第11話 契約

 精霊たちが己の最強を競い合う競技――精霊大戦。


 どの国でも盛んに行われているこれらは、大陸にある国々ではなく、精霊教会という宗教組織が管理をしている競技だ。


 地方都市レベルであればそれぞれの領主が娯楽として提供するが、王都で開かれているような規模の大きなものに関しては、全て精霊教会が取り仕切っているのである。


 そして、それらクラスの大会に出るためには、各国に支部が存在する精霊ギルドに所属し、精霊使いとしてのランクを上げていく必要があった。


「着いたな」


 頑丈そうな赤いレンガ造りの巨大な建物。多くの子どもの憧れである精霊使いが集まるギルドである。


 どこもだいたい同じ作りをしているのだが、一階は受付と飲食ができるスペース。


 二階以降は勉強出来るように資料が揃っていて、他にもフリーのマスターや精霊たちがお試しで仮契約するための待機場などもある。


「この雰囲気も久しぶりですね」

「そうだな……」


 この街に来てから場所だけは把握していたが、まだ一度も訪れていなかった。

 というのも、いくら五年も前の話とはいえ、俺たちを知っている者がいるかもしれないと思ったからだ。


「おいあれ……」

「またあの子が新しいマスターと来たぞ……可哀そうに」


 俺たちが精霊ギルドに入った瞬間、周囲から同情のような視線が飛び交う。どうやらブラックダイヤモンドの事情は周知のものらしい。


「ぁ……その……」


 そのせいか委縮してしてしまった彼女だが、俺はそんな視線など気にすることなくズカズカと受付まで進む。


 旅の精霊使いが新しい街に着いたら、まずはここで登録するのが一般的だ。


 また、これから精霊使いになろうとする者も、ギルドで登録をする。


 そうして各街々で精霊大戦に参加していき、己のランクを上げていきながら大きな大会出場を目指していく。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですか?」

「新規マスターとしての登録。それから、精霊との契約だ」

「かしこまりました。それではこちらの用紙に記入をお願いします」


 大陸で最も熱狂される娯楽である精霊大戦。

 大きな大会で活躍すれば大貴族のような生活も出来るくらいの報酬を得られるし、そうでなくてもスポンサーなどが付けばかなり豊かな生活が送れる。


 そして、マスターになるための資格などは必要ない。

 田舎の村人などが一獲千金を夢見て、登録に来るなど日常茶飯事で受付嬢の対応も慣れたものだ。


「書けたぞ」

「はい、ありがとうございます……レオンハート様、こちらは本名ですか?」

「ああ。別に珍しい名でもないだろう?」

「……そうですね。ただ数年前にトップランカーだった方に同じ名前がいますので、色々と揶揄されるかもしれません。あまりお気になさらないことをオススメします」

「善処する」


 まあそもそも、そんなの気にするくらいなら戻ってきてないという話だからな。


 とりあえず受付嬢は淡々としたようで、意外と面倒見もいいのかもしれない。

 

 ギルド受付の採用条件は顔、などと揶揄されるくらい美人を揃えられているせいか、彼女たちは日々男の精霊使いたち様々な軟派行為を受けていて、結構対応が厳しい者が多い。

 それなのにわざわざそんなアドバイスをしてくれるのだから、良い人なのだろう。


「ところでレオンハート様、彼女がどういった立場にある精霊かは理解しておりますか?」

「領主とのいざこざの件なら聞いている」

「……そうですか。まあ今まで仮契約までしかしてこなかった彼女がいきなり本契約を選んだくらいですから、そうだとは思いましたが」


 意外と冷静な対応。これはギルドとして、特に干渉する気はないという意志表示だろう。


「私としては、ギルドが対応すべき問題だと思うがな」

「耳が痛い話ですね。ですが、ギルドが特定のマスターや精霊に肩入れをするわけにはいかないのです」

「ふん……組織が大きくなると大変だな」

「理解いただき恐縮です」


 まあいい。別に最初からギルドに協力を求めようなどとは思っていない。

 

 俺の夢は美人で可愛い精霊を集めたハーレムを作ること。

 そしてそれは、己自身の力で勝ち取らねばならないのだから。


「さて、ブラックダイヤモンド」

「は、はい!」

「今から本契約に入る。心の準備はいいな?」


 俺の言葉に緊張した面持ちであるが、それでも彼女は迷いなく頷いてくれた。


 その信頼に応えたい。たとえ俺自身の才能がわずかばかりなものであったとしても、彼女を強くしてあげたい。


 ブラックダイヤモンドはこれまでずっと辛く苦しい日々を耐え続けてきたのだ。だったらこれからは、彼女の望む生き方をさせてあげたい。


 それが、精霊使いである俺の役目なのだから。


「ここが契約の間です」


 受付嬢に案内された部屋は殺風景で、地面に人二人が入れそうな魔法陣が描かれているだけ。


「……少しだけ、懐かしい気分だ」

「あ、そういえばマスターさんはエメラルドさんとも契約してるんですよね」

「ああ。もっとも、しばらくは戦わせる気はないがな」


 一般的に、精霊使いは一人につき契約精霊は一体というのが多い。

 理由としては、マスターが精霊に分け与えられる魔力の限度が限られているからだ。


 この魔力こそ精霊使いとしての才能そのもの。

 魔力を与える際、例えば二体の精霊と契約したら与えられる魔力は半分ずつ。そして三体と契約したら三分の一ずつだ。


 その分配方法はマスター側に一任されているが、精霊とは他の精霊よりも強くなることを本能レベルで刻まれている。


 当然、自分ではない精霊に多く魔力を与えられれば、他の精霊だって面白くはない。


 そうなると信頼関係が失われていき、結果的に精霊は弱くなってしまうという寸法だ。


 それゆえに精霊使いはよほどの大物でない限り、一人一体で二人三脚で戦うのが一番理想的と言われていた。


「入るぞ、ブラックダイヤモンド」

「は、はい……その……」


 ブラックダイヤモンドは少し申し訳なさそうにエメラルドを見る。おそらく、これまで独占していた俺を取るような形になるのが気になるのだろう。


 ふふふ、なんというかモテ男のようではないか。

 まあ、実際は全然違うわけだが……あ、言ってて自分で悲しくなってきた。


「私のことは気にしないで。マスターの望みが私の望みなのですから」

「でも……」

「貴方が強くなってマスターのために戦うこと。それをしている限り、貴方は私にとって妹のようなものよ」

「……はい!」


 決意の炎が灯った瞳。そしてそれを見て微笑むエメラルド。

 

 完璧だ。お互い嫉妬をしながらも奪い合う展開だって考えられた中で、エメラルドの神対応。彼女は本当に俺には勿体ない精霊だ。

 だからって誰かに渡すことは絶対にしないがな!


「エメラルド。たとえどれだけ精霊が増えようと、お前が私にとって一番最初の精霊であることは変わらない」

「はい。それだけは、絶対に誰にも譲りません」


 そうして俺が部屋に入ると、ブラックダイヤモンドが慌てた様子で付いてくる。

 扉を閉めると、簡素な部屋なだけあってどこか寂しさを覚える風景だ。


「さて、これから本契約を済ませるわけだが……最後にもう一度だけ確認しておこう。ブラックダイヤモンド、見ての通り私は複数の精霊と契約をするつもりだ。そしてそれは、お前だけではない。最低でもあと二人は増やそうと思っている」


 普通ならその宣言は精霊に対する裏切り行為。それを堂々と言い放つのは、あとで話が違うと思われないためだ。

 少なくともエメラルドは理解してくれている。


「……マスターさんは、どうして複数の精霊と契約したいんですか?」


 そりゃあもちろんハーレムを作りたいからだ! とはさすがに言えないが、それ以外の理由もある。


「私は昔、エメラルドに頼りきりだった」

「え? マスターさんが?」

「ああ、彼女は本当に凄い精霊だ。だから私も勝てた。しかし……」


 最強と呼ばれたからだろうか? 無敗と持て囃されたからだろうか?


 結果として俺は驕り、度重なる戦闘で溜まりに溜まった彼女の疲労に気付けず、彼女の才能を壊してしまった。


「だが、私の夢のために立ち止まることは出来ない。そしてエメラルドもまた、夢のためには止まらない。だから私たちは決めたのだよ。二人で夢を叶えられないのなら、同じ夢に向かって突き進む仲間を増やせばいいと」

「……マスターさんの夢」

「もちろん、世界最高峰の大会である【ラグナロク杯】を制して、神がいるとする天空の塔に挑戦することだ」


 そして、そこで神に頼むのだ。人が精霊を愛することが自然な世界に!


「私は、世界を塗り替える」

「マスターさん……ボクも、お手伝いする! マスターさんのために頑張るよ!」

「そうか……では、敬語など使わず自然体なお前を見せてくれ」

「う、うん……わかったよ。ちょっと恥ずかしいけど……ボクの全部をマスターさんにあげるね」


 そう顔を赤らめながら、ブラックダイヤモンドは両手を広げて俺を受け入れるように立つ。

 俺もまた、そんな彼女のすべてを受け入れるように、正面から抱き締める。


「暖かい……マスターさん、これからはダイヤって呼んで?」

「ああ、ダイヤ」

「えへへ……」


 普段の俺なら、この可愛すぎる彼女に対して興奮しまくっていたことだろう。


 だがこの瞬間だけは違う。これは、俺と彼女の神聖な儀式なのだから。

 だから俺も、真剣にブラックダイヤモンド……いや、ダイヤと向き合う


 そうして、地面に描かれた魔法陣が光り輝いた。その瞬間、俺とダイヤはたしかに一つに繋がったのである。

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