第19話 プレゼントと涙
ガッチさんから逃走して暫く経ったところで会場へ戻ってみれば、ミヨコ姉とナナへの入団祝いのプレゼントを贈る時間になっていた。
「おう坊主、何で会場から出て行ったんだ?」
酒臭い息を吐きながらニヤけた笑みをしているジェイに、鼻を摘みながら睨みつける。
「どの口が言うんだよ! すげぇ冷や汗かいたんだからな!」
「はっはっは、スマンスマン。ちょうど嬢ちゃん達へプレゼントを贈る所だから、お前も行ってこいよ。用意してんだろ?」
いつものにやけ顔でそう聞いてくるジェイにため息をつきながら、頷き返す。
「まぁね。はぁ、行ってくるよ」
「おう、行ってこい」
食堂の中央では既に団長が代表して渡したプレゼントである、綺麗な装丁をしたノートや羽ペンをもらって感謝を述べていたので、オレは慌てて最初に座った席に密かに持ってきていた2人へのプレゼントを取りに戻る。
「さて、騎士団から2人へのプレゼントは以上だけど、もう1つ2人にはプレゼントがあるよ……そうだよね、セン?」
プレゼントを急いで取ってくると団長に話を振られたので、2人の前に立つ。
「え? 弟くん?」
「お兄ちゃん?」
キョトンとした顔をした2人にオレは買ってきたプレゼントを――それぞれの髪色に合わせて包装された箱を手渡しする。
「これは?」
「開けていいのー?」
「うん、大した物じゃないけどね」
少し照れながら2人に促すと……中から木箱に入ったアクセサリーが出てくる。
2人の反応が気になりジッと見てると、まずナナが笑顔になった。
「わぁ、綺麗! お兄ちゃん本当にコレ、ナナが貰ってもいいの?」
「もちろん……まぁ、初めてアクセサリーなんて選んだから、ちょっと自信ないけどね」
鼻の頭をこすりながら応えると、ナナが満面の笑みで「ありがとう」と言ってくれた。
その事に気分を良くして、ミヨコ姉の方を見てみれば……その大きく開いた瞳からポロポロと涙を流していた。
「えっ!? どうしたの、ミヨコ姉大丈夫っ?」
思わず血が引く様な感覚になりながら、流石にプレゼントが泣くほど嫌……ってことはないと思う、思いたい。
オレが慌てながら涙が流れていることをジェスチャーすると、ミヨコ姉が頬に手を当てて、涙が手に触れると驚いた顔をしていた。
「ごめんね、こんな風にお祝いされたのが初めてで……しかもまさか弟くんからも貰えるなんて思ってなかったから、頭の中がワッとなっちゃって」
涙を流しながらも笑顔でそう言うミヨコ姉を見て、思わずホッとする。
研究所に長くいたミヨコ姉にとって、この様に人から祝われるのはそれ程衝撃的な事だったのだろう。
幾ら普段気丈に振る舞っていても、ふとした拍子に感情がいう事を聞かないこともあるのかも知れない。
「お姉ちゃん、どこか痛いの?」
ナナが心配そうに見上げるとミヨコ姉が屈んで、ナナと視線を合わせながら微笑んだ。
「ううん、痛いんじゃなくて……これは、嬉しくて出る涙だよ」
そう言ってミヨコ姉がナナを抱きしめると、自然とパラパラと拍手が起こった。
――なお、オレにも騎士団からプレゼントが贈られたが、入っていたものはただの訓練着だった。
――いや、別に良いんだけどさ。
◇◇◇
歓迎会が開かれた次の日の午後、オレは1人で休日の街並を歩いていた。
昨日来た時と比べて遥かに人通りの多い中心部付近では、各店舗が熱心に呼び込みを行っていた。
「今日は良い魚が入ったよ! 寄ってらっしゃい!」
「ウチの果物はこの街一、いやこの国一だよ! 一度食べれば病みつきになるから、ぜひ一度買っていきな!」
「今日のウチは新装開店前の大セールだよ! 男物の服も、女物の服もみんな安くなってるから見てってよ!」
活気あふれ、喧騒に満ちる街並は着ている服や髪型などの違いはあれど、日本の下町の様で、どこかその懐かしい雰囲気に浸りながら歩いていく。
「ナナやミヨコ姉も一緒に来られたら良かったんだけどなぁ……」
思わず、そんな言葉が漏れてしまう。
ミヨコ姉が車椅子無しで歩ける様になったのはつい3日前の事であるため、2人とも休日のこの街――アクアの街に来た事は無いはずだ。
だから誘ったんだけれど……残念ながら、断られてしまった。
何でも、女子寮の先輩方と何やら約束があるらしい。
「まっ、明日も休みはあるし、オレはオレのできる事をやっておこうかなっ」
グッと体を伸ばしながら、街の端――丘上の教会を目指して歩き始める。
オレがまずやっておくべき事、それはユフィとの接点を極力持つようにすることだと考えている。
ここ数日、ゲーム内の今後の展開と、設定資料などを思い出しながら書き留めている中で、自分のやるべき事というのが幾つか見えてきた。
そのやるべき事の中の一つが、ユフィと接点を持つ事だ。
大前提として、オレはエンブレのヒロイン4人――それにミヨコ姉を加えた5人のバッドエンドを回避したいと考えている。
ナナとミヨコ姉に関しては解決したわけでは無いけれど、取り敢えずの身の安全は確保できたため一先ず置いておくとして、残る3人のヒロインを救う方法を考えなくてはいけない。
だが、その内の1人は異国であり、もう1人は同じ国とは言え遠く離れた場所に住んでいるから、現状のオレが対処できる事が殆どない。
故にまずは近くに住んで居るユフィから救おう……そう考えていたのだが、どうにも彼女が現状不幸そうには見えなかったのが引っかかる。
彼女が幸せそうにしている、その事自体は喜ばしい事だけれど、彼女は彼女自身が持っているその目によって、教会から道具の様に使われていた筈だ。
実際、ユフィが学院に入学したのだって主人公の力に目をつけた教会が、彼女をスパイとして送り込んだ……そう言うストーリーだったのだから。
その銀色の髪の様に冷ややかで、喜怒哀楽を決して表に出さず、どこか近寄り難い存在――それがユフィと言うキャラクター像だ。
だが、先日目にした現実の彼女は、その目を閉じてはいたけれど、感情を表現していたし、店員の人とも気兼ねなく話ししている様に見えた。
故に、いまの彼女がどんな状況であるのかを見定め――そして、もし彼女が苦しんでいるのなら救い出してあげたい……それが、オレの望みだ。
「にしても、結構歩くな」
街から離れて、20分。
子供の足とは言え、それなりの距離の上り坂を登ったが、中々頂上が見えてこない。
背後の街並みはすっかり小さくなり、辺りに見えるのは小道と茂った木々ばかり。
幸い、まだ日は高いので迷うことは無さそうだけれど……そんなことを考えている間に、視界が開け――古びた教会が姿を表す。
建物の大きさはせいぜい平家2つ分程度の物で、決して大きな教会ではない。
ただチラリと見える教会の裏手には何やら菜園の様な物があり、販売所の様なスペースも置かれている。
オレの想像していた煌びやかで派手派手しい教会とは真逆の、どこか牧歌的な教会があった。
「そこに居るのは、誰ですか?」
澄んだ鈴音の様に心地よく響く声が、教会の裏手からしたので覗いてみれば……そこには、銀色の美しい髪をポニーテールにまとめ、普通の町娘の様な地味な格好で作物の収穫をしているユフィの姿があった。
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