第17話 怪物

 ——解説席。


『な、ななな! なんということでしょう! ブラックダイヤモンドだ! ブラックダイヤモンドが強い! ブラックダイヤモンド、他の精霊たちを一蹴! つい先日までただ一度の勝利も手にしたことのなかった最弱精霊の逆襲劇が始まるのか⁉ このような展開、いったい誰が予想したということでしょうか!』

『これは……』

『解説のオーエンさん! これはどのようにみた方がいいのでしょう⁉ やはりあのマスターがなにかをしたのでしょうか⁉』

『少しだけ待ってください……』


 実況の興奮気味な言葉に、オーエンは巨大なファイルを取り出す。そこにはこの都市に住む精霊たちの、精霊大戦の戦績表が書かれていた。


『やはり……』

『やはり? オーエンさんはなにに気付いたのでしょう? もしやあのマスターに秘密が……』

『これを見てください』

『これは……この地方都市における精霊大戦の戦績表ですね。これがなにか? やはりブラックダイヤモンドは全戦全敗だという事実が書かれているだけでは……』


 実況の言葉にオーエンは恐ろしいものを見たと言わんばかりに顔を強張らせ、首を横に振る。


『精霊たちは戦えば戦うほど強くなると言われています。それは精霊界におけるマナを吸収することで、精霊としての格が上がるから』

『そうですね……それがいったい?』

『精霊大戦は一回参加するだけで精霊に凄まじい負担がかかります。そのためほとんどのマスターは参加すれば、精霊を二週間以上休ませます』

『ええ』


 そうしてファイルをめくり、ある精霊を指さす。


『この都市で二番目に戦績がいい精霊、グランドダッシャー……通算35戦28勝』

『アマゾネスボルケーノがいなければ、間違いなく都市最強を名乗れる大地の精霊ですね』

『はい。マスターの実力ともに中央付近で戦っていてもおかしくない強さです。そのアマゾネスボルケーノの戦績は、通算48戦48勝』

『勝率百パーセント。彼女が出るとわかるだけで参加を取りやめるマスターも多い、名実ともにルクセンブルグ最強の精霊。登場してから二年間負けなし……改めて数字で見ると凄まじい戦績です』


 他の精霊たちを順番に開きながら、10戦3勝、26戦10勝など説明していき——。


『そしてブラックダイヤモンド……264戦264敗』

『……え? に、ひゃく?』

『規模の大小はあるとはいえ、ほぼ毎日行われている精霊大戦。そのほとんどに彼女は休みなしで参加しています。この都市ではそれが当たり前になっている光景だった。ルクセンブルグの精霊大戦において、必ず負けるブラックダイヤモンドというのは日常だった。だから誰も気づかなかった。ですが……』


 信じられない、とオーエンは天を仰ぐ。


『もっと早く気付くべきでした。ブラックダイヤモンドという精霊の異常性を。そしてこの都市のおかしさを……』

『これも、これも、これも! この都市の資料を見ても、百戦以上している精霊なんて、どこにもいない!』

『精霊たちにとって精霊大戦の負担はそれほど大きいのです。戦うという精神的疲労、そしてなにより精霊界からマナ吸収する行為そのものが、凄まじい負担となる。精霊たちが精霊大戦から引退するそのほとんどの理由が、マナの限界摂取です』


 マナの吸収が限界を超えた精霊は、長時間精霊界にいることが出来なくなる。またそれ以上マナを吸収出来なくなるため強くなれず、そのため引退するのだとオーエンは言う。


『これまで見たところ、ブラックダイヤモンドはまだ過剰摂取状態にまで至っていない。つまり、限界に達していない成長途中です』

『なんと……』

『中央に進出する精霊たちはその圧倒的な強さから出身地方では様々な呼び名で呼ばれます。天才、神童、無敵、最強……しかしもし彼女を一言で表すとしたら私はこう呼ぶでしょう——』


 ――怪物、と。


 オーエンは静かに興奮しながら、生唾を飲み込んだ。


 そして思う。もしこれまで誰も目覚めさせることの出来なかった怪物を呼び起こしたのがあのマスターなのだとしたら、やはり——。






 まったく末恐ろしい。これでまだ成長途中だというのだから……。


 やったー、倒したーと喜びながら飛び跳ねるダイヤ。


 俺はそんな彼女の揺れる二つの丘を眺めながら、興奮を抑えられずに生唾を飲み込んでいた。


 顔に出すわけにはいかない……冷静に、冷静に……。


「よくやった」

「うん! あとは……」

「グランドダッシャーとアマゾネスボルケーノの二人だな」


 この都市最強と呼ばれているツートップ。その名を出した瞬間、ダイヤの顔が少し曇る。


「……二人とも、凄く強いから」

「心配するな。お前には私が付いている」

「そう……だね! マスターさんと一緒ならボク、誰が相手でも負けないよ!」

「言ってくれるじゃねぇかぁぁぁ!」

「っ——⁉ マスターさん!」


 突然、俺とダイヤの足元から叫び声が聞こえてくると、地面が浮かび上がった。

 すぐにダイヤが抱きしめながら躱してくれたから事なきを得たが、あのままあそこにいたら俺は死んでいたかもしれない。


「おいグランドダッシャー。不意打ちするのに声を上げるなよ逃げられたじゃないか」

「なんで俺様が雑魚精霊相手に不意打ちなんて卑怯な真似しなきゃいけねぇんだ。こういうのは正面からでいいんだよ」

「はぁ……人の魔力を使っておいて……まあいいや。別にあれで決まるなんて最初から思ってなかったし」


 地面から出てきた二人組。グランドダッシャーとそのマスターが言い合いをしている。


 ――で、デカい……。


 身長もだが、それ以上に圧倒的ボリュームな胸に俺は思わず視線を鋭くさせてしまう。

 短く刈り上げたスポーツマンのような赤茶色の髪の毛。それに頬に入った鋭い傷。歴戦の戦士といった風貌。

 

 なるほど……悪くない。


「へぇ……マスターのくせに中々鋭い殺気を放ってくるじゃねえか。うちのナヨナヨしたのも見習ってほしいぜ」

「誰がナヨナヨしただ。というか、どう見ても裏家業っぽいマスターにビビるんだけど」

「はっ、びびりかよ。まあそんなビビりのマスターを助ける健気な精霊が、その恐怖を振り払ってやるから、せいぜいサポートしろよ!」


 グランドダッシャーが敵意ある視線でこちらを睨む。その瞬間、敵マスターが魔力を高めた。


「行くぞグランドダッシャー! 『フィジカルブースト!』『スピードアップ!』」

「おおお! きたきたきたー! 相変わらずお前の魔術は良い感じだぜー!」


 マスターによる魔術支援。それは精霊の能力を底上げするものだ。

 その補正値は魔力量に依存するといわれている。だからこそ、強大な魔力をもったマスターのランクが重要視されるようになっているのだ。


 他にも精霊が強力な魔術を使うためには、マスターの魔力が必要になる。


 つまり何が言いたいかというと、マスターの支援を受けた精霊の能力は一気に跳ね上がるということ。

 

「先ほどまでのように油断をしてくれて、手を抜いてくれていればいいものを」

「マスターさん! 来るよ!」


 先に倒した五体の精霊たちは、いずれもダイヤの実力を見誤りマスターの支援を受ける前に倒した。

 だからこそ彼女も感じているはずだ。あれは、先ほどまで倒した精霊たちとは違う、と。


「行っくぜー! 覚悟しやがれ雑魚精霊!」


 すぐそこまで近づいてくるグランドダッシャー。その手には石で出来た巨大な斧。

 あれで叩き潰されれば、俺などぺちゃんこどころか木っ端微塵に吹き飛ぶだろう。


「ダイヤ……私の支援がいるか?」

「……ううん。大丈夫! ただ見ていて。それだけで、いくらでも力が湧いてくるんだ」

「ああ……」

「死にやがれー!」


 凄まじい勢いで振り下ろされる石斧。それをダイヤは正面から受け止め、恐ろしく鈍い音が周囲に鳴り響いた。


「んなぁ⁉」

「やあああああああ!」

「な、あ、ぐ……うわぁっ⁉」


 グランドダッシャーの巨体をダイヤが一気に弾き返す。そうして上半身をのけ反らせてしまい、隙だらけだ——。


「う、嘘だろ⁉ グランドダッシャーのパワーはこの都市でも一・二を争うんだぞ! なんでブラックダイヤモンドなんかに!」

「喰らえぇぇぇぇ!」

「ヤッベェ! 避けられねぇ!」

「グランドダッシャー⁉ 間に合え、『マテリアルシールド!』


 ダイヤの叫び声とともに、手に持った斧剣を一閃。

 グランドダッシャーとの間に六角形の光の壁が突如生まれたが、それすら一撃で砕き、そのままグランドダッシャーの身体を切り裂いた。


「かぁッ⁉ シールド、ごと……つ、つえぇ……」

「グランドダッシャー⁉ くっそぉ……ここまでか」


 精霊は敗北したら金色のマナに変わり、そして人間界へと戻って行く。そしてそれはマスターも同じこと。

 彼らは光となり、キラキラと風に乗って消えていった。


「マスターさん……」

「あと、一人だ」


 あのマスターの魔力量はCランクはあった。それにグランドダッシャーの精霊としても実力も低くはないのを俺は知っている。


 それでも圧倒するダイヤは、やはり最高に可愛い。可愛いは正義、可愛いは最強ということだろう。


 そうして俺たちは、こちらの戦いを少し離れたところから見ていたアマゾネスボルケーノとザッコスの方を見る。


「さあ、行くぞ。お前が前に進むために」

「うん!」


 迷うことなく一歩を踏み出した。


 これが、俺たちの最後の戦いだ。


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