第二十四話 本当の気持ち


 夜があけ、目が覚めたときには決意していた。


「うん……」


 手首のブレスレットに視線落として、梨紅は拳を握りしめた。


 そこからの行動は迅速だった。

 部屋を飛び出すとお風呂場に飛び込み、熱いお湯でシャワーを浴びた。カラスの行水並の速度で全身を洗い終えると、髪を乾かすのもどかしげに服に袖をとおして家から駆け出た。


 詠が病院に行くために家を出るところを待ち伏せするのだ。


 何時間でも待つつもりだったが、三十分も待つことなく詠が出てきた。


 彼は梨紅がいることに気付いたが、決してこちらと目を合わせなかった。そのまま彼女とすれ違い、病院に向かって歩き去ろうとする。


 ──俺は香夜と生きていく、と過去に言われた言葉が脳裏を過る。だが、梨紅はもう止まらなかった。


 香夜は詠の手首を掴んだ。

 力尽くでこちらを振り向かせる。


 そして、思いっきり頭突きをした。


「〜〜〜〜っ!」


 詠が声にならない苦鳴をあげた。

 顔をあげた彼とやっと目があう。


「なにすん──」


「──お前のことが好きだ‼︎」


 詠の言葉を遮ってそう告げた。

 彼の顔が痛みを堪えるように歪む。


「離してくれ!」


 その言葉からは詠の想いは不自然なほど何も伝わってこなかった。まるで心に蓋をしているかのように。


 詠がこちらの手を振り切って病院に向かった。想いを振り切るように駆け出す。


 梨紅はそれを追いかけた。

 走りで自分を振り切れると思っているのか。

 梨紅は詠の腕をつかまえた。


「行かせない」


 あの頃ような思いは一度でたくさんだ。


「引越しのときボクはお前を止めたかった。なのにどんなに走っても追いつけなくて、だからボクはずっと走ってきたんだ。いつかお前に追いつけるように、もう二度とお前に置いていかれないように速くなったんだ!」


 掴んだ手に力をこめる。


「お前はボクと離れたかったのか? 離れて平気だったのか? ボクはお前の本当の気持ちを聞いてない。言ってよっ。詠は誰が好きなんだっ?」


 ボクの心の内には詠がいる。どれだけ忘れようと思っても──忘れたと思ってもダメだった。それは、詠も同じ気持ちじゃないのか?


「言って……っ、詠の本当の気持ちを……‼︎」


 自分の想いの丈を言葉をのせて叩きつける。

 彼に届けと──心が叫ぶ。


 詠の腕から力が失われていった。その俯いた顔から雫が落ちる。

 彼の手首から鈴の音が聞こえた。それは詠の心から漏れでる想いの欠片かけらだった。


 まるで懺悔ざんげをするように、詠は口を開く。


「お前のことが、好きだよ」


 振り向いた彼は泣いていた。

 伝わってくる。詠の──閉じ込められていた想いが、香夜と生きていくことを決めたときに蓋をした、もう開くことはないと諦めていた、その想いが。


「ずっと、ずっと梨紅のことが好きだった」


 涙とともに溢れた想いはもう止められなかった。

 伝わってくる。

 梨紅のことが好きだった。気恥ずかしくて決して言えなかったけど、幼い頃からずっと好きだったのだ。彼女とこの先もずっと一緒だと思っていた。離したくなんかなかった。離れたくなんかなかった。この想いは絶対だと、そう信じていた。


 心が震える。

 やっと、彼と想いが繋がった。

 梨紅の目からも涙がこぼれ落ちた。


 いつの間にかふたりは抱きあっていた。無邪気だったあの頃のように。

 想いを言葉にする。ずっと昔から胸に秘めていた大切な想いを──


「ボクも詠のことが好きだよ」


 鈴の音が重なるとともに、ふたりの唇も重なりあう。


 初めてのキス。


 それは淡い初恋と、しょっぱい涙の味がした。



 ●△◽️



 この想いから目を逸らすことは、もうできない。


「でも梨紅を見捨てることはできないんだ」


 詠は苦鳴をもらすように訴えた。

 

「大丈夫だ」


 梨紅が真っ直ぐに詠をみて言った。


「世界を元に戻せばいい」


 ──ボクたちの目的は、世界がおかしくなってから何も変わっていない、と彼女は告げる。


 世界が元に戻れば、魔力もなくなる。

 ということは魔力欠乏症などというもの存在しなくなる。


 ふたりは真摯に想った──世界を元に戻すことを。


 そのとき梨紅のポケットが光を放った。


「おい、梨紅?」


「えっ? なにこれっ?」


 慌ててポケットに手を突っ込んでみるとそこには──


「──栞だ」


 いつか本を探し出して、世界を元に戻すためにと、入れっぱなしにしていたのだ。それが光を放っている。


「なあ」


「うん」


 詠たちは、祖父の手記の一文を思い出していた。


 ── 栞に導かれて本を見つけた。


 詠と梨紅は互いに頷きあい、光が指し示す方向へ歩き出す。導かれるように足を進めると──


 ──そこは病院だった。


 ある予感がした。


 光を追って病院内を歩く。


 たどり着いたのは、人気のない旧病棟。


 そこには、──本を持つ香夜が佇んでいた。レナを従えるようにして。


「やはり、こうなってしまったのね」


 詠たちがある種の第六感が働いたように、香夜たちにもそれがあったのだろう。


「この本は渡さないわ」


 ──この世界ならわたしは兄さんと結ばれることができるのだから。


 最終決戦がはじまった。

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