第2話 精霊大戦
都市の中心部にあるコロシアムには老若男女、多くの人で賑わっていた。
理由はもちろん、精霊たちの熱い戦いを見るためだ。
この場所で精霊とマスターが集い、特別な門を通って精霊界へと入ることになる。
そして観客たちは、映像魔法によって精霊たちの戦いを見て楽しめるのだ。
今俺たちがいる地方都市ルクセンブルクは精霊大戦の盛んな街らしく、コロシアムの中は活気で満ちていた。
「盛り上がりは中々ですが……」
ほぼ満員と言っていいほどの人が集まっているし、それぞれ推しの精霊がいるからかサポーターらしき人たちが多く見られ、横断幕なども並んでいた。
「エメラルド、何か気になることがあるのか?」
「いえ……ただ残念ながら、マスターがスカウトするに値する精霊はいないかと」
「そうか」
俺は改めてモニターを見る。
コロシアムはあくまで観客を一ヵ所に集めて、精霊大戦を見やすくするためだけの場所だ。
俺たちが住む世界とは異なる世界で行われてる、この世界で一番強い精霊を決めるための儀式。それこそが、精霊大戦と呼ばれるもの。
「いつ見ても、美しいな」
コロシアム中央上空部には、八人の美しい精霊たちが映っていた。
自由に宙を舞い、地面を疾走し、武器を構え、魔法を放ち、たった一人で人間の軍隊以上の力をもって己の最強を賭して戦う姿は、神話の英雄のように美しい。
普通の人間では絶対に勝てない、神に選ばれし最強の種族たちの戦いというのは、見ているだけで心震えるものだろう。
とはいえ、お互いに最強の英雄同士がぶつかり合えば、どちらかが敗北するのもまた事実。
すでに今回の精霊大戦が始まってから数時間。そろそろ決着が着きそうな頃合いだが――。
「やはり私の目には、どの精霊も素晴らしく映る」
「もう、マスターはいつもそればかり。いいですか、精霊には己に見合った格というものがあります。優れたマスターの下には当然、優秀な精霊が集まるべきなのです。そう、マスターのような……」
俺がこういうことを言うと、いつもエメラルドが少し拗ねたように言い返してくる。
この子はどうも、俺がとんでもなく優秀なマスターだと思い込んでいる節があるんだよなぁ。
たしかに俺は彼女に少しでも釣り合うように努力はしてきたつもりだ。
だが残念ながら、精霊を行使するために必要な才能には恵まれなかった。
それでも勝ち続けることが出来たのは、エメラルドティアーズという世界最高峰の精霊と出会い、波長が合い、そして共に在ることを許されたからだ。
それが俺こと、田舎の村から出てきたマスター、レオンハートであり、本当に凄いのはこの少女なのである。
「ちなみに、マスターの目にはどの精霊がどう素晴らしく見えるのですか?」
「そうだな……」
俺が他の精霊を誉めたからか、エメラルドが少し意地悪な質問をしてきた。
精霊たちの映っているモニターを見上げ、彼女たちの姿を目に焼き付ける。
「やはり、いつ見てもいいな」
精霊たちは精霊界に存在するマナと呼ばれる特殊な力を操ることで、超常の力を得る。
そして精霊たちはマナによって生み出した『精霊装束』で戦うのが一般的だ。
これがまたそれぞれの特性を表していて、モニターで精霊大戦を見ていると、美しい容姿に可愛らしい服装がとても映える。
今映っている精霊たちもそれに漏れず、それぞれ可愛く、そして美しい精霊装束で着飾った美人や美少女たちばかりだ。
しかもである。『精霊装束』の多くは、扇情的なものが多い。
時折モニターでは際どい角度で映し出される太ももや、揺れる胸はまさに眼福と言わざるを得ないだろう。
「どの精霊も、潜在的に良い物を持っているな」
「潜在的に? たしかに精霊はマスターとの相性や、精霊大戦を繰り返すことでより強くなりますが……」
「表面的な部分は簡単に見れる。しかしその奥まで見通すことが出来れば、その精霊たちの本当の姿が見えてくるものだ」
「マスターには……それが見えているのですか?」
「……いや」
くっ、スカートの奥が見えそうで見えない!
あのモニター1もうちょっと頑張れよ! いける、お前ならいけるって! なんであんな空中をヒラヒラ動き回ってるのに、一番大事なところがギリギリで見えないんだよ! 絶対なんか変な力働いてるだろこれ! おい神様ぶっ殺すぞ!
「精霊たちの本質を知りたければ、やはり契約するしかない。ただ、そうではなくても、見える部分という物はある」
よしいいぞ! その角度からなら胸の揺れが良く見える! モニター2、お前はやれば出来る奴だ! それに比べて下から見上げるモニター1! お前は本当に駄目な奴だな! やっぱり見えない!
「見える部分……」
「ああ、勘違いをしている者が多いが、精霊たちだってトレーニングをしなければ強くはなれない」
「それは……そうですが」
「そしてそのトレーニングにおいて、足を見ればだいたいどのレベルまで鍛えているかわかるというものだ」
モニター3! いけ! もっと近づけ! そうだそこだ! その太ももをもっとアップにして……ああクソ遠ざかっちまった! せっかくいい角度だったのに!
「……しかし、どう見ても大した鍛錬も出来ていない精霊が多く見えますが」
「見ろ、あの黒髪の精霊を」
「え?」
俺が一番注目しているのは、黒髪を両括りにした可愛い精霊だ。
見た目の年齢は少し幼めに見えるが、今飛び回っているどの精霊よりも美しい足をしていた。
「あれは一朝一夕で身に付くものではない。自身に過酷な負荷をかけ、努力に努力を重ねた証拠だ」
「……たしかに」
あと見た目がとても可愛い。基本的に精霊はみんな可愛いし特徴的だが、あの黒い子はその中でも群を抜いていると思う。
クリッとした優しそうな黒い瞳はあまり争いごとには向いていなさそうだが、それでも斧と大剣の中間のような武器を持って一生懸命戦っている姿は、つい応援したくなるなにかがある。
黒をベースに緋色のラインが入った東方の民族衣装に近い精霊装束。
谷間が少し見えていて、時折揺れるそれが俺の心を刺激していた。
もし自然にあれだというのなら、間違いなく逸材!
俺が全力で金を払い、あらゆるプロというプロを呼んで磨き上げなければならないだろう!
そして最後はベッドにイン! 俺がすべてを教えてやるのだ!
ただ、唯一気になることと言えば――。
「明らかに一番弱い。しかしあれはマスターが悪いな。あの精霊に対して、碌な支援も出来ていないのだから」
精霊界に入れるのは精霊とその契約者であるマスターだけ。
そのマスターが雑魚だともちろん精霊たちも本領を発揮することは出来ない。
例外は俺みたいにへっぽこマスターでも圧倒的な力を発揮した、エメラルドティアーズのような精霊だけだ。
「せめて相性が良ければまた別なのだが……」
「相性も実力も揃っていないのでは、勝ち目などあるはずがないです」
エメラルドの言う通り、あの黒い精霊少女の実力はほんのわずかも発揮できていない。
そのせいで他の精霊たちと比べてもまともに戦えておらず、すでにボロボロになっていた。
俺はふと、モニターの横に映っている人気を表す掲示板を見る。
精霊大戦は誰が優勝するか賭ける賭博的な部分もあり、それが都市の財源に大きく繋がってくるのだが――。
「……ブラックダイヤモンド、八番人気か」
今戦っている精霊たちは八人。つまり、彼女は人気最下位ということ。
倍率も一人だけ飛び抜けていて、彼女がこの地方都市ルクセンブルグの精霊大戦において、これまで勝利を得られていない証拠だ。
「可哀そうに……良いマスターが付けばきっと、彼女の努力は報われる」
「そうだな。しかし精霊との相性、こればかりは神のみぞ知る。我々にはどうしようもないだろう」
もしも俺との相性が良ければ手取り足取り、もちろん夜のベッドで教えてやるというのに。
精霊大戦の戦略的な話? それはエメラルドに任せた。だって同じ精霊同士で教えあった方が絶対有意義だし。
「他の精霊たちの質も決して悪くはない。ただマスターの質がどうにもいまいちだな」
「そうですね。とはいえ地方都市であればこれくらいが普通ですよ? マスターのような人は、そうそう現れるものではありません」
「私のような者……か」
……いったいエメラルドの中での俺はどんなマスター像となっているのだろうか? 怖くて聞けないのだが。
「……今回の精霊大戦も、そろそろ終わるな」
「はい。人気投票通りの結果になりそうですね」
すでに目を付けていたブラックダイヤモンドは敗北し、光の粒子となって精霊界から追放されている。
精霊界では精霊とマスターはマナによって構成されたアストラル体となるため、どれだけの攻撃を受けても死ぬことはないが、恐怖はその身に刻まれたことだろう。
もし、俺がマスターだったらめちゃくちゃ抱きしめて、そのまま慰めるという名目で色々とするのに! あとドサクサに紛れて色々触るのに!
「歯痒いな……」
「マスターは、彼女をスカウトしようと思っているですか?」
「……いや、今は止めておこう。きっと、その時じゃない」
たしかに俺は精霊ハーレムを求めている。しかしそもそも精霊たちには『他の精霊たちよりも強くなる』という本能がある。
今の弱い彼女が、弱い俺と組んで強くなれるとは思えなかった。
「己の壁は、己でしか崩せない」
「……心に刻んでおきます」
いや、そんな大層なことを言ったわけじゃないので刻まないでくださいエメラルドさん。
実は彼女が大切に保管してるノートには、俺の名言集みたいな黒歴史語録が書かれてるのだ。ほんと止めて許してエメラルド……。
「あ、終わりましたね」
そうこうしている内に、精霊大戦が終了する。
最後に立っていたのは、紅い炎をまき散らしいているアマゾネスボルケーノという精霊だった。
歓喜の声、失望の声、様々な声が響き渡り、賭けに使われた精霊券が飛び交ういつもの光景。
「……」
精霊を賭けに使われること自体は構わないと思う。
ただ最後まで一生懸命戦った精霊たちに大しては、勝っても負けても同様に扱ってあげて欲しいと思うのは、俺のエゴなのだろうか?
「マスター?」
「……問題ない。行くぞ。とりあえず今後はしばらく、ここで対戦を見ながら考えよう。俺たちはもう、止まることなど出来ないのだからな」
「はい」
そう、可愛くて気立てのよくて、俺のことを愛してくれるような精霊と出会えるまで、俺は止まらない。
絶対に、作って見せるぞ! 精霊ハーレムを!
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