第13話 撃退

 声をかけてきたチンピラの後ろには、同じくこちらを馬鹿にした感じの三体の精霊娘。

 基本的に俺はどんあ精霊のことも美しいと思っているのだが、どうにも彼女たちに対してはそのような想いを抱けない。


 おかしい。まさかこの俺が精霊を見ても興奮出来ないなんて……。


「おいお前ら! Eランクなんて見たことあるか⁉」

「いやいや、そんなランクだったら恥ずかしくて精霊使いになんてならないでしょ!」

「そうそう。私たち精霊だって、そんな男ごめんよねー!」

「ねー、なんでそんな男が精霊使いになろうなんて考えちゃうのかしらー?」


 それぞれがニヤニヤ、ケラケラと、周囲に聞こえるように大声で話している。どうやら俺のことを辱めるのが目的らしい。

 となると、恐らくこいつらはザッコスの手の者だろう。


 以前から精霊大戦を見ていても、どうにも不自然な動きをするマスターと精霊たちがいくらかいたのは気付いていた。

 さすがに精霊の特性上わざと負けるようなことはしていないと思うが、残念ながら目の前の彼女たちを見ていると少し自信が無くなってくる。


 まあ正直、どうでもいい。このような輩は昔から何度も遭遇してきたし、なにより俺がEランクの魔力しかないのは事実であるのだから。


「ま、マスターさん」

「ああダイヤ。気にするな。ああいう手合いに構うと、調子に乗るから――」

「そんな魔力しかないから、そこの雑魚精霊と契約してんだろうなー!」

「その子ってこの街名物の最弱精霊⁉ あーあー、魔力の少ない精霊使いはこんな子しか契約出来ないなんて、かわいそー」


 よし殺す。


 俺のことはなにを言われてもどうでもいいが、俺の愛しい精霊であるダイヤを馬鹿にされた以上黙ってなどいられるか。

 精霊たちには危害を加えるつもりはないが、この男たちは二度と使い物にならないくらいの恐怖を魂に刻み込んでやる。


 そう思って奴らに鉄拳制裁を加えるべく一歩前に踏み出そうとした瞬間――凄まじい殺気が辺り一帯を包み込んだ。


「訂正しなさい」

「――ひっ!」

「あ、あ、あ……」


 その殺気の発生源は、俺の隣にいるエメラルド。

 彼女はチンピラたちを凄まじい形相で睨みながら一歩、二歩と前に進む。


「マスターを侮辱したことを訂正しなさい。そしてブラックダイヤモンドを馬鹿にしたこともです。この二人は、決して貴方たちのようなくだらない人間が下に見ていい存在ではない」

「い、いや……あの、その」

「や、だ……来ないで! なんでこんな化物が地方都市に!」


 精霊大戦中ではないため、精霊としての力は大きく落ちている。

 それでもエメラルドティアーズという最強格の精霊は、その漏れ出た魔力の一端だけで、この場にいるすべてを支配するだけの力を秘めていた。


 俺たちが昔戦っていたとき、誰かが言った。彼女は一つの天災だと。


 その圧倒的な魔力と、精霊という枠組みを超越した力を前に多くの精霊使いと精霊たちが恐れを抱いた存在。


 だが、俺は知っている。本来の彼女はとてもお淑やかで、気配りができ、そして優しい子だということを。

 だから、こんな風に怒りをまき散らすようなことは、して欲しくなかった。


「エメラルドさん……」

「大丈夫だ」

「マスターさん?」


 このままでは彼女は怒りに我を忘れて、チンピラたちを殺してしまいかねない。

 精霊はマスターの命令がなければ人に危害を加えることは出来ないが、それをなんとかしてしまいそうな雰囲気が今のエメラルドにあった。


 そんなことを、彼女にさせるわけにはいかない。

 そう思って俺は前に出て行こうとする彼女の腕を掴む。


「エメラルド、そこまでだ」

「あ、マスター……でも」

「私のことが馬鹿にされるのはどうでもいい。ただ、お前にそんな顔はして欲しくない」

「ぁ……」

 

 そうして俺は一歩彼女の前に出ると、そのまま尻餅をついて怯えているチンピラたちを見下ろす。


「お前たち……この場は見逃してやる。さっさと失せろ」

「ヒッ⁉ はい! お、おい行くぞお前ら!」

「待って! 置いていかないで!」

「あ、あたしも!」


 そうしてチンピラとその契約精霊であろう少女たちは、慌てた様にギルドから出ていく。

 それを見送ったあと、俺は周囲を見渡した。


「お前たちも、さっきのやつらと同じようなことを思っているのか?」

 

 この、誰かを守れる強さを持ったブラックダイヤモンドが弱い精霊だと、本気で思っているのか?


 その意思を込めて周囲を見渡すと、ギルドにいた精霊使いと契約精霊たちは、気まずそうに視線を逸らす。


 この街にいる以上、ダイヤの事情は知っているはずだ。そのうえで、彼女を馬鹿にするのであれば、俺も容赦はしない。


「ふん。魔力の量? 精霊の強さ? そんなものはな、俺たち精霊使いには関係ない。もっとも大事なのは精霊とどれだけ心を交わせるかだ」


 昔、俺とエメラルドが戦ってきたとき、多くの精霊使いたちは同じような思いでいたはずだ。

 だというのに、ここ最近は魔力の大きさばかりが目に入っているようで、精霊使いたちの質は落ちる一方。


 きっと魔力ランクという、目に見えるものが出来てしまったが故の弊害だろう。


「まあいい。口でどれだけ言っても仕方あるまい」


 全て結果で語ればいい。

 幸いなことに、あのザッコスとかいう領主の息子には精霊大戦に誘われているのだから。


「行くぞエメラルド、ダイヤ。三日後、誰の言葉が正しいのかを証明してやろう」

「はい、マスター」

「う、うん。ボク、頑張るよ!」


 そうして三人でギルドを出る。おそらく今日の出来事は領主たちにも伝わっていることだろう。

 だがそれでいい。きっとやつらは俺の魔力がEランクだと知って、侮ってくるはずだ。


 そう言った輩を徹底的に叩きのめし、そして証明して見せるのだ。精霊との愛こそが最強なのだということを!


「ふっ、三日後が楽しみだ」

「マスター、素敵でした」

「うん、凄く格好良かったよ」

「……そうか」


 柄にもなく真面目に怒ってしまったから、そう言われると少し気恥ずかしい。

 とはいえ、たとえお世辞であっても彼女たちのような可愛い精霊たちからそう言ってもらえると嬉しいもんだ。


「あれ、マスターさんちょっと顔紅くない?」

「もしかして照れてらっしゃるのですか?」

「……お前たち、からかうな」

「あ、やっぱり照れてる!」

「ふふふ、珍しいですね」


 ちょっと嬉しそうというか、いたずら気に笑う彼女たちに俺は顔を背けてしまう。

 こんな風に弱みを見せてしまえば、いずれ彼女たちも離れて行ってしまうからな。


 彼女たち精霊の前では、常に格好いい自分であらねばならない。そう、エメラルドと出会ったときから決めたことなのだから。


「私のことはいい。それよりもダイヤ、約束を果たすぞ」

「え?」

「なんだ忘れたのか? 言っただろう」


 ――私がお前を救ってみせる。と


「あ……」

「すべては三日後。そこでお前の無限に広がる未来は、さらに広がるからな。これから先、自分がどうしたいか色々と考えておくがいい」

「……うん!」


 この笑顔のためなら、俺は神様だって倒せると思う。

 それくらい価値のある宝石のような少女を、俺は守りたいと思った。

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