第十二話 神のみぞ知る未来


 詠は遊園地テーマパークのゲート前を目の前にしてすでに疲労困憊であった。


 道中で梨紅と香夜の衝突が絶えなかったのだ。

 なにを警戒しているのか梨紅が香夜の意見をことごとく却下した。

 香夜が右の道を行こうとすれば左を選び、魔導列車電車で行こう言えば大型空飛ぶ魔法の絨毯バスで行こうと主張する。


 朝から争いが続き、それぞれをレナとまりあが仲裁してくれなければここまで辿り着くことすらできなかったであろう。


 ──こいつらを仲良くさせるのって無理じゃね?


 遊園地に着く前から、目的達成の困難さに詠の心は折れかけていた。

 ぐったりする詠の前で、梨紅と香夜は至近距離で睨みあっていた。


「なにをおっしゃっているのでしょうか? ここは『冬』一択でしょう」


「そっちこそなにを言っているのかな? 『夏』しかないよね」


 説明しよう。

 この遊園地テーマパークは敷地内で春夏秋冬の四季に分かれていてそれぞれの季節の遊びができる。

 夏ならプール。冬ならスキーやスノーボード。


 ここで彼女たちが言い争っているのは、まず遊園地内のどこからまわるかということだ。

 第一に香夜が『冬』を挙げた。

 スキーやスノボーの板は魔具であり魔力を推進力にして、雪山を登ることもできるのでリフトなしで遊べ、魔力次第ではアクロバットなこともできるのがウリである。


 もちろん、これに梨紅が反論した。

 彼女は真反対の『夏』を推した。

 なんとプールの水が、巨大な球状に空高く浮いており、そこで遊泳できる。

 魔力で息が続く魔具もレンタルしており、簡単に潜って遊べるし、水球プールから四方八方にダイナミックな伸びる水の滑り台ウォータースライダーがウリだという。


 メンチを切りあう二人を見て、まりあと由希は苦く笑っている。

 この争いを収めてくれたのはレナだった。


「香夜。おにいさんが呆れてるよ」


 物理的に梨紅と香夜の間に身体を割り入れる。

 レナが香夜を見上げて言い募る。


「ここで言い争いに勝つことが目的じゃあないでしょう」


 香夜はその言葉に冷静になったのか、ふむと一度頷き梨紅に視線をやる。


「大人気ない梨紅さんに、ここはわたしが折れて差しあげます」


 その顔は、年下に気をつかわせるなんて恥ずかしくないんですか? と言わんばかりであった。


 カチンときた梨紅が声をあげようとしたが、それを諌めたのは、まりあであった。


「まあまあ、梨紅ちゃん。ここは要望が通ったんだから良しとしておこう? ね?」


 梨紅は忿懣遣ふんまんや方無かたない様子だったが、まりあの言葉とやわらい笑みになんとか矛をおさめた。


「……じゃあ、夏エリアに行こうか」


 ゲート前で言い争うこと十分弱、ようやく決着がついたことにホッとした詠はみんなを先導した。

 夏の入り口を抜けると、そこは常夏の楽園のようであった。

 まだ気温は変わらないが、泳げるところまで行くと温度も三十度近くまで上がるようである。


「更衣室で水着がレンタルできるみたいだから、プール前に集合としようか」


 女子グループは、なるべく梨紅と香夜を接触させないようにレナとまりあが間に入りつつ更衣室に向かった。

 それをハラハラとしながら詠は見送った。

 更衣室で一波乱なければ良いが、どうだろうな。

 思わずため息が漏れた。

 そんな詠の横に由希が寄ってきた。


「とても得難い経験をさせてもらっているけれど、今日は無事に帰れるのかな?」


 秀麗な顔に憂いを浮かべた由希が問いかけてきた。

 どんな表情でも美形は絵になるなと現実逃避気味なことを考えつつ、詠は肩をすくめた。


「俺もそれが心配だよ……」


 なんであのときの自分は、常に戦争中の二人を終戦に導けるなどと思ったのだろう。

 そんなことができるのであれば、とうの昔にやっているはずだ。

 あのときのアレは天啓ではなく、悪魔の囁きだったのでないだろうか。この身が破滅しなければ良いが。

 詠は嘆息して肩を落として水着に着替えるための更衣室に足を進めた。

 そんな自分の肩をぽんと由希が叩いた。


「なるべく僕も仲裁するように努めるけれど、ダメだったときの戦後処理は任せるからね」


 その言葉に天を仰いて嘆いた。


「神様。どうか今日一日が何事もなく過ぎ去りますように」


 その願いが叶うかは神のみぞ知るところであった。

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