エピローグ ブラックダイヤモンド

 精霊大戦が終わった翌日――。


「私が悪かったブラックダイヤモンド!」


 孤児院の前に小太りのおっさんが現れ、全力で頭を下げている。


「え? え? え?」

「あ、あの領主様⁉ 頭を上げてください!」


 困惑するダイヤとシスターの二人。

 そんな彼女たちに構うことなく、領主の男はひたすら頭を下げ続けた。


「許してくれとは言わない! ただ、せめてこの孤児院の精霊たちが健やかに過ごせるよう、色々と便宜を図ることだけはさせてくれぇ!」

「あ、あの……領主様、だから顔を上げて……」

「いいや! 私がお前たちにしたことを考えれば、頭を下げるだけでは足りないのだ!」


 今度はいきなり土下座をし始めた領主。

 おいこっちをチラチラ見るな。ダイヤに不信がられるだろうが。


「な、なんで⁉ なにが起きてるの⁉」

「私は改心したのだ! 精霊はこの街の宝! 精霊を育てるこの偉大なる孤児院も、我が都市の宝だ! これからは全面的にフォローさせてもらう! もちろん、誰かが手を出そうものなら全力で守らせてもらう!」


 だから、これでいいですよねと言う風にチラチラこっちを見るんじゃない。真っすぐ土下座をしてろ。


「ダイヤ……」

「あ、マスターさん」

「この男もこう言っている。これでもう、お前たちを脅かす者はいない」

「あ……」


 そこでようやく、彼女は自分が精霊大戦に勝利したことで起こりえる未来の一つを思い出したのだろう。

 

 彼女とこの孤児院はザッコスに脅されていた。もし勝てばこの孤児院を潰すなどという、理不尽な内容で。

 だがそれももう、杞憂だ。


「ザッコスにはもちろん私の方から厳しく言いつける! むしろ今まで好き勝手させ過ぎていた! もしこの孤児院にこれからも手を出そうものなら、その瞬間には勘当……いやそちらが望むあらゆる罰を与えると約束しよう!」


 だから何度もこっちを見るのは止めろ。

 おっさんにチラ見されても嬉しくなんてないのだ。


 そんなことよりも、ようやく領主が言っている意味が理解出来たのか、ダイヤが俺の方をじっと見てくる。


「そっか。もう、これで……」

「……これまでよく守ってきたな」


 ダイヤは振り返り、自分が育ってきた孤児院をじっと見る。

 きっと今はまだ感情が追い付いていないのだろう。


「さて……領主はもう帰っていい」

「あ、はい。ところでレオンハート様、あの、例の件はこれで……」

「お前が約束を破らなければ、な」


 俺がそう呟くと、領主は嬉しそうに満面の笑みを浮かべて去っていった。

 まったく、現金な男だ。まあその分、分かりやすくて助かるが。


 そうして残ったのは俺とダイヤ、それにシスターとエメラルドの四人。


「あのレオンハート様……いったいこれは」

「シスターの質問に答える前に、ダイヤに確認したいことがある」

「ボク?」


 不思議そうな顔をしてこちらを見る彼女に対して、俺はある覚悟を決めていた。


「お前には二つの選択肢がある。一つはこのまま私とともに中央、そして王都まで進み、最強の頂きを目指す道。そしてもう一つは」


 ――このまま、この街に留まり、シスターや家族と幸せに過ごす道。


「え……? マスターさん、なにを言ってるの?」

「もう、孤児院が危険に晒されることはない。そして、自分の可能性に気付いた今のお前なら、どんなマスターと組んでも見劣りしないし、この街で負けることはないだろう」

「い、いやでも……」

「私はEランクの魔力しか持っていない、マスターとしては落ちこぼれだ。ここに留まれば、きっとお前の噂を聞きつけた凄腕のマスターが契約したいとやってくる」


 エメラルドもダイヤも、その力を考えれば俺と一緒にいても宝の持ち腐れでしかない。

 きっと凄腕のマスターと契約すれば、どんな相手であっても負けることはない最強の精霊になれるはず。


 なにより、俺と共に来るということは茨の道を辿ることになる。


 だからこそ最後は、ダイヤに判断を委ねたい。


「ダイヤ、これはお前の将来を決める重要な選択だ。だから――」

「マスターさんは、ボクを何だと思ってるのさ」

「……なに?」


 それは、今までにない険しい声。

 見れば彼女は今、本気で怒っている。その怒りは、精霊大戦中にアマゾネスボルケーノに向かって行ったときとは比べ物にならないほど、怒っていた。


 ……こ、怖い。


 なぜこんなに怒っているのか分からずエメラルドを見ると、彼女は微笑みながら……怒っていた。


「マスター、さすがにそれはないです。鈍感過ぎです」

「な、なにがだ? 私はダイヤの将来を考えて……」

「ダイヤは……いえ、これは私が言うことではないので……」


 基本的に俺のやることを全肯定してくれる彼女がこのような態度を取ることはとても珍しい。そして、超怖い。

 

「マスターさん! こっちを向いて! ボクを見て!」

「う、うむ!」

「なんでボクが怒ってるか、本当にわからないの⁉」


 何故だ⁉ 俺はいったいなにを間違っているというのだ⁉ 

 ダイヤの意思を尊重し、可能な限り彼女の未来を広げたいと思っているだけなのに!?


「マスターさんはなんでも知ってる凄い人なのに、自分のことはわからないんだね」

「わ、私のこと?」

「そうだよ! もうボクはマスターさん以外の人とは契約しないし、離れる気はないよ! も、もちろん駄目って言うなら……その……は、離れるけど……う、ぅぅ……やだよぉ……離れたくないよぉ」


 最初は怒っていたダイヤが、突如泣き出した。


 こ、これは不味い! なんだかめちゃくちゃ可愛いことを言っている気がするが、それよりもなんとか泣き止ませないと!


「駄目などと言うはずがないだろう! だが、今のお前ならこの街で幸せに暮らせ……」

「ボクの幸せは、マスターさんと一緒に最強の精霊になることだもん!」

「っ――」 

「だから、離れるなんてそんな、悲しいこと言わないで……ずっと、ボクと一緒にいて……」


 ぎゅっと、勢いよく抱き着いてくるダイヤに俺は戸惑ってしまう。


 なんだこれは⁉ なんなのだこれは⁉ ああ柔らかい、柔らかいぞ⁉

 これは駄目だ! 色んな意味で駄目になる! そ、そうだエメラルド! こういうときはエメラルドだ!


「……ぷい」

 

 助けを求めると、彼女は知らんぷりをしていた。ちょっと拗ねてるらしい。


 な、何故だエメラルド⁉ お前はいつも俺の味方じゃなかったのか⁉


「マスターさん!」

「う、うむ!」

「ボクを見て!」

「う、うむ!」


 うむ、しか言えない! なんか今の俺、超情けないぞ!


「ボクは、世界最高のマスターであるレオンハートの精霊だ! だから、ずっと、ずっと一緒にいて下さい」

 

 真摯な瞳で、真っすぐ俺を射抜いてくる。その吸い込まれそうなほど深い黒色は、いつまで経っても見ていて飽きることはないだろう。


「……わかった」

「じゃあ!」

「覚悟しろよブラックダイヤモンド。私は欲張りなのだ。だから――」


 ブラックダイヤモンド――世界で一番硬い宝石。

 パートナーに対して深い愛情を注ぐ不滅の愛を象徴しており、また未来を切り開く力になると言われている。


「もう二度と離さないからな」

「うん! ボクのこと、離さないでね!」


 その名を与えられた少女の輝きは、暗く先の見えない道を明るく輝かせてくれることだろう。


 きっと彼女がいる限り、俺のゆく未来は明るいものになるに違いない。

 そう確信させてくれるほど、ブラックダイヤモンドの笑顔は美しいものだった。




精霊少女に『カッコいい俺』だけ見せていたら、いつの間にか最強になっていた  fin 



――――――――――――

【お礼と後書き】

ここまで読んで頂きありがとうございました!

この作品はここで完結となりますが、ファンタジア文庫様にて、書籍版 精霊少女が発売しております。

WEBには一切存在しないエメラルドティアーズの物語もがっつり書下ろしした【完全版】と言える物語ですので、エメラルドの物語を見たい方、ぜひとも書籍をご購入して頂けたら幸いです。


web版オリジナルとして、セルシウスサファイア編も存在します。

そちらはサポーター様向けに投稿しますので、もしご興味がある方はそちらで見て頂けたら幸いです。


▼セルシウスサファイア編

https://kakuyomu.jp/users/heisei007/news/16817330663497073755


最後まで読み続けて下さり、本当にありがとうございました。

もし良ければ今作に限らず、作者フォローなどをして頂き、今後も『カクヨムWEB作家』の平成オワリを応援して頂けると幸いです。

今後とも、よろしくお願い致します。

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精霊少女に『カッコいい俺』だけ見せていたら、いつの間にか最強になっていた 平成オワリ @heisei007

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