第15話 オッズ

『今日もルクセンブルグの空は広く青い! 最強を目指す精霊たちの宴が今日も始まります! 実況は私! そして解説はいつもお馴染みオーエンさん!』

『どうもよろしくお願いします。どの精霊たちも頑張って欲しいですね』

『いい感じに淡々とした応援ありがとうございます! さあそれでは精霊とマスターたちの入場です!』


 そんな実況の声に、精霊大戦を見に来た観客たちの歓声がコロシアムに響き渡る。


 今俺たちは円周上に広がっているコロシアムの屋根下。

 真上には観客席のある精霊とマスター専用の通路で、その音を聞いていた。

 

「ここでこれを聞くのも久しぶりだな」

「……マスターさんは全然動じないね」

「そうでもないさ。ただそうだな、戻ってきた、という懐かしい感覚は覚えている」


 そういえば、一番最初のときはどうだっただろうと思い出す。

 やはり緊張していただろうか?


「……いや」


 あの時はたしか、エメラルドと一緒に戦える高揚感に満ちていたはずだ。あと、精霊たちが舞う姿を誰よりも間近で見れることにも興奮していたはず。


 それまでは遠い世界だった。そこから足を踏み入れた。そして――俺はたどり着いたのだ。


「どうだダイヤ? 怖いか?」

「……うん、怖いよ」


 そういう彼女の顔は、ただ前を向いていた。怖いと言いながらも、恐怖などは微塵にも感じさせない凛々しい顔だ。


「感じるんだ。マスターさんの心を。今までとは違う世界がこの先に広がっているんだと思うと、とても怖い」

「そうか……」

「ボクはこれから変わる。それはきっと、今までの自分じゃなくなるくらい劇的な変化」


 それは、本能がそう告げているのだろう。精霊たちは戦うことでより強く、より高みの存在へと昇華されていく。


 ダイヤは震える掌をぎゅっと握り込むと、真っすぐ俺の方を見る。


「ねえマスターさん……ボクはどうなっちゃうのかな?」

「心配するなダイヤ……いや、ブラックダイヤモンド」

「っ――」


 俺があえてその名で呼ぶと、ダイヤは少し動揺する。そんな彼女の掌をそっと包み込むように握った。

 

「その心の高ぶりは、精霊としてのとても正しいものだ。私に身をゆだねろ。己の本能を信じろ。そうすればきっと、お前は誰よりも強くなれる」

「……うん」


 実況が次々と精霊たちの名前を呼んでいく。

 今日の精霊大戦の参加者は八名の小規模戦だ。


 大きな大会になると百人規模なモノも存在するが、そこまでいくと一つの祭りのようなもの。

 地方都市なら、これくらいが一般的と言えよう。


『ただ一度の勝利もなし。ただ一度の撃破もなし! さあ今日こそ初勝利なるか⁉ 地方都市ルクセンブルク最弱とまで言われたこの精霊、しかし愛嬌抜群固定ファンも意外と多いその精霊の名は――ブラックダイヤモンドォォォォォォ!』


 以前から思っていたが、酷い紹介内容だ。これを聞いて、誰が喜ぶと思っているのだ。


「いくぞダイヤ。この会場のすべての者の度肝を抜いてやろう」


 実況の声と共に、俺たちは歩き出す。がすぐにダイヤが足を止めてこちらを向いた。


「マスターさん……」

「なんだ?」

「ボク、頑張るね」


 これが俺とブラックダイヤモンドの初陣。つまり初体験だ! さあやるぞ俺! 一生の思い出になるように、全力でやってやる!


 そしていつか結婚式で言うんだ。あのときの繋がりがあったから、今ここで幸せなんだよって!


「一生忘れられない思い出にしてやろう」

「もう……マスターさんはいつも真っすぐで、凄く温かい気持ちが伝わってきて、本当に……」


 そこで言葉を切って、ダイヤはコロシアムの光が漏れる出入り口に向かって歩き出した。


 多分照れているのだろう。可愛いやつめ。これが終わったらめちゃくちゃに愛してやるからな!


「さあ、勝つぞ」

「うん!」


 そうして、心地の良い大歓声を聞きながら、俺たちはコロシアムの中心へとゆっくり歩いて行った。




「やはり、オッズはこんなものか」

「毎回見てるけど、やっぱり凹むよ」


 精霊大戦ではどの精霊が制するのか賭け事が行われている。

 それは地方都市の収入源としてとても重要で、だからこそどの街でも精霊大戦は盛り上がるように工夫されていた。


 スクリーンに映し出された俺とダイヤの倍率は百倍。

 はっきり言って、尋常ではない数字だ。


 もっとも、ただ一度の勝利もしたことのない精霊と、ギルドに登録ばかりのEランクのマスターではこんなものなのかもしれない。


 地方都市では倍率に天井が設けられているが、もしなければどこまで伸びたことか……。


「くくく」

「あ、マスターさんなんか悪い顔してる」

「いやなに、今日賭けをしている者たちは、残念だったなと思ってな」


 なにせ、この街で一番稼げる日を逃しているのだから。


 ふと観客席を見上げると、全敗でありながらも一生懸命なダイヤだからこその人気もあるのか、わずかばかりだが応援団のようなものも見える。


 ――頑張れブラックダイヤモンド! 君が頑張る姿は元気になる! まずは一勝! 


 大きく書かれた横断幕が見えて、つい微笑んでしまう。


 その周囲にはガルハンやシスター。 

 

 きっと彼らはダイヤのことをずっと信じてきたのだろう。いつか、なにかしらの運が良ければ、そんな思いと共に。


 そしてそれは――今日報われる。


『さあ、最後の精霊の入場だ! 燃えよ燃えよ燃えよ! その怒りは火山の噴火のごとく激しく敵を粉砕する! その地方都市ルクセンブルグ最強の精霊、アマゾネスボルケェェェェノォ!』

 

 実況の紹介と同時に噴き出す炎。そして現れる褐色肌の精霊に、領主の息子であるザッコス。


 俺たちや他の精霊たちにはなかった、あからさま優遇された演出に会場のボルテージは最高潮となる。


「どうやらこの間のことがよほどムカついているらしいな。徹底的にこちらを潰す気だ」


 先ほどまでわずかにあった、他の精霊たちの応援ムードは一変してアウェー。

 会場はアマゾネスボルケーノとザッコスの勝利を願う雰囲気だ。


 彼らはこちらを見下す様に笑いながら、ゆっくりとコロシアム中央へと歩いてくる。


「やあ、この間は世話になったね」

「さてな。特にそんな覚えはないな」

「っ――!」


 俺の相手にしないような態度に、ザッコスのニマニマとした顔が一気に真っ赤に染まる。

 だがそれも会場のザッコスたちを応援する声が聞こえると、再び余裕を取り戻した。


「ふ、ふふふ……そのすかした態度、絶対に歪ませてやる。ほら見ろよ!」


 そうして上空スクリーンに出されたアマゾネスボルケーノのオッズは、ほぼ一倍。つまりこの会場のほとんどが、彼女の勝利を疑っていないわけだ。


「これが現実だよ。さっさと頭を地面につけて謝れば、靴の先くらいは舐めさせてやってもいいぞ」

「ずいぶんとつまらんことを言う。こんなオッズになるような精霊大戦など、運営元の努力不足すぎて涙が出そうだ」

「くっ、こいつ!」


 挑発されたから挑発し返してやるとすぐ顔をゆがめる。この程度で感情を表に出すなどまだまだだな。


「坊主、その辺にしときな」

「アマゾネスボルケーノ……」

「どうせ精霊大戦が始まれば自ずと決着はつく。アタイたちの圧勝って結果がな」

「……ふ、それもそうか。くくく、そのあとのお前たちの悔しさに歪んだ顔が楽しみだなぁ」


 そんな醜悪な顔をして笑うザッコスと、それを見て肩をすくめるアマゾネスボルケーノ。

 どうやら俺が思っているより、彼らの相性は悪くないのかもしれない。


『さあ、それでは最強を目指す精霊とマスターたちが一堂に介しました! そしてここから先はサバイバル! 最後まで生き残るのは誰か⁉ 精霊大戦……スタートです!』


 その実況の声がコロシアムに響き渡った瞬間、俺たちの身体は一瞬でその場から消えるのであった。 


 ――さあ、お前たちが馬鹿にしていた精霊がどれほど強いか、誰が最強かを教えてやろう。

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