第6話 最初の一歩

 なぜか驚いているアマゾネスボルケーノを見ながら、とりあえず俺は目の前にある彼女の腕に優しく触れる。


「っ――⁉」

「素晴らしい動きだが、私のような人間相手にそんな大きく動く必要はないな」


 うむむ、常に鍛錬を続けてきたからこそのこの硬さ、素晴らしい。


 本当はこのまま彼女の全身の筋肉という筋肉をすべて堪能したいところではあるが、残念ながら彼女は敵対関係。このままいつまでも触らせてはくれないだろう。


 現に最初は呆気に取られていた彼女は、慌てたように後ろに下がり、そして不審者を見る目でこちらを睨んでくる。


 待って欲しい、何故そんな目をする。たしかにちょっと触ったが、コミュニケーションの一環だ! 決してやましい気持ちで触れていたわけじゃないんだ!


「……このアタイに、そんなことを言う人間は初めてだよ」


 そう言いつつもこれ以上こちらに危害を加える気もないらしく、俺は安心してエメラルドの下に戻る。


「いついかなる時でも冷静さを失わない……さすがですマスター」

「いったいなにを言っているのかわからないな」

「ふふふ。相変わらずマスターはとぼけるのが上手ですね」


 いや、とぼけてるわけじゃなくて本当に分からないんだけど……。

 

 そう追及するより早く、エメラルドが額にかいた汗を白いハンカチで拭ってくれる。


 その時々で触れる彼女の柔らかい指が気持ちよく、俺は昇天しそうな勢いだった。

 

 なにより近くで微笑んでくれる彼女の顔を見るだけでご飯が何杯でもいけてしまうくらい可愛い。

 ああ、エメラルド可愛いよ本当に。このまま抱き寄せて綺麗な髪の毛をさわさわしたい。


 もう細かいこととかどうでもいいや。


 とりあえず、俺たちの態度にアマゾネスボルケーノがやや困惑した表情でこちらを見ているが、これ以上騒ぎを大きくするつもりはないのだ。


 それならそれでいい。俺としても一発殴って満足はしたし、それよりエメラルドやブラックダイヤモンドといちゃいちゃしたい。


「さて……」


 とはいえ、まだ問題はなにも解決していないのもまた事実。俺としては彼女と背後にある孤児院を放置して、自分の欲望だけを解き放つのはさすがに申し訳なさが先に来るのだ。


 ……やはり、処分するのが先か?


「この男、なんつー目で見てやがる⁉ おい坊主、こいつは危険だ!」

「な、な、な……」

「ちっ! 完全に委縮しやがって!」


 なにか騒がしい彼らから一端視線を外し、ブラックダイヤモンドを見る。彼女はまだ事態を把握しきれていないらしい。

 一刻も早く彼女をヨシヨシして慰めたいところであるが、とりあえずこちらを睨んでいるゴミ屑をどうにかしないと。


「おいそこの貴様」

「き、貴様⁉ だから僕はこの街の領主の息子でザッコスって名前が――」

「喝!」

「ひゃ――⁉」


 俺の一喝に周囲の木々が揺れた、様な気がする。多分気のせいだ。だがこの場にいる全員が、驚愕した様子で俺を見た。


「お前も精霊使いなら姑息な手段を使わず、精霊大戦で決着を付けようという意地はないのか! 精霊使いの名が泣くぞ!」

「お、お前が先に殴って来たんだろ!」

「貴様はブラックダイヤモンドを泣かした。殴る理由などそれだけで十分だ」


 とりあえず、精霊使いなら精霊使いらしく、精霊同士を戦わせて決めるべきだろう。この場でお互いが争いあうなど、時間の無駄だ。

 俺はこのゴミ屑から背を向けて、少し怯えた様子の可愛い精霊のところに向かう。


「ブラックダイヤモンド」

「ひゃぁ⁉ は、はい!」

「もう一度だけ言おう。私がお前を救って見せる。だから、この手を取ってくれないか?」

 

 そうして俺は再び手を伸ばす。


「……あ」

「私なら、お前が知らない世界を見せてやることが出来る。そして、お前を縛っているすべての鎖を、引きちぎってやれる。だから――」


 俺はそれ以上なにも言わない。ただ黙って手を差し伸べるだけ。


「……あ、あぁぁ……あなたは、ボクを、助けて……くれる、の?」

「ああ」

「う、わ、あ……助けて……ボクを、孤児院のみんなを、助けて!」


 ブラックダイヤモンドの瞳から涙がぼろぼろと零れ落ち、そして思い切り抱き着いてくる。


 オ、オオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 ヤァワァラァケェェェェェェェェ!!!!

 カァワァァァァァァァァァァイイイイイイイイイイ!!!!!


 その柔らかい身体を堪能しつつ、俺は心の中で大喝采を上げていた。それでいて、彼女の身体を壊さないように優しく抱きしめ――。


「任せておけ。私がお前を、遥か高みまで導いてやる」


 ゴミ屑を無視して、俺は全力でブラックダイヤモンドの身体を堪能するのであった。


「そ、それがお前の選択なんだな屑鉄! 言っとくけど、僕の言うことを聞かないならこの孤児院も全部ぶっ壊してやるからな!」

「っ――!」


 ゴミ屑の言葉に腕の中のブラックダイヤモンドの身体が緊張で硬直する。

 俺はそんな彼女を安心させるように、少しだけ力を込めて抱きしめた。


「大丈夫だ」

「ぁ……」

「お前が怖いというなら、何度でも抱きしめよう。お前が助けてというなら、何度でも助けよう。だから安心するがいいブラックダイヤモンド。お前が私を選んだことを、絶対に後悔させない」

「……は、はい」


 先ほどまで泣いていたからか真っ赤に染まった赤い瞳で見上げてくる彼女はとても艶があり、正直俺の心臓はバクバクだ。


 しかも改めて気付くが、彼女はロリっぽい顔立ちの割に大きい! 服の上からでもはっきりわかるこの感触、とても柔らかい!

 

 こ、これ以上は不味いぞ! 俺のハートが爆発していろんなところに血流が!


 名残惜しいがこれ以上は俺がもたないので、彼女の身体をそっと放す。


「ぁ……」

「とりあえず、ここは私に任せておけ」


 そうして俺は心を鎮めるためにゴミ屑と向き合う。


 この男、さっきからなんか喚いていたが、正直ブラックダイヤモンドの身体を堪能することに集中し過ぎて何言ってるかわからなかった。


「――いいか! お前は絶対に叩きのめす! 先に啖呵を切ったのはお前だからな! 今度の精霊大戦で、絶対に辱めてやる!」

「……なるほど。良いだろう。もし私が勝ったら二度とブラックダイヤモンドや孤児院に手を出すな」

「はっ! いいだろう! お前みたいなやつに負けるわけないけどね!」


 よし、正直前後の内容はあんまり理解してないが、とりあえず必要な言質は取ったぞ。これで後は勝つだけだ。


 そうして日時を指定したゴミ屑はアマゾネスボルケーノを連れて去っていく。気になるのは、あの精霊が俺を得体のしれない者を見る目で見ていることくらいだが……まあいつものことか。


「さあブラックダイヤモンド。当面の脅威は去った。あとはお前を身請けするために、教会から許可を貰いたい。いいな?」

「あ……はい」


 色々と邪魔が入ったせいで時間はかかったが、これでようやく当初の目的通りだ。

 

 俺の精霊ハーレムを作るための第一歩を、ようやく踏み出したぞ!


「マスター、嬉しそうですね」

「ああ。とてもな」


 そんな俺に向けて微笑んでくれるエメラルド、マジ天使。愛してる。


 そうして俺たちは『三人』で、教会に向かって行くのであった。

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