第24話 扇動者
訓練が終わった夕食までの空き時間、ナナの要望でオレとミヨコ姉とナナは街に出てお菓子屋を回っていた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん! 今度はあっちに行こ!」
そう言ってオレたちに手を振ってくるナナの手には、既に色とりどりのキャンディや、風船なんかが握られている。
しかも、その殆どは貰い物なのだから、美少女というものはお得なものだ。
「ナナちゃん! そんな風に走ってるとぶつかっちゃうよ!」
心配そうに声をかけるミヨコ姉の手にも、様々なお菓子が握られていた……オレはどうかって?
まぁ、ミヨコ姉から一部を分けてもらったよ。
「わぷっ!」
走っていたナナが人にぶつかりそうになり、急停止するが減速が足りずぶつかってしまっていた。
それを見たミヨコ姉が慌てて頭を下げ、オレも急いで駆け寄る。
「すいません! お怪我はありませんか?」
「大丈夫ですか? ……ってアナタは確か、アクセサリー店の店員さん?」
ナナがぶつかった相手の女性を見てみれば、先日ユフィと一緒に行ったアクセサリー店の店員さんだった。
「あら? 君は確か、ユフィちゃんと一緒にお店に来た……」
店員さんもオレのことを見て思い出したのか、ナナを抱きとめながらそんな事を口にした。
「ごめんなさい……」
シュンとした顔のナナが店員さんに頭を下げると、店員さんがその頭を撫でる。
「ふふ、別に良いのよ。怪我はなかった?」
「うん、ナナは大丈夫。お姉さんは?」
「私も大丈夫よ!」
店員さんがVサインすると、一瞬キョトンとした顔のナナが、笑顔いっぱいにVサインして見せた。
「この子達が、君がプレゼントを買った子達?」
店員さんがミヨコ姉のネックレスを指さしながら尋ねて来たので、頷く。
「はい、その節はお世話になりました」
「いいのよ別に、私はただ君とユフィちゃんに商品を売っただけだしね……ただユフィちゃんは、最近それどころじゃ無さそうだけど」
ナナの頭を撫でて笑顔だった店員さんの顔が、曇る。
同時に、大きな不安が胸の内に湧き出る。
――まさか、ユフィの身に何かあったのか?
「ユフィに何かあったんですか?」
思わず不安になりながら尋ねると、店員さんが苦々しげな顔をする。
「ユフィちゃんと言うより、教会自体がね……」
渋い顔で口を開いた店員さんによって、オレはユフィと教会が置かれている現状について知る事になった。
◇◇◇
オレはミヨコ姉とナナを置いて1人、丘上にある教会に向けて走っていた。
最近ユフィ達がいる教会に関する悪い噂が広まり、それに伴って嫌がらせが発生していると、店員さんは言っていた。
先日来た時は然程の距離にも感じなかった坂道だったが、左右に広がる代わり映えしない林を見て、焦燥感が募っていく。
頬を伝う汗を無視して坂を駆け抜けた先では、教会を取り囲む形で人々が集まって声を上げていた。
「この異教徒ども、即刻この場所から立ち去れ!」
「神を冒涜する者どもめ!」
眼を見開き、腕を振り上げ、唾を飛ばして叫んでいる彼らの様子は狂気に満ちていて、思わず一歩後ろに下がる。
教会を改めて見てみれば、元々老朽化していたもののユフィ達の手で整備されていた壁には、ペンキや野菜などが投げつけられ、ユフィが収穫していた薬草畑は人々に踏み荒らされていた。
――なぜ、こんな事に……。
以前来た時には穏やかな雰囲気だった教会は、人間達の悪意にあてられ見る影もない。
「くそっ……」
今なお喚き散らしている人達の間をすり抜け、先日案内された裏口の方へと向かうと、この間も見た青髪の男達とユフィ達が向かい合っているところだった。
「さて、そろそろ遺物を我々に返すつもりにはなりましたか?」
不遜な態度で嫌らしい笑みを浮かべながら聞く青髪の男に、毅然とした態度でシスターが応える。
「何度もお断りしていますが、いくら言われても私はアナタ達に遺物を差し出すつもりはありません!」
そんなシスターの鋭い声を聴いても、青髪の男は気にした様子も無く肩をすくめた。
「まったく、本当に強情な人だ」
「……アナタ達が、やったんですね?」
これまで聞いたことが無いほど、低い声が聞こえて……そちらの方を見てみれば、金色の瞳を見開いて青髪の男を見ているユフィが居た。
「一体なんの話やら……」
「しらばっくれないでください! アナタ達が、あの人たちを扇動してこんな事を引き起こしたんじゃないですか!」
「これはこれは異なことを。何か証拠でもあるのですか?」
「っ、証拠はその指輪が……」
そこまで言ったところで、ユフィが下を向いて黙り込む。
「指輪がどうかしましたかね? まさか、指輪で人を操っているなんてことは言わないでしょうね? もし仮にそうだと言うなら、アナタが操っているのを解いてみてくださいよ」
小馬鹿にした様な男の声に、ユフィが悔しげに唇を噛んだ。
いくらユフィが相手の心を読めると言っても、相手が考えていないことまでは理解することができないし、そもそも相手が知らない事であれば当然読むことができない。
――連中は、ユフィが心を読めるのを知っていて、予め解除方を聞かない事で対策しているのかもしれない。
「解除法は……」
必死にユフィが、瞳の力を使って相手の心を読もうとしているが……もしオレの想像が正しければ、幾らやっても無駄骨に終わってしまう。
だが、オレにはアノ指輪に見覚えがあった。
遠目から見ても毒々しい紫色をし、蛇が絡まるような意匠をしたその指輪は、エンブレの設定資料に記載されていた呪具の一つとみて間違い無いだろう。
ゲーム内で登場する呪具の中には、幾つか危険な物が存在し、とりわけ悪用されそうな能力の物については国や騎士団が厳しく取り締まっていた。
禁止指定された呪具は作中活躍の機会がほとんど無かったが、その能力とデザインは設定資料には記載されている。
扇動者の指輪――それが、奴のつけている禁止呪具の名称だ。
「まったく、我々が差し伸ばす救いの手も取らず、あまつさえありもしない罪を擦り付けるなど正気の沙汰ではありませんね。身の程を知りなさい」
青髪の男がそう言うと、周囲の男達が高笑いをして、きつく拳を握りしめる。
一瞬ふと先日男に対して感じた恐怖心が頭を過るが、ユフィの悔しそうな顔と、シスターの悲しげな顔を見てオレは、力強く足を踏み出した。
「解除方法なら、オレが知ってる!」
大きく、ハッキリとした声で、男達の顔を見ながら叩きつける様に言った。
「……関係のないガキが、何でこんな所にいるんだ?」
「セン……?」
「センさん?」
青髪の男からは睨みつけられ、ユフィやシスターからは戸惑う様な顔を向けられる。
だがそんな様子に構うことなく、話を続ける。
「アンタが今つけてるその紫の指輪、扇動の指輪だろ? 洗脳の解除の仕方なら、オレが知ってるよ」
「貴様! 神官様になんて口の聞き方を!」
オレの物言いに激高した取り巻きのうちの1人が拳を振り上げ、振り下ろしてくるが……それを難なく受け止めると、握力で締め上げていく。
「いたっ! 貴様、離せ!」
取り巻きの男は腕を振り回そうとするが、ただの神官程度では子供とは言え半ば人間を辞めているオレの腕は外せず、青髪の男へ視線を向け続ける。
「そもそもその呪具、オレの記憶が正しければ国の法律に違反する能力だったはずだけど? もし鑑定してオレの想像通りの物なら、単純所持でも禁固刑は確実だし、使ったことが明るみに出れば死刑も有りうる。当然、使用者以外の協力者もね」
全体を見据えながらオレが死刑と言った瞬間、取り巻き達が一斉に青髪を不安げな瞳で見た。
「ふん……ガキが私を脅そうというのか? 貴様が幾ら何と言おうとも誰も真剣に取り合うはずもない」
自身ありげに青髪が睨みつけてくるが……オレは、口角を上げる。
「なら、ご同行願いたいね。こんな見た目でもオレは、天空騎士団の一員なんでね」
そう言って胸ポケットにしまっていたピンバッジを取り出すと、ざわめきが一層大きくなる。
「……本当に、こんなガキがアノ騎士団の一員だというのか?」
「別に信じなくてもいいよ。大人しくオレについてきて、団長の前で話さえしてくれればね」
オレがそう言うと、男との睨み合いが続いた後、青髪の男は背中を向けて歩き始める。
「今日のところは帰らせてもらうとしよう……ただ、あまり大人を舐めないことだなガキ」
男は吐き捨てる様にそう言い、拳を掴んでいた男は舌打ちすると、集まっていた住人も含め男達が去っていった。
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