第9話 ランク

 扉を開いたら、可愛い精霊じゃなくて禿げた筋肉がいた。

 まるで名作小説の冒頭のような一文が頭に浮かんだ俺はちょっと疲れているのかもしれない。


「それで、なんの用だガルハン?」

「あ、ああ……いやアンタ、俺を置いてっただろ? わざわざちょっと離れたところで待機してたんだぜ?」

「……」


 存在を忘れていた、とは言えない。しかし仕方がないのだ。だってあの時はブラックダイヤモンドのことしか頭になかったし。


 そもそも脳が精霊以外のことに対してリソースを割きたくない。多分これは俺の中の本能がそうさせているのだ。


 だから……仕方がないのだ。


  ガルハンは近くにある椅子にドカっと座ると、俺を恨めしそうに睨みながら、大きくため息を吐く。

  この巨漢でイカツイ顔がそこにあると、妙な威圧感があってせっかくの大部屋も狭く感じてしまうな。


「それで、アンタはこれからどうするつもりなのか聞いておこうと思ってよ」

「どうするとは?」

「逃げずに叩き潰すって言ってただろ? だけど現実的に考えて、あの子と契約したところでそれは難しいと思うぜ」

「ほう、何故だ?」


 俺が見たところ、たしかにアマゾネスボルケーノは精霊としての能力は悪くない。

 見た目からも分かりやすいが、炎属性らしく過激な性格をしていてその力を十分に発揮できるのだろう。

 

 おおよそだが、精霊には属性ごとにそれぞれ相性のいい性格のようなものがある。

 炎属性では熱烈にして過激な性格な精霊が多く、アマゾネスボルケーノはまさに炎属性の典型と言ってもいい。


 その分実力も発揮しやすくなり、彼女の追い風となっている。

 少なくともこの街で何度も精霊大戦を見てきた限り、彼女が都市最強の精霊なの間違いなかった。

 

「勿体ないことをする……」

「あん? 勿体ない?」

「ああ。普通、精霊というのはより強く、高みに上るために人間と契約するものだ。だというのに、彼女はまるで檻に繋がれた番犬だな」


 精霊たちは戦えば戦うほど強くなる。それも、自分よりも格上の存在と戦えば、よりその魂は昇華されていくことだろう。

 本来、この地方都市ルクセンブルグで最強になったら、より強者が存在する中央に近づいていくべきなのだ。


 だというのに、彼女はこのような場所に未だ閉じ込められている。

 これが精霊にとってどれほどの損失なのか、理解していないわけではないだろう。それでもこうしているというのは――。


「領主の息子がマスターなら、この都市を盛り上げるためにも強い精霊は必要か」

「ああ、それにあのザッコスはクソ野郎だが、精霊使いとしての才能は本物だぞ」

「ザッコス?」

「……領主の息子だよ」

「なるほど」


 正直興味が無さ過ぎて全然覚えていなかった。

 そうか、あいつザッコスというのか……また忘れそうだな。


「あいつのああ見えてBランクの精霊使いだ」

「ほう……それは意外だった」


 ここ数年の決まりとして、精霊使いとなるために登録をする際、その才能を測られるようになった。

 

 まあ才能と一括りにしているが、実際はその体内の魔力量のことなのだが、とにかくそれが多ければ多いほど、将来有望の精霊使いとして注目を浴びることになるのだ。


 最高クラスの魔力を持っていればSランク。そして精霊使いになれるギリギリの魔力量がEランク。

 

 Bランクの精霊使いといえば、場所によっては天才などと持て囃されるほどで、少なくとも地方では敵などいないレべルと言ってもいい。


 普通なら大都市や中央都市、力量によっては王都で大会に出ていてもおかしくない才能。

 そこにアマゾネスボルケーノの力と合わされば、たしかにこのような地方都市では無敵に違いない。


「まあ、とはいえ問題ない」

「問題ないって……そういやアンタのランクってどうなってんだ? Bランク以上だってんなら俺だって知ってるレベルの化物ばかりだと思うんだが……」 

「ふん……」


 どいつもこいつもランクランクと煩いやつらだ。

 たしかに精霊たちの力を発揮するためには多くの魔力が必要となる。そしてその指標となるのが魔力ランクだから理解はしよう。


 だがしかし! 元より精霊たちの本当の力を発揮できるかどうかは、魔力だけでなくお互いの信頼性も重要だ!

 そこを疎かにしていては、彼女たちも真の力を発揮など出来るはずがない。


「貴様も精霊使いはランクが全てだと思ってるのか?」

「あ? もちろん精霊自体の潜在能力や絆の深さとかも重要だって話だが……それでも精霊の力を発揮できるようにするにはマスターの魔力が必要だろ? だったら全部とは言わねぇけど重要じゃ……」

「……Eだ」

「あ?」


 呆けた様子のガルハンに対し、現実を教えてやろう。


「俺の魔力は――『Eランク』だと言っている」


 Eランクと言えば、精霊使いになれるかどうかの落ちこぼれ。

 だからかガルハンは唖然とした表情をしていた。


「ふん、どいつもこいつも同じような顔をする」

「いや、お前……それであんな偉そうな態度で喧嘩売ったのか⁉」

「悪いか?」


 まあ、こいつの言いたいことはわかる。精霊の力を十全に発揮させるには、マスターの魔力が必要だからな。


 ただ俺からいえることはただ一つ、魔力値だけで精霊使いのとしての能力は決まらない、ということだ。 


「いいかガルハン。そもそも数年前までは魔力を測るなんてことはしてこなかった」

「あ、ああ……」

「つまり、中央の方で戦っている者の中には、魔力の低い者だって混ざっていた可能性があるということだ」


 とは言ったものの、精霊は魔力の大きさに敏感だ。強い魔力には本能レベルで惹かれるようになっている。

 顔がいい男がモテるとか、アソコがデカい方が男として強いとか、そんな感じ。


 当然、ランクの高い方が精霊たちは強くなりやすいし、元々強い精霊たちはより魔力ランクの高いマスターを選びたいと思うのは自然なことだろう。

 つまり、魔力ランクが高ければ高いほど、マスター側の選択肢も広がるということ。


 それを顧みれば、残念ながら魔力が大きい方がいいに決まっている。だが――。


「マスターの価値は魔力ランクだけでは決まらない」

「そ、そりゃあそうだろうけどよ。実際に今中央とかで戦ってるのは魔力ランクの高いやつばっかりじゃねえかっ」

「そうだな」


 だがしかし、男の価値はそれだけでは決まらない! そう、女性が惹かれる要素は顔だけじゃないのだから!


 優しい男が好きとか、私が面倒を見ないとこの人は駄目だって思わせるダメ男が好きとか、ぽっちゃり大好きとか、女性にだって趣味嗜好はある。

 それと同じで、精霊たちだってそれぞれ相性がいいマスターがいるのだ。


 だいたい、魔力差別が酷すぎるぞ中央! だから本当は実力があるのに、大会に召集されないパターンも出てきているというじゃないか。


 メディア的な部分でもマスターの素質が高ければ高いほど観客ウケはするので、仕方がないのはわかっているが納得できん!


「EランクがBランクに勝ったなんて聞いたこともねえし、なにより精霊があの子だろ⁉ どうするつもりだよ!」

「何度も言わせるなガルハン。問題はないと言っているだろう」

「問題ないって――」

「ブラックダイヤモンドは素晴らしい精霊だ。あの子がパートナーで勝てないというなら、それはマスター側に全責任がある」

「な、なにを……?」

「そして、俺は誰にも負けん」

 

 何故なら俺の精霊に対する愛は世界一だから!

 魔力ランクがなんぼのもんだというのだ! そんなもの、俺の精霊愛の前には塵みたいなものよ!


 エメラルド! ブラックダイヤモンド! 俺はお前たちを愛してるぞぉぉぉぉぉ!

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