第七話 香夜の異常な恋情
土曜の休日。
香夜は部屋でレナと作戦会議をしていた。
なんの?
もちろん兄ラブゲッチュー作戦だ。
香夜は実の兄である詠に恋愛感情をもっている。愛しているのだ。
親友であるレナはそのことを知っていて、協力をしてくれている。
レナの性格を一言で表すならば『ラブイズオッケー』愛があればすべて許されると本気で思っているし、事実平然と宣う。腹黒で実は頭の回転がすこぶる切れるクールロリだ。
彼女がこんな性格になったのは破天荒な両親の影響だろう。お互いに大勢の愛人がいながら未だに愛しあっているおかしな夫婦。そんな親に育てられた彼女だからこそ愛があればそれで良いと奔放な性格になったのだと推測できる。そして彼女は
だがしかし、香夜は実の兄である詠を愛している。そこでレナのとった行動というのが、なぜか香夜と詠をくっつけることに協力するというものだった。その交換条件が二人が付き合うことができたら、私を愛人にして、ということ。香夜の愛が本物であることを認めたレナは、自らの正室に香夜を迎え入れるのを諦め、自分が愛人ポジションにおさまることを望んだ。
香夜は悩んだ。
レナの悪辣な頭脳と冷静な行動力。なにより愛さえあればすべて良し、愛はすべてを凌駕するという思考は、詠と結ばれるために必要になると考え、肉を切らせて骨を絶つ覚悟で彼女の
だが、即座にレナが愛人になったわけではない。香夜のファーストキスもバージンも、すべて詠のものなのだから。しかし抜け目のないレナにセカンドキスとセカンドバージンを約束されてしまった。そのための双頭バイブも買ったという。その行動力に背筋が寒くなるときがあるが、レナは親友であり協力者なのだ。
そのふたりは受験勉強そっちのけで詠攻略について話しあっているのだ。
「まず必要なのは言葉にだすこと」
レナはそう言った。
「好きだって?」
「そう。想いを言葉にのせることによって、影響を与えられるのは世界だけじゃない。人も影響を受ける」
「なるほど」
魔法理論で習った魔法の基礎の基礎だ。
「この世界は想いがすべてなんだよ」
香夜は頷いた。兄さんを好きだという想いは誰よりも強いのだ。
「ありがとう。レナ」
「うん。早く結婚して、私を愛人として囲ってね」
「…………」
真顔で言った。純度100%で本気だった。香夜は頬をひきつらせる。
まあ、いい。背に腹はかえられないのだ。
落ち着くために卓上のマグカップに口をつける──頬を染めながら。
言うまでもないことだが、このマグカップは兄のものである。
それを視てレナが一言。
「まさかとは思うけど、それって……」
「もちろん、兄さんの使用済みよ」
朝に兄さんが使ったものをそのまま使っている。洗うなどもったいなくてできるわけがない。
「香夜って常にブレないよね」
「あたりまえじゃない」
「アブノーマルをすでに超越してるよね」
「そんなに褒めないで。照れるわ」
「……その一途さは素直にすごいと思う」
「うふふふ。兄さんはわたしのものよ」
不気味に笑う香夜。
それにかまわずレナはわき道にそれていた話を本題に戻した。
「でも、大丈夫? おにいさん出かけているんでしょう、
香夜はそのことを思い出して忌々しげに唇を歪めた。
「告白でもされたら作戦がだめになるよ」
「そんな心配いらないわ。あの女が兄さんに告白するなんてありえない」
あのチキンは好きだと言いもしないし、訊いても決して認めないくせに、兄を独占しようとする毒婦なのだ。わたしはどれだけ好きと言っても届かないのに、あの女は一言でも好きといえば兄を手に入れることができるのに、絶対に好きだと告げようとしない。
そんな同じ土俵に立てもしない女のくせに、兄と一緒にいたいと願うのだ。本当に憎らしい。
今日もなにかを探しに行くといってふたりで仲良く出かけていった。
でも、そんな日々ももうすぐ終わりを告げる。この作戦で必ず兄を手に入れてみせる。
「──ふふふふふふふふふふ」
香夜の口から黒い笑いがもれた。
「……あ」
レナが香夜の背後を見て声をあげた。
──スパーンッ!
衝撃が香夜の頭頂部を襲った。
「いったあ──い!」
涙目で振り返ると、我が麗しの叔母が丸めた教科書で肩を叩きながら立っていた。
「あ」
「あ──じゃない。勉強もせずに気味の悪い笑い声をだしてるんじゃあない」
しかも、と叔母の深月は頭痛をこらえるように言った。
「なんで、詠の部屋にいるんだ?」
「なんでって?」
香夜はなにを当たり前のことをと思いながら、
「兄さんの部屋で、兄さんの匂いに包まれながら、兄さんを落とす算段をつける。これすなわち──愛ゆえの行動です」
──スッパーンッ!
先ほどより強く叩かれた。
「……い、痛い……」
香夜はよろよろと兄のベッドに突っ伏した。
……くんくん。あ、兄さんの匂い。陶酔しかけるが、──憎いあの売女の匂いも若干ながら混じっていることに気づいた。
「あのくされ
「病気だ、おまえは……」
あきれ果てたように呟き、
「そんなことをしている暇があったら、まじめに勉強をしろ。勉強を」
気をとりなおして香夜はベッドから顔を上げ、頬を膨らませて抗議した。
「そんな勉強勉強って教育ママみないな了見の狭いこと言わないでよ」
すると盛大なため息をつかれた。
「義娘が実の兄を愛している──という現実を受け入れている時点で十分に広いと自負しているのだが……」
確かに、と思わず頷いてしまった。
どこの世界に義理の娘が実は兄が好きだという相談にのってくれる義母がいるのだろうと思ってしまう。まあ目の前にいるのだが。
ここまでの会話でわかるように、叔母は香夜が兄を好きだと言うことを知っている。引き取られて間もなく打ち明けていたのだ。当時はあきれ果てたような、困惑したような、痛ましいものを見るような顔をされたが、きっちりと受け止めてくれ、応援するわけにはいかないが、思い詰めたら相談に来いと言ってくれた。きちんと助言もしてくれる。
香夜は義母に対して天使のように澄みきった笑みをうかべた。
「安心して
再び頭をはたかれる。
「いたいっ?」
「恋愛もいいけれど、受験生はまず勉強だ。ここじゃあ集中できないようだから図書館にでも行っておいで」
そうやって追い出された。
「もう、強引なんだから」
ぶつぶつと文句を言いながらレナとともに図書館への道を歩きだした。
「でも、ちょうどよかった」
そう言ったのはレナだった。
「さっき話したのは作戦の最終段階の肝となる最重要事項を調べたいところだった」
「最重要事項って?」
「民法4編第2章」
「……なにそれ?」
「──婚姻について定めた法のこと」
兄妹でも結婚できる方法を調べるのと、レナはクールロリの二つ名にふさわしい冷たい表情で言った。それはほんの少し黒くて底の知れないものを感じさせた。
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