精霊少女に『カッコいい俺』だけ見せていたら、いつの間にか最強になっていた
平成オワリ
第1話 俺の夢
『さあ、三年に一度の大決戦! 数多の精霊とマスターたちが紡ぐ伝説が幕を開けました! 世界最強の精霊を決めるこの【ラグナロク杯】を制すのはいったいどの精霊なのか⁉ いかがでしょう解説のコメンターさん』
『やはり注目は一番人気の『黄昏の魔王』レオンハートと『疾風迅雷』エメラルドティアーズのコンビでしょうね。若干十五歳での精霊大戦へ乗り込み、圧倒的勝利を収めての鮮烈デビュー。そしてそこから連戦連勝。一年経たずに無敗でここまで来たその実力はまさに魔王の名にふさわしい、素晴らしいマスターだと思います』
『金髪金眼にして威風堂々とした立ち姿は多くの女性陣を虜にして止まず! かく言う私も大ファンです! そしてエメラルドティアーズは元々孤児院に預けられていた精霊。そこからここまで駆け上がった姿はまさにドラマチックというしかありません!
美しく、強く、気高く、そして見る人を魅了して止まない彼女の姿は、一つの時代の象徴とも言えるでしょう! さあ今日も我らを魅せてくれるのか⁉ 期待の一戦です!」
そんな音響魔法によって都市中に響き渡る実況と、それに合わさるように大地を揺らすほどの大歓声。
遠く離れたコロシアムから伝わる観客の熱意とは裏腹に、俺の心は冷めていた。
「いくぞ、エメラルド」
「はい……マスター」
暗い表情のエメラルドを連れて、俺は一度だけ背後を振り返る。
そこには天まで続くのではないかといわんばかりの
本当なら今日、俺たちは世界最強の精霊を決める精霊大戦である【ラグナロク杯】を制して、あのバベルに入っていたはずだった。だがそれも――。
「すまなかったな」
「いえ……マスターのおかげでここまで来られたのです。あなたの期待に応えきれず、駄目だったのは私の方だから……」
そんなことはない。エメラルドは精一杯やってくれていた。
駄目だったのは、彼女の限界値を見極めきれなかった俺の方なのだ。
「また来よう。今度こそすべてを圧倒して、俺たちが最強だったと……あのとき『黄昏の魔王』と『疾風迅雷』が出場していれば、優勝していたのは私たちだったと、そう言わせてやろう」
「……はい、マスター」
そして、世界一の精霊を決める精霊大戦【ラグナロク杯】の会場から背を向けて、俺たちは姿を消すのであった。
五年後――。
「マスター……もう起きる時間ですよ?」
「……ああ」
目が覚めると、若草色の髪の毛を腰まで真っすぐ伸ばした超絶美人が、優しい手つきで俺を揺らしなら起こしてくれていた。
正直これだけで俺の人生勝ち組だなと思いつつ、ゆっくり身体を起こして改めて少女を見る。
「おはようございます。マスター」
「おはようエメラルド」
少し感情の起伏は薄いが、それでも柔らかく微笑む彼女の名前はエメラルドティアーズ。
俺たち人間と違う、精霊と呼ばれる種族の少女だ。
「懐かしい夢を見た」
「懐かしい夢、ですか?」
「ああ。私とお前が出会い、そして駆け抜けてきた日々の夢を」
「それは……良い夢ですね」
エメラルドが嬉しそうに笑うので、俺も少し表情を崩す。
つい手を伸ばして彼女の頬に触れると、その手を優しく握り混んでくれ、その暖かさが伝わってきた。
この目の前の少女と一緒なら誰にも負けないと思っていたし、どこまでも高く飛べるとずっと思っていたのだ。
「たとえあのような最後であったとしても、マスターとともに戦った日々は私にとって大切な宝物です」
「本当に、お前は私には勿体ない精霊だな」
「そんなことはありえません。私にとってマスターは、世界最高のマスターです」
この子はいつだって、俺のことをそう言ってくれる。
だから俺は、そんなエメラルドのマスターとして、恥ずかしくない自分であらねばならなかった。
「……お前がそう思ってくれるなら、私はお前に恥ずかしくない男であり続けよう」
ただ本当は、世界中に声を大にして言いたい。
――良い子過ぎるだろぉぉぉぉぉ!
超絶美人だし!
上から下まで完璧と言えるくらいスタイル良いし!
いつも俺みたいな駄目マスターに尽くしてくれて性格もいいまさに良・妻・賢・母!
そして天は二物も三物も与えたのか、俺みたいなへっぽこマスターでも勝ちまくる、世界最高クラスの力を持った最・強・精・霊!
精霊って美人ばっかりだし精霊使いになったら精霊ハーレムとか作れるかなぁ、とか不純な動機でマスターになった俺には眩しすぎる存在!
それが俺の愛しい精霊であるこの子、エメラルドティアーズである!
「マスター?」
「いやなに、お前と出会えて私は幸せだと、そう思ってな」
「……もう」
頬を赤らめるエメラルド頂きました!
可愛すぎるぞまじで! このまま抱きしめて一気にベッドにインして色々したい! 髪の毛触りたいし色々なところ触れてみたい!
だというのに俺の身体は動いてくれない!
駄目か⁉ やはり無理か俺⁉ くそっ、手足が震えやがるぞこの童貞の身体! 頑張れ頑張れ頑張れ駄目だやはり動かない⁉
「マスターはいつも意地悪です。そんなこと言われたら、嬉しくなってしまうじゃないですか」
「事実を言ったまでだ。エメラルドにはいつも感謝している」
さて、これ以上心の中で興奮していては、いずれボロが出てしまうかもしれないので一度冷静になろう。
まずそもそも、俺はエメラルドの思っているような男ではない。
恐ろしいことに、彼女の中の俺は『常に冷静沈着で格好良い最強のマスター』らしい。
……いや、誰のことそれ?
たしかに俺はエメラルドと出会ったとき、美しすぎる彼女に対して少しでも格好いい男を演じようと思った。
それがきっかけで、いつの間にか表面上では『常にクールでスタイリッシュな超絶格好いい俺』がいて、心の中では『精霊ハーレム作りたいアホな俺』がいるようになっていたのだ。
別にどっちも同じ俺なのだが、エメラルドや他の精霊から失望されたくないという思いが常にあった。
そのせいか、いつの間にか『格好いい俺』を辞めようと思っても辞められなくなって今に至るわけなのだが……。
「エメラルドから見た私は、どんな人間だ?」
「マスターは常に冷静で、誰よりも強く、素晴らしい精霊の導き手のようなお方だと思います」
はい即答。
もう信頼なんてものが数値化出来たら、間違いなくとんでもない数字を叩きだすくらい彼女から俺は信頼されている。
この信頼が凄すぎて、本当ならエメラルド相手に滅茶苦茶エロいこととかしたいのに、一切出来そうになかった。
そんなことをしてこの子に失望されたら俺、生きていける自信がない。樹海にゴーだ。
おかげで俺は二十歳になっても未だに童貞。悲しき性をもつ男としてこの場に立つ。
精霊ハーレムを作って毎日エロエロな日々を過ごすのが将来の夢だと言っていた十年前の俺、ごめんな。
なんというか、気付けばエメラルドや周りの人たちが『格好いい俺』を信頼し過ぎて、駄目なところが見せられなくなっててさ。
才能ない代わりに努力しまくってたら、いつの間にか世間的にも『黄昏の魔王』とかいうとんでもない二つ名を付けられるくらい凄いマスター扱いされていたのだ。
違うから。本当の俺はただ精霊が大好きなだけだから! 凄いのエメラルドだから!
美人で気立てが良くて強い最高の精霊だから結婚したい!
「マスター?」
首を傾げて不思議そうにするエメラルド超可愛い。
ただ、この世界において不思議なことに、これだけ美人ぞろいの『精霊に恋する人間』は少ない。
理由は一つで、そもそも種族が違うから。
見た目はほぼ一緒。違うのは耳が少し尖っているくらい。だが人間から生まれるのも一緒である。
精霊と人間の間に違いなどないと思うのだが、大多数にとっては違うらしい。
そして精霊に恋すると『精霊趣味』と迫害される訳のわからない世の中なのだ!
そのせいで、大っぴらにエメラルドを愛してると言うことが出来ない!
理不尽過ぎる! ぶっ殺すぞこのルール決めたやつ!
……だから俺は決めたんだ。
三年に一度、世界最高峰の精霊たちの大会である精霊大戦【ラグナロク杯】。
これに優勝した精霊とマスターは、
そして見事登り切った者たちは、頂上に住む神様からそれぞれ一つだけ願いが叶えてもらえるというのだ。
だから俺は神様に頼んで――この理不尽な世界を、誰もが当たり前に精霊を愛してもいい世界に変えてやると決めた!
「エメラルド、雌伏のときは終わりだ……動くぞ、世界を変えるために」
「ついに……」
五年前は彼女一人に負担をかけすぎて、最後の最後ですべてが台無しになってしまった。だからこそ、今度は失敗しない。
必ず、必ずまたあの舞台に立つ!
そして精霊ハーレムを作ってイチャイチャな日々を過ごすという十年前の俺の夢、今度こそ叶えてみせる!
「行こうか。私たちとともに、世界を変える覚悟を持った精霊たちを探しに」
「はい……私はどこまでもお供します。マスターが世界を変える、その光景を見るために」
そうして俺たちは地方都市ルクセンブルグの宿を出て、街の中央にあるコロシアムに向かう。
ともに夢に向かって戦う、精霊たちをスカウトするために――。
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