第16話 始まり

『さあ今日も精霊大戦が始まりましたね! おおっと、どうやら決戦の舞台は燃え盛る炎の火山帯! これは精霊たちの体力をどんどん奪っていきますし、長期戦は厳しい環境だぁ! オーエンさん、どの精霊が勝つと思いますか⁉』

『……』

『オーエンさん? どうしたんですか?』

『あ、すみません。ただこの名前が気になって……』


『名前? ええっと、レオンハートとブラックダイヤモンドのチームですか。過去にあまり見ない倍率ですよね。とはいえ、魔力がEランクしかないマスターと全戦全敗の精霊では仕方がないかと思いますが……なにが気になるんですか?』

『このレオンハートというのは昔、無敗を誇り最強と呼ばれたマスターと同じなので』

『ああ、なるほど。とはいえ珍しい名前でもないですし、黄昏の魔王が消えてから、この名を名乗った人は偽物がたくさんいましたから、彼もそのどちらかでしょう。そもそも、髪の色も違います』

『そう、ですよね……ただ、もし彼が例のマスターなのだとしたら……最弱と呼ばれた精霊と組んだとき、どうなるのかが気になったのです』




 自分の身体が再構成されるのがわかる。

 

 基本的に、人間界の生物は精霊界へは入れない。それは人間界が物質体マテリアルで出来ているのに対して、精霊界は精神体アストラルで出来ているからだと言われている。


 まあ簡単な話、人間が海の中では生きられないというのと同じ話だ。


 こうして精霊界に足を踏み込むことが出来るようになったのは、神が呼んでいるからに他ならない。


 マスターと精霊が戦う姿を娯楽として楽しむために、こうしてわざわざ物質体マテリアルである俺たちを精神体にまで変換しているのだから、よほど神というのは娯楽に飢えているのだろう。


「さて、大丈夫かダイヤ?」

「うん……ちょっと酔ったけど、もう大丈夫」


 空を見上げると赤く染まっており、遠くには巨大な活火山がいくつも見える。


「火山帯か……」


 精霊界に関してはまだまだ謎が多い。どれだけ広いのか、どんな場所があるのか誰も知らないのだ。


 ただ一つ分かっているのは、精霊大戦において過去同じ場所で戦うことはほとんどないということ。


 ランダムで選ばれるステージだが、そもそも精霊界が広すぎることが理由だろう。

 

 無限にも近い広大な世界の中で、同じ場所に呼ばれることは天文学的な数字だと専門家が記事にしていたのを見たことがあった。


 それが事実かどうかは定かではないが、少なくとも俺の知っている限りでは一度もない。


「さて、それでは私たちの戦いを始めるぞ」

「うん」


 この世界は俺たちからしたら幻想のようなもの。たとえここで傷つき、倒れたとしても、人間界に戻ったら傷一つない状態で戻る。


 だからといって、傷付いていいというわけではない。


 人も精霊も、死というものを克服など出来るはずも、根源的な恐怖は感じるものだ。


 だが、この子はこれまでずっとその恐怖に耐えてきた。戦うという土俵にさえ立たせて貰えず、負けることだけが彼女の存在意義だった。


 それでもダイヤは負け続けた。普通なら心が折れて、戦えなくなるような辛さがあったはずだが、戦い続けたのだ。家族を守るために。


 その魂は、他のどの精霊よりも昇華されているに違いない。


「いけるな?」

「うん」


 ダイヤが頷くと、彼女の身体が薄く光る。それと同時に大気中のマナが光り輝き、彼女を覆うように集まった。


 そして光が無くなると、彼女は先ほどとは違う出で立ちになっている。


 ――精霊装束。精霊たちが戦うために生み出された、精霊界でのみ纏うことのできる最強のバトルフォーム。


 ダイヤの場合、黒をベースに緋色のラインの入った東方の民族衣装のような雰囲気。


 ノースリーブのため彼女の柔らかそうな腕が全て見えていて、紅い帯で締められてくびれといい、膝丈より短いおかげで見える太ももはあまりにも健康的で眩しい。


 人間では扱うことのできない大剣と斧の中間のような武器と小さな身体の少女というのは、そのギャップからさらに魅力を引き出していた。


「どう……かな?」

「……よく似合ってる」

「えへへ、ありがとうマスターさん」


 嬉しそうに笑う彼女に俺は目が離せない。


 ヤッベぇヤッベェヤッベェよ! 最近ちょっとシリアス風になってて変な考え持てなかったけど、生ダイヤ精霊装束まじヤバイ! 


 以前はコロシアムの観客席から見たときとは違う、近くで精霊装束姿のダイヤがの可愛すぎて俺の心がボルケェェェノ!


 なにが良く似合ってるだ! もっと言えることがあるだろ頑張れ俺の語彙力! 語彙力ゥゥゥゥゥ!


 そんな風に心が高ぶっていると、遠く離れた火山が大噴火。まるで俺の心を映しているようだ。


 同時に、近づいてくる精霊たちが見えた。その数、三体。


「……え? なんで?」


 ダイヤが戸惑った様子を見せる。


 精霊大戦は最後の一人になるまで戦うサドンデスマッチ。


 それゆえよほどの理由――例えば絶対に一人では勝てない相手がいるとかでない限りは、精霊同士が組んで戦うことはしないはずなのだが……。


「どうやらあのゴミ屑は、よほど俺たちが気に喰わないらしいな。こうなると、他の三体の精霊たちもアイツの手の者と見ておいた方がいいだろう」

「そんな……そこまでするなんて」


 先ほどまでと違い、若干不安そうな顔をするダイヤ。

 こんな顔は見たくない。俺が見たいのは、太陽のように笑う彼女なのだから。


「ふっ、面白い」

「え?」

 

 だから俺はあえて自信満々に振舞う。まるでこんなの、窮地でも何でもないという風に。


「なにを怯えている? 私は言ったはずだ、お前は誰よりも強くなれると。たとえ三対一だろうと、他の精霊が全て敵だろうと関係ない。何度でも言ってやろうダイヤ――」


 ――私たちが、最強だ。


「あ……」

「それとも、私が信じられないか?」

「……ううん。マスターさんのことは、信じてるよ」


 精霊とマスターの心の繋がり。それこそが精霊大戦における、もっとも重要なこと。


「そうか。であれば見せてくれダイヤ。お前の強さを」

「……うん! ボクはもう、二度と負けない!」


 そして、彼女は俺の目の前から飛び出した


「「「え?」」」


 まさか三対一にもかかわらず迎撃に出るとは思わなかったのだろう。すぐ傍まで迫ってきていた精霊たちが驚いたように身体を止める。 


「やあああああああ!」

「きゃ、キャァァァァ⁉」


 空を飛ぶ彼女たちよりもさらに上空から、まるで太陽を背負ったようなダイヤが手に持った斧剣を思い切り振り下ろす。


 その動きはこれまで見てきた彼女のものとは全然違い、俊敏で、力強く、ただ一撃で一体の精霊を金色のマナへと返してしまった。


「こ、この!」

「最弱精霊のくせに!」


 慌てた様子で残った精霊たちがそれぞれの武器を構える。だが――。


「今は、もう負ける気がしない!」


 再び一閃。ただそれだけで敵対していた精霊たちは吹き飛ばされる。


 ――強い。


 こうなると信じていた。だが実際に彼女の強さを見て、俺は改めて確信を抱いた。


 彼女も一緒なら、エメラルドと二人だけではたどり着けなかった場所へと辿り着けるのだと。


「マスターさん……ボ、ボク……ボク倒したよ! 初めて倒した! 他の精霊を倒したよ!」

「ああ」

「三人も! ねえねえ、見ててくれたよね⁉ ボクが倒したんだ!」


 感極まったように何度もそう言う彼女は可愛い。


 ただ可愛い。可愛い以外に何も言えねぇ。語彙力役に立たねぇなぁ。


 なにも言えないから、俺はゆっくり彼女に近づくと、その頭を撫でながら一言。


「よくやった」

「っ――うん!」


 もうちょっと気の利いた言葉を言えたらいいんだが、まあダイヤが嬉しそうだからいいか。


「さあ、残りの精霊たちも倒してしまおう。それで、私たちの勝利だ」

「よーし、やるぞー!」


 気合十分に身体を揺らすものだから、色々揺れててとても眼福だ。


 そもそもダイヤの精霊装束はちょっと露出が多いというか、谷間とかスカート丈とか俺を殺しに来てるとしか思えない。


 俺の心も滾ってきた。それと同時に不安に思う。


 こんな色っぽさと未成熟さのコンビネーションを連続で放ってくる彼女を見ていたら、俺は今日死んでしまうかもしれない。


 ごめんな十年前の俺、ハーレムの夢を叶えられないかも。だけど今の俺はこれで大満足だから、許しておくれ。


 そんなふざけたことを思いながら、火山帯を歩き、ついでに二体の精霊を撃破した。

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