第10話 想いの伝え方

 右を見る。若草色の髪の毛を腰まで伸ばした美しい少女がいる。

 左を見る。黒いセミロングの髪の毛に、ゴムで少しだけ両括りにしている少女がいる。


 どちらも百人いれば百人が凝視し、二度見をし、そしてすれ違ったあとにもう一度振り返るくらいの超ハイレベルな美少女たちだ。

 

 それが今、地方都市ルクセンブルグを歩いている俺の両隣にいて、一緒に歩いている。


 これがどういうことか、おわかりだろうか?


 つまり、俺は今まさに両手に花のダブルデート中なのである!


「マスター、私も付いてきていて良かったのですか?」

「ああ、どうやらブラックダイヤモンドも初めてのことで緊張しているようだからな。先輩精霊として、色々と教えてやって欲しい」

「あ、あの私……その、こういうの初めてなので……」


 ブラックダイヤモンドの声は震えていて緊張しているのがよくわかる。


 ふふふ、こういうのも初々しくていい。可愛い。超可愛い。


「大丈夫ですよ。マスターはとても優しくしてくださいますから」

「あ、エメラルドさん……」

「貴方はただ、マスターを受け入れればそれでいいのです。それがマスターの望みなのですから」


 ブラックダイヤモンドの緊張を和らげるように、エメラルドが優しく言葉を紡ぐ。

 どうやら精霊同士、仲良くやれそうで良かった。


 いやまあ、わかっていたことだが、もし新しい精霊と契約することを決めて、エメラルドが内心穏やかじゃなかったらどうしようかと思ったが、大丈夫そうでホッとする。


「ふ、優しいかは別として……まあ、緊張しなくてもいい。私とて経験豊富というわけではないが、お前のことを想う気持ちに嘘などないのだからな」

「マスターさん……」


 精霊大戦において、精霊が本来の力を発揮するためには二つの条件があると言われている。


 一つは契約したマスターの魔力。

 そしてもう一つはマスターとの信頼関係。


 つまり契約した相手の魔力がより多く、そしてより深く繋がりがある者同士ほど、精霊たちは本来の力を発揮できるということになる。


 残念ながら俺は才能という意味では大したことがなかったが、その代わりエメラルドとの信頼関係だけは深いと自負している。


 彼女本来の力が凄まじいのはもちろんだが、そのおかげで足を引っ張ることなく、最高の舞台である【ラグナロク杯】まで行けたと言っても過言ではない。


 もっとも、エメラルドにばかり負担を押し付けてしまったことは俺の中で後悔しかない。だからこそ、彼女以外の精霊を探す旅に出た。


 そして今、ようやく見つけたのがこのブラックダイヤモンドという原石だ。彼女はたしかにまだまだ未熟で粗削りな部分があるが、しかし俺は確信している。


 彼女こそ、エメラルドや他の王都で活躍しているトップ精霊たちにも負けない潜在能力を秘めていることを。


「で、でも本当にいいんですか? 仮契約じゃなくて、いきなり本契約だなんて……」

「当たり前だ。少なくともこの街にいる精霊において、私の目にはもうお前以外映っていない」

「ぁ……ぁぅ」


 俺の言葉にブラックダイヤモンドは顔を紅くして俯いてしまう。どうやら照れているらしい。超可愛い。

 

 やはり精霊たちとの信頼を得るためには、本心で語り合うことが重要だ。

 如何に俺が精霊たちを愛し、そして彼女たちを見ているか伝えること。それが精霊使いとして強くなる秘訣と言ってもいい。


「ま、マスターさんはいつも直球で、その……ちょっと恥ずかしいです……」

「ブラックダイヤモンド、一つだけ言っておこう」

「え?」

「理解してくれるだろう、こっちの心を汲み取ってくれるだろう。そんなものは幻想だ。人も精霊も、言葉にしないと想いは伝わらない」

「……」


 この人ならこうしてくれるだろう、この人なら大丈夫。そんな無心な信頼は、いつか相手を傷つける。

 それは相手に自分の思いを『押し付けている』のだから。


 そのような一方的なものは『信頼』などでは決してない。


「だから私は。自分の思いをすべて伝えるようにしている」


 エッチなこと以外な! だってさすがにこれは引かれるから!


「そして私の契約精霊になる以上、お前も遠慮などいらん。私にして欲しいことはすべて言え。お前の想いに、私は応えてみせよう」

「マスターさん……」


 ブラックダイヤモンドの俺を見る瞳が、少し変わった気がする。

 今まで本当に信頼していいのか不安だったものから、少し潤んだものに。


 え? なんでちょっと泣きそうなの? も、もしかして俺の言葉に「何この人格好つけすぎ、付いて来るんじゃなかった」みたいに思ってるんじゃ……。


 そんな風に思っていると、ブラックダイヤモンドは瞳に涙を残しつつ、満面の笑みを浮かべて――。


「私、マスターさんと出会えてよかったです!」

「ああ……私もだ」


 良かったぁぁぁぁぁ! ドン引きされてるかと思ったぁぁぁぁ!


 内心全力で小躍りしながら、俺はそっと彼女の涙をぬぐうように指を添わせる。

 あああ、めちゃくちゃスベスベしてるー……可愛いー。


「良かったですねダイヤモンド」

「エメラルドさん……はい!」


 そして俺の精霊たちの仲も良好のようで何よりである。

 エメラルドは昔から面倒見がとてもいいし、ブラックダイヤモンドのことを妹のように思っているのかもしれない。

 

 なにはともあれ、あらゆる懸念事項はこれで解決した。あとはギルドに登録して、正規の契約を行えば彼女は俺の契約精霊となる。


 そして信頼関係を紡いでいき、ゆくゆくはお互いのすべてを曝け出しながら……。


「マスター、嬉しそうですね」

「そうだな」


 これ以上の妄想は顔に出てしまうのでストップだ。

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