第4話 お前が欲しい
精霊とはなんなのか、という話を語らせれば人によって異なるだろうが、俺に言えることは一つ。
とにかく可愛い!
「マスター? なぜかちょっと、不穏な空気を感じたのですが……」
「気のせいだろう」
俺たちは今、ガルハンの案内でブラックダイヤモンドが育った孤児院にやってきていた。
その孤児院を見て、エメラルドがどこか懐かしそうな、それでいて少し悲しそうな顔をする。
「似ているな。エメラルドが育った孤児院と」
「はい。精霊が預けられるような孤児院は、精霊教会が管轄していることが多いので……」
「自然と同じ作りになる……か」
孤児院は少し小さな教会をイメージした形だ。
ここできっと、精霊とはかくあるべきだということを教え込んでいるのだろう。
周囲には自然豊かな木々に囲まれて、子どもが遊べるような遊具もたくさんある。
幼い精霊と子どもが一緒になって遊ぶ様は、見ていて心が温かくなるに違いない。
……しかし、幼い頃から精霊たちを育てるとなると、悪い男がいたりはしないのだろうか?
こう、いたいけな少女たちを自分の都合の良い様に育てて「パパ大好き!」とか言わせてさ、そのまま大きくなったら美味しく頂いてやるぜとかいうやつ……いや、そういうのもシチュエーションも――。
「悪くない」
「そうですね。私もこの孤児院を見ていると懐かしい気持ちになります」
「……ああ」
あっぶねぇぇぇ!
ぽろっと零れた言葉に反応されて一瞬焦ったが、会話の流れ的にセーフだったらしい。
いや、本当に思うがこの子に軽蔑されたら俺、もう生きていけん! 絶対にこの本性だけは隠し通さねば!
「さて、とりあえずガルハンには外で待機してもらうとして……」
「まあ仕方ねぇわな。俺が行ったらあそこにいるガキども泣き叫んじまうし」
「精霊泣かしたら殺す」
「だからそうならないように離れるっつってんだろ! 怖ぇよアンタ!」
見た目もやってることも裏家業のくせに俺なんかにビビるなよ。
とはいえ、俺も人のことを言えない見た目をしているか。
銀髪に黒いサングラス、それに黒のロングコートとか完全に裏家業のヤバイやつだし。
この格好って本当に大丈夫なのかな?
「……エメラルド、私のこの格好、どう思う?」
「とても素敵ですマスター!」
「そ、そうか……」
普段は淡々と喋るエメラルドが間髪入れずに声を上げてそう言うのだから、大丈夫か。
「とりあえずエメラルドが最初に入ってくれ。精霊教会が管轄している孤児院なら、精霊が先に入った方が安心するだろう」
「はい。それでは行ってきますね」
そう言ってエメラルドが教会の鐘を鳴らす。すでにガラハンは離れていったので、俺は一人で手持ち無沙汰になってしまう。
「あの……ここに何の用ですか?」
「ん?」
不意に背後から声をかけられたので振り返ると、そこには見覚えのある黒髪の少女――ブラックダイヤモンドが立っていた。
「おお……」
「な、なんですか……?」
可愛い! 映像では何度も見ていたが、生のブラックダイヤモンドは超可愛い! なんだこの可愛い生き物は!
スカートの中からスラッと伸びた白磁のように美しい足! 服の上からでもはっきりわかる二つの双丘! クリッとした瞳はとても愛らしく、太陽の光を反射して輝く漆黒の黒髪!
セミロングくらいの長さに両括りにしていて、未成熟さを表しながらも身体は大人というこの矛盾!
手を出していいギリギリの年齢、そして手を出してはいけないのではないかというこの背徳感は、俺を惑わせてくる。
精霊装束と同じく黒を基調とした中に紅いラインの入った洋服も、良く似合っているじゃないか!
完璧だ! パーフェクトだ! エクセレーント!
く、なんて精霊だ! このままでは俺は、俺はぁぁぁぁ!
「あ、あの! 今日もボク、ちゃんと負けましたから! だから、だからこの孤児院には手を出さないでください!」
「……」
「ちゃんと負けます! これからも負けます! みんなに馬鹿にされてもいいし、罵倒されても大丈夫! 貴方たちが望むようになんでもしますから、だから、だから!」
涙を流しながら懇願する姿は、あまり見ていて気持ちがいいものじゃないな。せっかく心の中がハイテンションになってウキウキしていたのに、台無しだ。
まったく、これは困る。精霊たちはいつでも笑顔でいてくれないと。
「なにを勘違いしている」
「……え?」
「私は領主の関係者ではないぞ」
「え、えと……」
俺の言葉に戸惑った様子。
うん、こんな顔も可愛い。あとは俺に笑いかけてくれればパーフェクトだ。
「私はお前のことをずっと見ていた」
「え? わ、私を?」
「ああ……ゆえに、スカウトに来たのだよ。誰かのために戦い続ける不滅の輝きを放つ君の姿は、こんなところで埋もれていていい原石ではない。最強の頂きを目指すために、私とともに来て欲しい」
「え? えぇぇぇぇ⁉」
驚く顔も可愛いじゃないかぁぁぁ!
そんな会話にもなっていない、いきなりスカウトを始めた俺だが、先ほど言った内容はすべて本音だから仕方なし。
というかもうこれは運命! 俺とブラックダイヤモンドを結ぶ紅い糸は何人たりとも切ることなど出来ないのだ!
「マスター! 打合せと違うじゃないですか!」
「む……エメラルドか。仕方がなかったのだ」
「もう! せっかく孤児院のシスターから中に入る許可を得られたのに!」
基本的に俺のやることを全肯定してくれるエメラルドだが、今は少し怒った様子。多分、俺が他の精霊に対して褒めてるから嫉妬しているのだ。
「そう怒るな」
「怒っていません!」
これが精霊としてじゃなくて女の子としてだったらとても嬉しいのだが、この辺りの線引きはしっかりしている子なので、恋とか愛とか言う話ではないのが残念なところである。
「え、えーと……」
ちょっと怒っているエメラルドも可愛いしずっと見ていたいのだが、今は突然の出来事に戸惑っているブラックダイヤモンドが優先だろう。
「ブラックダイヤモンド。先ほど話した通りだ。私はお前を契約精霊としてスカウトしにきた」
「う、嘘だよ……だってボク弱いし、負けるだけだし……」
「それはお前の魅力をすべて引き出せなかった者たちが悪いだけだ。私の瞳には、お前はどんな宝石にも負けない強い魂の輝きを秘めていた。それこそ、王都で戦っているトップクラスの精霊たちと比較してもな」
そう、彼女は俺が見てきた精霊たちの中でもトップクラスの可愛さと魅力を秘めていた。
数多の精霊たちと戦って来た俺が言うんだから間違いない! それに多分……これは自信ないけど、この子の潜在能力は……。
「で、でもボクは――!」
「この街の領主に睨まれてる、か?」
「な、なんで知って……」
「口が軽くて顔が悪い、お節介な禿男がいてな。事情はすべて聞かせてもらった。そして、そのうえで言ってやろう」
――私は、お前が欲しい。
「あ……」
「私の物に手を出そうとする愚か者は、すべて叩き潰してやる。だから私の手を取れブラックダイヤモンド。そうすれば、誰も見たことのない高みまでお前を連れて行ってやる!」
俺の伸ばした手を、ブラックダイヤモンドは震えながら、それでもゆっくりと伸ばしてくる。
そのとても柔らかそうな手が触れあう、その瞬間――
「おいおい、なにやっているんだいこの屑鉄。お前みたいな残りカスの雑魚精霊が強くなんてなれるわけないだろう?」
「ひっ――!」
突然現れた乱入者の声に驚いたブラックダイヤモンドが、慌てた様子で手を引っ込める。
声のした方を見ると、こちらを馬鹿にしたように見下した笑みを浮かべた金髪の優男が立っていた。
そして俺は視線をブラックダイヤモンドに移す。
せっかくこのスベスベな手を合法的にニギニギできるチャンスだったのに……
「……許さん」
コイツ、ゼッタイ、ブッコロス……。
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