第20話 決着
『アマゾネスボルケーノとブラックダイヤモンドの一騎打ち! 凄まじい戦い! こちらにまで伝わってくる熱い波動と気迫はこれまで見てきた戦いとはまるで次元が違うぞ! どうなる! これはいったいどうなってしまうんだ⁉』
『アマゾネスボルケーノに使われている魔法の『ベルセルク』は、理性の大半と引き換えに超常的な力を発揮する強力な魔法です。本来ならマスターの支援なしで戦える相手ではない。なのに、これは……』
『これが、これが最強と最弱の戦いなのか⁉ ブラックダイヤモンドは真剣な表情だが、しかし自分の方が上だと言わんばかりに攻め始めた! それに対してアマゾネスボルケーノは苦しい表情! 苦しい! 明らかに押され始めてきたアマゾネスボルケーノ!』
観客席からは怒号と悲鳴と歓声が混ざり合った声が上がる。
『さあ観客たちも落ち着かない様子です! 当然でしょう、アマゾネスボルケーノに賭けた人たちにとっては悪夢! そしてブラックダイヤモンドに賭けた人たちにとっては奇跡! この戦い、もはや誰も予想が出来なかった展開だ! 行くのか⁉ このままブラックダイヤモンドが押し切るのか⁉ 奇跡は、奇跡は本当に起こるのかぁぁぁ⁉』
『……レオンハート』
興奮した様子の実況に対して、解説のオーエンだけが冷静に精霊大戦を、その中でも一人の人物を見る。
その瞳に映るのは、銀色の髪の青年。
かつて『黄昏の魔王』とまで呼ばれたマスターと同じ名前、そして面影を持つ青年をただ一人、じっと見つめていた。
見える、見えるぞ!
やはり空中戦は精霊大戦の花形。その大迫力なぶつかり合いと、そして揺れる精霊装束!
「久しぶりだが……素晴らしい」
精霊は可愛い。精霊は美人。精霊は良い子。
そんな彼女たちが己の魂をかけた戦いは、見る者を魅了する。
もちろん俺もそんな精霊たちの戦いに魅了された者の一人だ。だからこそ、ほんのわずかな出来事すら見逃したくないと思ってしまう。
――つまり、目が離せないのは仕方がないことなのだ。そこに下心など欠片もない、ただ純粋な気持ち。
「ああしかし……そんなに激しく動いたらモニターの先の変態たちに見られてしまう……いや分かっている、モニターには特殊な力が働いているから見えないようになっていることを。だが、だが――」
人間というのは不思議なもので、見えないなら見えないなりに見てしまうのだ。
そう、心の瞳で。
「ブラックダイヤモンドは私のなのに、変態たちに見られていると思うと心が張り裂けそうだ! これは戦いが終わった後、彼女たちを抱きしめて回復しなければ!」
そうして俺は必死に戦い続ける精霊たちの演舞を見る。
理性と引き換えに精霊を超強化する魔法『ベルセルク』。
それによって今のアマゾネスボルケーノは、通常時の何倍ものパワーと能力を手に入れた。
はっきり言って、マスターの支援なしで戦えるレベルをはるかに超越している。
この都市で戦っている精霊たちが束になっても、今の彼女には一蹴されてしまうことだろう。
だがしかし――。
「ダイヤ……お前は本当に」
空中戦を制しているのは圧倒的なパワーを手に入れたアマゾネスボルケーノではなく、ブラックダイヤモンドの方だった。
強靭な腕と巨大な棍棒から繰り出される、破壊の一撃。それは重く、速く、強い。
だがダイヤはそれを正面から防ぎ、押し返す。それが出来るのは、ひとえに彼女の潜在能力の高さ所以だろう。
「そ、そんな……なんでボルケーノが押されてるんだよ! おかしいだろこんなの⁉ こいつはなんの魔法も使ってないんだぞ⁉」
「ふ……そんなこともわからないのか」
「な、なにぃ⁉ いやお前、せめてこっち見て言えよ! なんで空を見上げっぱなしなんだよ!」
喚く男より美しい空を見上げた方がいいに決まっているからだ。
「仕方ない。なにもわかっていない貴様に、少しだけ精霊のことを教えてやろう。精霊とは――」
「だからこっち見ろって!」
「……人の言葉を遮るな」
興が冷めた。もう教えてやらない。
「黙って見ていろ。それでもわからないのであれば、貴様にマスター足り得る資格などない」
「くそ!」
基本的に、魔力を使いきったマスターに出来ることはない。
そして元々魔力のほとんどない俺には、実は最初から出来ることはほとんどない。
「教えろ! どうやってあの屑鉄をあんな、あんな――!」
最初はほぼ互角だった戦いも、時間が経つにつれてダイヤが優勢となる。
もはや遠目で見ても明らかなそれに、ザッコスが焦ったような声を上げるが、もうなにも教えてやらないのだ。
「僕はBランクの魔力であいつを強化してるんだぞ! しかもただの強化じゃない! 難しいと言われている『ベルセルク』を使ってだ!」
「魔力で強化か……ところで、そこに愛はあるのか?」
「……なに言ってるんだお前? 愛って……頭おかしくなったんじゃないのか?」
「ふぅ……」
やはりこの世界はおかしい。なぜ人はあれほど愛らしい生き物を愛せないのだ。
ブラックダイヤモンド、エメラルドティアーズ。可愛い。とても可愛い。
彼女たちだけではない。他の精霊たちも多種多様であれ、みんな美しいものだ。普通なら魅了されて正常な判断が出来なくなるはず。
なのにこの世界は精霊を愛することは『頭のおかしい行為』なのだ。
誰だこんな世界にしたやつ、ぶっ殺すぞ。
「きっと、貴様にはなにを言っても伝わらないのだろうな」
残念だ。本当に残念だ。
こんな世界だからこそ、俺は苦労している。こんな世界、ぶっ壊してやる。
「私は行くぞ。【ラグナロク杯】を制して、バベルを攻略し、そして神に会う」
「なっ――⁉」
「そして、この世界をすべて変えてみせる! 今日は、そのための第一歩だ」
こいつのような、わざわざ強い精霊を使って弱い者いじめをしているような輩とは、志が違うのである。
「さあ、これで終わりだ」
空中で舞うブラックダイヤモンドは誰よりも美しい、黒き宝石のごとく輝く流星。
それがアマゾネスボルケーノを、撃ち落とす。
「やああああああ!」
「ウ、ウワァァァァァァ⁉」
そして地面に巨大な砂煙をまき散らし、最後に立っていたのは――。
「マスターさん、ボク、ボク勝ったよ!」
嬉しそうに泣きながら、こちらを見るダイヤ。
その姿はなによりも美しく、そして尊い姿だ。
「頑張ったな」
「うん! うん!」
俺の方に近寄ってきて、抱き着いてくる。
泣いている顔を見られたくないのか、彼女は頭を俺の胸に抑えてただ泣きじゃくっていた。
その仕草があまりにも可愛く、そして身体は柔らかく、このままでは俺の心がボルケーノしてしまう!
「……う、ぅぅぅ」
「ふ、ダイヤは甘えん坊だな」
俺の腕の中で違うと言うように首を横に振る。しかし抱きしめる力は緩めることなく、ずっと泣いていた。
彼女はこれまでの人生、とても辛く苦しいものだった。生まれたときから両親に捨てられて、本来家族と呼べる人間は扱き下ろされ、育ててくれた場所は奪われそうになる。
それでもここまで来れたのは、彼女が誰よりも強かったからだ。報われるべき精霊だったからだ。
だから俺たちは出会えた。彼女が強く、笑顔で『家族』を守り続けたから。
「よく頑張った。もう誰もお前たちを馬鹿にするやつはいないぞ」
「マスターさん! マスターさぁん!」
そしてそんな俺たちとは対照的に、ザッコスがゆらゆらと、呆然とした表情でアマゾネスボルケーノの方に歩いていた。
「おい……嘘だろボルケーノ……なんでお前、負けてるんだよ!」
「は、ははは……悪いね坊主。もう身体が動かないよ」
「くそ、くそぉ!」
「まあいいんじゃないかい? アタイたちは、ちょっとやり過ぎたんだよ」
「く、そぉ……」
てっきりこちらかアマゾネスボルケーノを罵倒でもすると思ったが、そんな気力もないのかザッコスはその場に座り込んで項垂れる。
もしかしたら、俺たちの予想外にあの二人はお互いを信頼し合っていたのかもしれない。
「もうアマゾネスボルケーノは動けない。俺たちの勝利――っ」
その瞬間、俺は思わずはるか遠くの火山を見る。
「あれは、まさか……」
そこには俺たちを見下す様に、巨大な緋色のドラゴンが睨んでいた。
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