでしょう?」
先ほどまでの内容でも十分重要な事だった気がするが、ローズさんが険しい顔をしているのを見て、若干居住まいを正す。
「落ち着いて聞いて欲しいのだけれど……君達に埋め込まれた羽のせいで、多分寿命が大幅に少なくなっているわ」
そう言われてもオレは、特に取り乱すことはなかった。
元々騎士団があのタイミングで助けに入らなければ、間違いなく死んでいただろうし……もっと言えば、PCで表示されたバナーをクリックした時点で死んでいたのだから。
ただ、1つ気になる事はある。
オレの寿命が後5年――ゲーム開始時点まで持たないのであれば、死ぬまでに様々な準備をしなければならないだろうから。
「その寿命って、後どれくらいかとかって分かりますか?」
極力暗い声にならない様に努めながら尋ねると、ローズさんが渋い顔をしたけれども、結局口を開いた。
「よくて15年という所かしら。ただ、アナタがその人造魔力核を酷使するたびに、減って行くと思っておいてちょうだい」
言い辛そうに、不憫そうにローズさんはそう言うが……15年と言う時間が長いのか短いのか分からないけれど、少なくともオレの目的を達成するには十分な時間があると分かって少し安心した。
「……あまり取り乱さないのね?」
少し不思議そうにローズさんが尋ねて来るが、苦笑いしながら頬をかく。
「正直、実感があまりなくて。……あの、ミヨコさんやナナはどの位なのか伺っても良いですか?」
そう尋ねると、ローズさんは押し黙った後頷いてくれた。
「ナナちゃんは多分20年程、ミヨコちゃんは……10年といった所かしら。彼女たちも、君と同じ様に人造魔力核を酷使しないことが前提だけれど」
そう聞いて、正直自分の事以上にショックは大きかった。
何か事件が無くても彼女たちは、いずれ死んでしまうという事実に。
だが……ただ呆けている訳にも行かない。
今回救出された事で、ゲームとは大きく変える事が出来たけれど、まだまだ元凶は存在しているのだから。
「ローズ先生、話して下さってありがとうございます」
「いえ、他にも体調について知りたいことがあったら、聞いてちょうだいね」
そう言うと、ローズさんは座っていた来客用の丸椅子から立ち上がった。
「じゃあ、今日のところはいい子で寝てるのよ」
そう言ってオレの毛布を改めて整えた後、ローズさんは出て行った。
すると、耳に痛い位の静寂が訪れ――胃から逆流するして来る感覚を覚えて、慌てて足元に置いてあった洗面器を拾い上げ、口元に持ってきた。
「オエえええぇぇっ」
全身から感じる慢性的な痛みと……今になってぶり返してきた殺し合いによる恐怖から、吐いた。
「くそっ……」
涙に頬を濡らし、鼻水を垂らしながら吐き続ける。
ミヨコさんや、ナナがあんなに傷つく事なく救う方法はあったんじゃないか?
自分が遅かったせいで、ミヨコさんの症状が悪化したのでは無いのか?
そんな考えが消えては沸いて、その度に吐いているうちに、吐き出すものに血が混じり始め……結局オレは、その日ローズさんに見つかって睡眠剤を打たれるまで、吐き続けることになった。
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