第十八話 各自、暴走を開始しました


「詠? そこにいるの?」


 梨紅は人の気配がする方に呼びかけた。


「ごめん、詠は他に飛ばされたみたい」


 ここには君と僕の二人だけみたいだ、とその声が続ける。


 梨紅と一緒にいるのは、──由希であった。


 詠がいない。そのことに心が冷えていくことを実感する。


 今にして思えば、幼い頃の梨紅は詠にべったりで、香夜に負けず劣らず彼に依存していた。だからこそ彼の両親の死をきっかけに引き離されたことは彼女の心に多大なトラウマを植え付けた。詠には伝えていないが、梨紅はその当時心を病み、陸上に打ち込むことでやっと本来の自分を取り戻すことができたのだ。


 童心にかえり、詠と再び強制的に引き離されたことで、そのことを思い出してしまった。ここは真っ暗で詠はどこにもいない。そばに、いてくれない。

 

 自分は、なにをしていたのだろう。

 たかが子供に戻っただけで浮かれてそんなことも忘れてしまうとは、この遊園地では──香夜が詠を奪うために画策をしているというのに。


 もし、香夜が詠と一緒にいるのであれば──危険だ。

 暗がりに連れ込まれてられかねない。そうなれば、また詠は梨紅から離れていってしまう。


 焦燥が心を苛む。

 瞳孔が開き切り、思考は深く沈み、思考が急速に病んでいく。

 出した結論はシンプルであった。


 ──香夜から、詠を助けなきゃ。


「えっと赤坂さん?」


 由希の呼びかけも耳に入らないし、前方から鬼火が揺らめき行手を阻んでいることも気にならない。一種のトランス状態に陥った。ただ心の奥底から想いが言葉を伴って溢れ出てくる。


「──『On Your Markボクは詠のもとに行くんだ』──」


 その言葉を発し、地面に前傾姿勢で手と膝をつく。


「──『Get Set邪魔をするものは』──」


 腰を上げ、クラウチングスタートの体勢へ移行する。


「──『Go!ぶっ飛ばす!』──」

 

 梨紅は走り出す。


 二歩目にはギアをトップにいれ、三歩目で音速を超えた。

 先程の言葉に想いが込められ、魔法となって顕現したのだ。

 壁を走り、ソニックブームで途中にいた鬼火のお化けを吹き飛ばす。


 由希はそれを見る前に衝撃波に巻き込まれ、お化けと一緒に宙を舞っていた。



 ●△◽️



 その頃、香夜は──魔法で壁を破壊、、しつつ最短距離で兄を探していた。


「香夜。まだ壁が残ってる」


 レナが淡々と指摘した。


「……ちっ!」


 魔法で壁を三枚しか撃ち抜けなかったことに思わず舌打ちが漏れた。

 魔力の遮断処理がされているため、魔法の通りが鈍い。


 こんなところで手間取っている場合ではないのに。もし梨紅が詠と一緒だったら──そう思うと、焦らすにはいられない。


 万が一にも、詠が梨紅とペアを組んでいたら、暗がりに連れ込まれてやることをやるに決まっている。

 奇しくも梨紅と同じことを考えていた。


 目の前に鬼火のような光が現れ、次第にヒトの形になっていった。


 ── 魔ノ力振まのちからをふるウモノ、コノやかたカラレ……ッ!


 ノイズ混じりの声が香夜に向かって放たれる。流石に壁を破壊したらお化けが行手を阻んできた。あきらかに人間ではないので、職員による遠隔操作された魔力の塊か、自立型の魔道具であろう。


「……邪魔をするなら容赦しませんので悪しからず」


 香夜は右腕を振るう。そこには黒く艶消しをされた特殊警棒が握られていた。

 想いが魔力を伴って世界を侵食していく。

 魔力が空間と摩擦を起こし、警棒の周囲がバチバチと放電した。


「──『消し飛びなさい』──」


 魔力の奔流が破壊の魔法と化し、お化けたちを粉々にした。


 まさにゴーストバスター。

 消滅をまぬがれた残りわずかなお化けたちは、襲うつもりが、反撃され、怯えていた。


 ──サ、さかラウ、ツモリカ……?


「だって、お化けは退治するものでしょう?」


 ──ちがウカラ! ココ、オ屋敷やしき! オケカラゲルトコロダカラ!


 だが、すでに問答は無用であった。

 再び魔法を行使した香夜は、残りのお化けを消し飛ばした。


 その間レナは物的証拠隠滅のために、通り過ぎた壊された壁を魔法で修復していた。お化けについてはカケラも残らず消滅したことから遠隔操作された魔力塊であると判明して修理はしなかった。相変わらず冷静なである。



 ●△◽️



 詠のターン。


 いきなりみんなとバラバラにされて動揺していたが、一緒にいるまりあを落ち着かせているうちに、自分がなんとかしなければと行動を開始した。

 今は彼女をエスコートしながらホラーハウス内を探索している。

 第一目標はみんなと合流すること。

 暗いけど目が慣れればそれなりに歩ける。どこからお化けが現れるかわからずドキドキしているが、男の子の矜持をしめすため彼女の前を歩いていた。


 そんななか前方より足音がした。

 警戒のため足を止めて息を潜める。じっとして通路の先を見つめる。まりあが詠の背中に隠れるようにしていた。ちょっと可愛い。


 すると現れたのは──


「梨紅たちだ!」


 梨紅と由希がこちらに歩いてくるのが見える。

 ホッとして声をかけると、二人はのたのたとゆっくり歩いてくる。不自然に俯き、身体がゆらゆらしている。


「……梨紅?」


 詠の呼びかけに彼女は俯けていた顔を上げた。


 ──その顔は腐って爛れていた。


 まるでゾンビである。

 幼馴染と友達の無残な姿に、二人して悲鳴をあげた。

 思いっきり後退る。


 それに反応したのか、梨紅と由希のゾンビの動きが急に速くなった。

 それまでのろのろ歩いていたのに、いきなり走り出したのだ。

 ゾンビのくせに走るなんてズルい。


「逃げろぉっ!」


 二人は悲鳴をあげながら駆け出した。本物よりかは足は速くないが、逃げきれない。

 よりによって通路は行き止まりだ。


「嘘でしょうっ!」


 壁に追い詰められた。

 思わず叩くが、もちろんびくともしない。


「詠くんっ、どうしようっ?」


 まりあが半泣きで縋り付いてくる。

 考えている暇はなかった。

 梨紅と由希に襲い掛かられる。


「逃げて!」


 まりあを横に突き飛ばす。


 詠は声をあげながら、由希ゾンビに体当たり、地面に倒すことができた。意外と弱いかも。次は梨紅ゾンビだ、と勢いよく振り向いたが、ゾンビは──偽物でも梨紅である。攻撃するのを躊躇ってしまった。その隙に引きずり倒される

 梨紅が覆い被さってきた。

 大きく口が開けられる。


 噛まれる。


 と目を瞑った時──

 後ろから巨人の足音もかくやという振動と重低音が響き渡った。


 ──ドンッッ!!


 横の壁が破壊される。瓦礫が舞う。

 等身大の壁穴から真っ白いしなやかな手が、砂煙を掻き分けて現れた。

 続いて現れたのは、能面のように無表情な香夜であった。

 後ろにはレナを従えている。


「……えっと、かぐや?」


 彼女は無言。

 瞳孔が開ききった眼で、詠に覆い被さった梨紅を見ている。特殊警棒から放電現象が巻き起こった。

 なにそれ超怖い。

 これは本当に香夜であろうか?

 いや、そもそも人は、壁を壊して現れるものだろうか?

 まさか、これも──お化け、か?


「──『死になさい』──」


 梨紅と由希のゾンビを吹き飛ばした。頭がひしゃげ、手足がバラバラになり、内臓が飛び散った。完全スプラッターであった。



 ●△◽️



 先に詠を見つけたのは、香夜であった。

 兄の匂いを追うという超常的な能力で彼を見つけ出した。愛の狩人である香夜にとっては造作もないことである。

 行手を阻む壁を何の躊躇いもなく破壊し、砂煙を掻き分けて大穴から身を乗り出した時に見えたのは──


 ──愛しの兄に覆い被さる梨紅アバズレの姿であった。


 その瞬間、香夜から表情が抜け落ちた。視界が狭まり、梨紅を排除することしか考えられなくなる。もちろんそばに転がって立ち上がろうとしている由希など存在すら気づいていない。


 想いは魔力となって現実を侵食する。つまり特殊警棒に放電現象が巻き起こったのだ。


 ぱっと、まだ事前である。取り返しがつかなくなる前に、この女を始末しておかなければならない。

 想いは殺意を伴って溢れた。


「──『死になさい』──」


 憎しみをこれでもかと込めて魔法を放つ。

 グチャグチャの細切れにしてやりたいという願望を魔法は叶えてくれた。

 このうえなく凄惨な光景が展開されたが、それを見てようやく香夜の思考は正常に戻った。


 これで邪悪は滅んだ。

 詠と自分を邪魔するものはいない。

 満面の笑みで詠の方を向くと──


「今度は香夜のお化けだぁ──!」


 なぜか悲鳴をあげて最愛の兄が逃げ出した。

 恋の狩猟民族である香夜は、脊髄反射で詠を追った。


 静止の声をあげようとした香夜は、詠とまりあをつなぐ手に再び我を失った。


「…………ッ!」


 最愛の兄を誑かすアバズレがここにもいたか──


「──『死にな……っ?」


 ── 魔ノ力振まのちからをふるウモノ、コノやかたカラレ……ッ!


 魔法が完成する前に、大量のお化けがポップアップした。

 香夜の行動を阻止すべく襲いかかってくる。


「──『邪魔をするなら、消え去りなさいっ』──」


 それを魔法で片っ端から破壊。

 次から次へと湧き出てくるお化けを片付け終えた頃には、詠とまりあアバズレの姿は見えなくなっていた。


 だが、匂いは追える。


「待っていてね、兄さん……」


 背後の壊れた壁を修理し終えたレナとともに最愛の兄を追った。



 ●△◽️



 詠とまりあは、お化け香夜に絶対に追いつかれてならないと恐怖心を煽られて、ひたすら足を動かしていた。心臓がバクバク、酸素を求めて喉がゼイゼイといっているが止まれるわけがない。

 すでに二人してガチ泣きしていた。だって子供だもの、こんな目に遭わされたら滂沱の涙が出ちゃう。

 幸いにも──なぜかは知らないが他のお化けが香夜を足止めしてくれた。

 お化けVSお化け──それに巻き込まれる観客という演出なのだろうか。なんにせよ今のうちに距離を稼がなければ。


 詠たちの行手にも鬼火が現れた。


「うわああああぁっ!」


 思わず足を止めて、すぐ脇にある通路を右に折れた。


「うわぁっ! うわあっ! うわあああぁ!」


 ところどころでお化けに驚かされながら、そのたびに通路を右に左に進行方向を変えていく。すでに自分たちがどこにいるのか、どっちに進んでいるのかわからなくなっていた。

 そしてついには──お化けたちに囲まれた。


「「あばばばばば──」」


 二人の精神は崩壊寸前である。


 そんな時、上から超高速で人影が落ちてきた。


 上から踵落としのこどく、お化けを踏みつけスタンピング

 轟音をたてて、ひしゃげ潰れる。

 隕石が落ちてきたかと思った。

 

 その人影は──梨紅であった。

 顔を上げてこちらを見た彼女は、焦点はあっておらず、表情というものが削げ落ちていた。


「詠を助けなきゃ詠を助けなきゃ詠を助けなきゃ詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を詠を……ッ!!」


 詠は知らぬことではあるが、この時の梨紅は昔のトラウマをこれでもかと刺激され、トランス状態──まあ、簡単に言えばまともな精神状態ではなかった。壊れたレコードの如く詠の名前を呟いている。


 詠はゾっとした。

 もちろん本物の梨紅であると思うはずもない。


「また、梨紅のお化け……?」


 なんなのここ。

 知り合いをお化けにして、さらに総出演させて、しかもこんなに凶暴にするなんて怖すぎでしょう。ほんとの子供ならひきつけを起こして心臓マヒまであり得るぞ。


 そんな詠の思考もなんのその、ものすごい勢いでお化けたちがホップアップする。


 ── 魔ノ力振まのちからをふるウモノ、コノやかたカラレ……ッ!


 それに反応したのか、梨紅が能面のような顔をお化けどもに向ける。言葉もなく戦闘態勢に移行した。

 子供になっても梨紅の足は長い。カモシカのような美脚であるが見惚れたいけない。あれは凶器なのだ。振り回した足刀は鞭のような鋭さと、斧の破壊力を持っており、お化けを八つ裂きにしていった。


 またここでも、お化けVSお化けである。お化け大戦争なの?

 詠はやけくそになりながら、まりあの手を引く。


「今のうちだ! 行くよ!」


 なんとかまりあをつれて逃げようとするが──


 それを阻むように、再び香夜が登場した。


「……ぁあああ……」


 絶望感に膝が折れる。


 彼女は、子供のくせして美しく、儚い雰囲気はそのままに、ただひたすら怖かった。

 そんな香夜は詠を視界におさめながらも、最大の障害である梨紅に意識を向けていた。詠とまりあは、ただ身体を縮こませて震えることしかできない。


 ちょうど周囲のお化けたちを一掃し終えたのか、梨紅は香夜と退治した。


 先に口火を切ったのは香夜であった。


「まだ生きていたのですか? この腐れアナが。今度こそ息の根を止めてさしあげましょう」


 その言葉に対する梨紅は焦点のあっていない瞳を香夜に向けていた。


「……香夜? お前さえ排除すれば、詠はボクの前からいなくならないよね? ずっとずっと、一緒だよね?」


 香夜の特殊警棒が魔力を纏い、梨紅の蹴り脚に魔法が込められる。


 それが当然の如く、──両者は激突した。


「なにこれ、貞○VS 伽○子をリスペクトしてんのっ?」


 その言葉を最後に、詠は気絶した。

 彼女たち二人が魔法を撃ちあった中心点で、大爆発が起きたからである。


 目が覚めたとき、そこは医務室でした。

 本日二回目。


 梨紅と香夜は、職員さんに怒られました。

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