第18話 狂戦士

 こちらに歩いてくるアマゾネスボルケーノは満面の笑みを浮かべ、ザッコスは悔しそうな顔をしている

 その表情を見るだけで、どのようなことを考えているのかがまるわかりだ。


「ふ、ずいぶんと遅い到着だな」

「こ、この! なんで屑鉄とEランクの雑魚マスターがこんな! どうせ、インチキしてるんだろ!」

「心外だな。ただブラックダイヤモンドという原石を、この都市の人間が見抜けなかっただけだというのに」


 俺は改めてダイヤを見る。このクリッとした愛らしい瞳。細く、それでいて柔らかさを兼ね備えた白い腕。首の鎖骨ラインは流麗に流れ、しっかりとその存在感を主張する二つの山から腰の谷。


 スラっとした太ももは、触れれば絶対にすべすべしてる。丸いほっぺはぷにぷにしてる。色んな所をもみもみしたい!


 完璧だ。パーフェクトだ。素晴らしい。

 

 ああ神様、このブラックダイヤモンドという存在を生み出してくれてありがとう。そして俺と出会わせてくれてありがとう!


「屑鉄は屑鉄だ! 原石なんて大層な物じゃない!」

「……愚かな」


 ああ、人間という種族は愚かだ。なぜこの素晴らしき存在をもっと愛せないのか。なぜこの世はこんなにも残酷なのか!


「お前たちは精霊たちの本質を見れていない」

「ほ、本質……?」

「それが分からない限り、私に勝てる者などいないだろうな」


 世間一般的には精霊の強さはマスターの魔力量に依存すると言われているが、それはたしかに間違いじゃない。ただし、正解でもない。


 それならば、強い魔力を持ったマスターだけがいればいい。もっといえば、強くなりたいと思う精霊たちにとって、俺みたいな雑魚マスターなど必要ないのだ。


 それでもエメラルドティアーズが、そしてブラックダイヤモンドが俺みたいな男を『マスター』として必要としてくれるのならば、彼女たちの本能には『魔力以上に必要とするなにか』が存在するのは間違いない。


 そして俺はそれを——愛だと信じている。


「なんなんだよ! 精霊なんて魔力さえ分け与えてたら勝手に強くなるだろ! それ以外になにがあるって言うんだよ!」

「おい坊主。これ以上の御託は良いだろ? あの男の言う本質がなんなのかなんて気にする必要なんてない」

「ボルケーノ……だけど!」

「アタイが勝つ。それで全部終わりさ」


 アマゾネスボルケーノが獰猛な笑みを浮かべて一歩前に出る。

 地方都市ルクセンブルグ最強の精霊というだけあり、その威圧感は俺が中央などで見てきた精霊たちと引けを取らないものだ。


「は、ははは、そうさ。こいつがいる限り、僕は無敵だ! 見せてやれボルケーノ! 僕たちが最強だってことをな!」

「まったく坊主は相変わらずだねぇ。まあそこが可愛いとこでもあるんだが……アタイとしては自由に暴れさせてもらってる分はちゃんと坊主に勝たせてやるよ!」


 自信があるのだろう。逃げも隠れもしない、ただ真正面からすべてを叩き潰すという、そんな気迫を感じられた。


 彼女の手には巨大な棍棒。ただの鈍器に見えるそれは、精霊たちが生み出した強力な武装そのもの。


 ――精霊武具。


 先ほど倒したグランドダッシャーが持つ石斧や、ダイヤが持つ斧剣もそう。


 かつては強大な魔物たちを相手取り、勝利を収めてきた精霊たちが誇る最強の武器は、精霊と共により強く、より強大な力を放つようになる。


 最強の防具である精霊装束と対を成す、精霊たちの魂そのものと言ってもいいだろう。


「さあ、叩き潰してやるよ!」

「来るぞダイヤ。準備はいいな?」

「うん! 見ててねマスター。ボクが、勝つところを!」


 二体の精霊が同時に飛び出す。そして己の魂をぶつけ合うように、凄まじい勢いで己の精霊武具をぶつけ合った。


「ハァァァ!」

「ウォォォ!」


 鈍い衝撃音。最初の一撃は、ほぼ互角。


「負けない! ボクは、負けない!」

「――っ⁉ こいつは!」

「ハァァ!」


 端から見れば子どもが癇癪を起して武器を振り回しているようにも見える。そんなダイヤの攻撃は、それでも鋭く、重く、速い。


 まるで嵐のような連撃に、最初は弾き返せていたアマゾネスボルケーノが焦りの表情を見せ始めた。


 それでも隙を見せないのは、元来の実力とこれまで戦い続けてきた経験ゆえだろう。


 だが、今のダイヤを相手取るには力が足りない。速さが足りない。たとえ経験値が高かろうと、技量が高かろうと、それをすべて叩き潰せるだけの力が彼女にはある。


 このままいけば、問題なく地方都市最弱のブラックダイヤモンドが最強のアマゾネスボルケーノを打ち砕くだろう。


「ちぃっ!」


 これ以上は防げない、そう判断したアマゾネスボルケーノが大きく飛び退いて、ザッコスの傍までいく。


「おいボルケーノ! あんな鉄屑相手になにやってんだよ!」

「悪いね坊主。まだ半信半疑だったんだけど、ありゃ駄目だ。このままじゃ勝てそうにない」

「っ——!」

「だから、悪いんだけど坊主の力、分けてくれないかい?」

「……それで、勝てるんだな」

「ああ……坊主は性格最悪だが、アタイとの相性はバッチリだからね。アンタの力借りてまで負けるわけには、いかないだろ?」

「いいだろう。その代わり、死んでも勝てよ!」


 ザッコスの魔力が一気に解放され、その全てがアマゾネスボルケーノに向かう。

 それを心地よさそうに受け止めた彼女は、笑いながらただ一言――。


「あいよ」

「すべてを破壊し蹂躙しろ! 『ベルセルク』!」


 その瞬間、これまでとは次元の違う殺意が俺たちを襲う。


「マ、マスターさん。これは……」

「なるほど、たしかにこれは『地方都市最強』だな」


 少なくとも、こんな場所で遊んでいていいレベルではない。


 それに——。


「どうやら私はあの男を少し舐めていたらしい」


 従来のアマゾネスボルケーノの力に、そして理性の大半を吹っ飛ばして超強力な力を得る『ベルセルク』。


 通常の『フィジカルブースト』や『スピードアップ』に比べてはるかに習得が難しく、そして必要な魔力量も桁違いの大魔術だ。


 その分、得られる恩恵も桁外れだが、当然その代償はある。


「Bランク……か」

 

 俺にはこんな魔術は決して使えない。どうしても生まれ付いたこの才能が、許してくれないのだ。


「ひ、ひひ! どうだ! こうなったボルケーノに、勝てる奴なんていないぞ!」


 大きな汗をかきながら、呼吸も荒いままにこちらをあざ笑う男は、おそらく立っているだけでもきついはずだ。足が生まれたての小鹿のようにプルプルしてるし。


 それでも意地か執念か、どちらにしても並のプライドではこうはいかないだろう。


 そして『ベルセルク』の恩恵を受けたアマゾネスボルケーノはというと、先ほどとは違う、凶悪な瞳でこちらを睨みながら嗤っていた。


「く、くくく、かははは……まさかアタイがこんなチビにここまでやられて、しかも坊主の力を借りる羽目になるなんてねぇ」

「うっ——」

「まあでも、いぃ気分だよぉ。今からなにも余計なことを考えず、ただ破壊の限りを尽くせばいいだけなんだから!」


 一歩、二歩とアマゾネスボルケーノが近づいてくる。

 その殺気を受けたダイヤは恐れるように身体が強張っていた。


「……怖いかダイヤ?」

「え? あ、ちがう! 違うよマスターさん! これは、これは……」


 まるで悪いことをして叱られることを恐れる子どものように、ダイヤは首を横に振る。だが身体は震え、怯えているのは分かる。


「恐怖を感じることは、悪いことではない」

「……え?」

「人も精霊も、いや生きとし生きる全ての者はその根底に『恐れ』を抱いている」


 俺がこうして冷静で格好いい男を演じているのも、エメラルドに、そしてダイヤに嫌われるのを『恐れている』からだ。


 本当の俺を見せる自信がない。だから俺はずっと、スタイリッシュに格好いい俺として生き続けている。


 それが苦しいと思ったことは何度もあった。だがしかし、喜ぶエメラルドたちの姿を見れば、そんな苦しさなどすぐに忘れられた。


「ダイヤ……私たちはそれを乗り越えることが出来る」

「ど、どうやって……?」

「それは——」

「くちゃくちゃくちゃくちゃ、戦いを前にお喋りしてんじゃないよぉぉぉ!」


 俺のセリフを遮る形で凄まじい怒号とともに、アマゾネスボルケーノが飛び出してきた。


「っ——⁉」


 その強烈な殺気と気迫に呑まれたダイヤは……固まっている。


「……仕方あるまい」

「え? ま、マスターさん……なにを?」


 迫りくるアマゾネスボルケーノに向かって、俺はダイヤを庇うように一歩前に出る。コートを外し、動きやすい格好にして迎え撃つ構えを取る。


「マスターさん! だめ、駄目だよ!」


 別に、精霊大戦でマスターが戦ってはいけないというルールはない。ただ、精霊相手に勝てる人間などいるはずがないから誰もやらないだけだ。


 だがもし、精霊を相手取れるマスターがいたら?


 その時は、精霊大戦の歴史が変わるだろう。


「来い……格の違いを見せてやろう」

「舐めてんじゃ、ナイヨオォォォォ」


 凄まじい怒号と共に振り下ろされたアマゾネスボルケーノの棍棒が、俺を叩き潰そうと迫る。


 それを俺は、まるでスローモーションのように見えていた。


 そして——。

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