第12話 信頼

 それからしばらく、俺とダイヤは二人っきりの部屋の中でお互いのことを話し合った。


「そうなんだ、だからマスターさんはまたギルドに契約し直して……」

「ああ。つまり、今の私は新米マスターというわけだ」

「ボクも初めて本契約する新米精霊だから、お揃いだね」


 契約をするなら隠し事はなしだ――ただしエッチな考えは除く。


 俺がどうして精霊使いになったのか、その表向きの理由。エメラルドとの出会い。そして、これまでどのように生きてきたか。


 エメラルドという契約精霊がいるにも関わらず、ゼロから再スタートしようとしている理由。そして過去になにがあったのか。


 ブラックダイヤモンドという精霊がどのように生活をしてきて、どんな苦労を重ねてきたのか。


 一つ語るたびに、彼女との繋がりがより一層強くなるのが分かった。一つ聞くたびに、彼女のことを愛おしいと思うようになる。


 だがまだ語り足りない。俺のことを知って欲しい。君のことを知りたい。そんな想いばかりが募り、心の奥から溢れだして止まらないのだ。


 叶うことなら、ダイヤも同じ思いでいて欲しい。もちろん、これだけ繋がりが強くなったのだ。きっと大丈夫だという安心感と、ほんのわずかな不安が混ざり合う不思議な感覚。


 きっとこれが、恋であり愛なのだろう。


 お互いがその全てを語り切るころには、窓の外の太陽は紅く染まっていた。


「そろそろ出なければ」

「あ……もうそんな時間だったんだ?」

「ああ、外にはエメラルドも待たせているからな」


 この数時間の話し合い。それは凄まじい充足感を俺に与えてくれた。身体が軽く、今ならなんでも出来る気がした。

 それくらい、このブラックダイヤモンドという精霊は俺と相性がいい。


 最初に思った通り、彼女とならきっと遥かなる高みまで目指せることだろう。


「ここを出たらマスターを独占出来なくなっちゃうから、ちょっと名残惜しいな」

「――っ」


 ズギュン! と凄まじい音が俺の心の中から聞こえた。はにかむように微笑む彼女に俺の心臓が打ち抜かれた音だ。


 なんという破壊力! まるで魅惑の小悪魔、いや黒き天使! なんなんだこの子は! ヤバイ、ヤバイぞ俺止まれ!

 いくらなんでもここでは不味い! この場でダイヤを白く染め上げてしまえば、俺は世界中のギルドでやらかし男として広まってしまう!


「マスターさん?」

「……いや、大丈夫だ。ただ、これからお前と一緒に戦えることが楽しみで仕方がない」

「も、もう! またそういうこと言う! あのね、そんな真剣な顔で言われたらボクだって恥ずかしいんだよ!」


 あのね、そんな真っ赤にした可愛い顔で言われたら俺も滾っちゃうんだよ! と言い返したい。いやこんなことを言い返したらキモいが。


「さて、そろそろ出よう」

「あ、うん……」

「そう寂しそうな顔をするな。たとえここを出たとしても、私がお前を想う気持ちが変わることはない」

「……うん!」


 その嬉しそうな顔を見て、俺は心の底から思う。

 ああ、この子と出会わせてくれた神様、本当にありがとうございます!




 それからエメラルドと合流した俺たちは、改めてギルドの受付に向かう。

 するとこちらをジトーとした目で見てくる受付嬢。はて、なにかしただろうか?


「契約一つにいったいどれだけかけているんですか?」

「なんだ? なにか問題でもあったのか?」

「いえ、ありません。ですがあまりにも時間が長いと、色々と勘繰られてしまいますから気を付けてください」


 それは俺が『精霊趣味』だとでも言いたいのだろうか。

 本当にこの大陸の風習はクソだな。絶対に神様に頼んで常識を塗り替えてやる。


「さて、それでは改めて……契約おめでとうございます」

「ああ。登録の方はどうだ?」

「いちおう審査は終わっておりますが……」


 審査というのは俺の魔力値を測るものだ。とはいえ、過去にも別の場所で測ったことがあるのでEランクなのはわかっているが、いちおうギルドに登録するのに必要だからと血を一滴、専用の道具に垂らしていた。


「昔は登録するのに、魔力など測らなかったんだがな」

「そうですね。こうして魔力を測るようになったのも二年前からですから。とはいえ、おかげで優秀なマスターを発掘するうえでとても便利になりました」

「優秀なマスター、か」


 本当にそうだろうか? 魔力値が視覚化できるというのは確かに一つの基準として便利だ。

 だがしかし、それに頼り切っては本当に繋がりの深い精霊と出会える機会は減る可能性は?


 精霊とはどんどんと強くなるものだ。たとえ始めは弱くても、マスターと苦楽を共にして成長し、お互いの信頼が高まったとき更なる飛躍をする。


 しかし今のやり方では魔力値の高いマスターに最初から強い精霊たちが分け与えられ、弱い精霊たちは弾かれる。


「なにか言いたげですねレオンハートさん?」

「いや、魔力が高ければ優秀なマスターという理屈はあまり好きではないだけだ」

「そうですか……まあ、貴方からすればそうかもしれませんね」


 そう言って彼女はそっと一枚のカードを渡してくる。


 そこには俺の名前と、魔力値、それに契約精霊であるエメラルドティアーズ、ブラックダイヤモンドの名前が刻まれていた。


「ギルドは中立です。貴方がなぜ今になって再び表舞台に出てきたのかは問い詰めませんが、下手なことをしないようにお願います」

「……ああ」

「もっとも上は貴方たちを、かつての天才たちの名を語る田舎者だと思っています。しかし……」


 どうやら俺の名前、それにエメラルドの名前からこの受付嬢は俺たちが本物だと確信していたのだろう。

 まあいい、別にこれ以上隠す気などないのだから。


「正直驚いています。あのレオン様が目の前にいることも、そしてこの魔力値も」

「当時は魔力ランクなどという制度はなかったからな」


 彼女がそっと視線を落とすギルドカードには、やはり間違いなくEランクと書かれていた。どうやらなにかしらの奇跡が起きて、Sランクになるということはなかったらしい。


 まあいい。別に生まれてこのかた、この魔力で困ったことなどないのだから。


「それにしても、精霊の力を発揮するのにもっとも重要なのは、魔力と、そして精霊との信頼性。しかしここ最近は、それがわかっていない者が多いらしい」

「そんなことは――」

「おいおいおい! Eランクだって⁉ なんでそんな雑魚がこんなところにいるんだよ!」


 受付嬢が困惑した様子を見せている時、背後から大きな声がかかる。 

 振り返ると、そこにはいかにもチンピラだと言わんばかりの三人組がこちらを見てバカにしたように笑っていた。


 ほれ見たことか。ちょっとこっちの魔力が低いだけですぐ調子に乗るやつとか出てきたし、迷惑極まりない。

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