第十一話 追い詰められた者の閃きは大抵こんなもん
詠は頭を抱えていた。
梨紅には、ああ言ったが、あの場にいた三人目の最有力候補が香夜であることは間違いない。
香夜はあのとき本を持っていなかったが、どこかに隠しておく、または誰かに預けているという可能性もある。
それを尋ねても、兄さんは梨紅さんの味方なんですよね?
そんな兄さんに話すことはありません、と本のことについては知らぬ存ぜぬを貫いている。
その姿からは拗ねて詠を困らせようとしているのか、それとも本を香夜が持っていて、それを隠そうとしているのかを区別することはできなかった。
どれだけ詠が謝り倒しても、梨紅の味方をしている限り、状況は動かない。
どうするべきか、途方に暮れている詠にそのとき天啓が降りた。
そもそも、梨紅と香夜の仲が悪いのが良くないのだ。
ならばこれを機に、長年にわたって戦争状態であった二人を和解させて終戦に持ち込んでしまえば良いのだ。
二人が仲直りすれば、三人目が香夜であろうとなかろうと本の捜索に香夜も協力してくれるはず。
世界を元に戻すため、さらには詠の平和を守るため、決意は固かった。
天啓にうたれた身体を硬直させたまま詠はその考えをどのようにすれば実行可能かを考えた。
遊園地はどうだろう。
メンバーは詠と梨紅、かぐや、レナ、まりあ、由希。
三人だとその場で戦争が勃発しそうなので、レナ、まりあ、由希も誘って緩衝材になってもらおう。
そこで楽しく遊べば自然と仲良くなるのではないか?
「よし!」
そうと決まれば、早速明日にでもみんなを誘おう。
追い詰められた人間が思いつくことなど、大抵が破滅の序章である。
●△■
「遊園地、ねえ……」
梨紅は詠の誘いを受けて帰路につくところだった。
香夜を籠絡するためだと言われたがいまいち腑に落ちない。
メンバーについても、詠が由希を誘うので、梨紅はまりあを誘ってくれと言われた。香夜はレナを誘うように伝えたとのこと。
梨紅は幼馴染の勘で、詠がなにかを企んでいると気づいたが、それがなにかまではわからない。
ただ、隠し事をされていることに不貞腐れていた。
「梨紅、もう帰るのか?」
「あ、はい。お邪魔しました」
階段を降りたところで深月に声をかけられた。
「ああ、遊園地に行くことになったんだってな」
「そうですけど」
相変わらず耳が早い。
「これを持っていくと良い。きっと役に立つだろう」
渡されたのは──手のひらに収まる大きさの薄いビニールに包まれた──コンドーさんだった。
梨紅はバっと真っ赤になった顔をあげて口をパクパクと開閉した。
驚愕のため声にならない。
深月は腕を組みながらうんうんと宣う。
「いきなり子どもができてもマズいだろう。だが、詠がそこまで考えて用意しているとも思えないからな」
「何を考えているんですか!」
やっと声が出たが、深月は口の端を上げてなんてことないように言った。
「何をってナニだが……お前は考えてないのか?」
「考えるわけないでしょう!」
「香夜は考えているぞ」
絶句した。
「あれは、チャンスがあれば既成事実を作りにいくつもり満々だ」
しかも排卵日をあわせていく可能性まであると深月は口にして、梨紅を見据える。
「お前は何も考えなくて良いのか?」
いや、さすがにあのブラコン妹でも、そこまでやることは──
──ありえる。
でも、詠とそんな関係になるのは、まだ早い。絶対に早い!
でもでも、香夜に先をこされて、兄妹で爛れた関係にさせるわけにもいかない。
頭がぐるぐるしてきた。
深月が悪魔のささやきを落とした。
「とりあえず、キスぐらいから始めたらどうだ」
──それだ!
キスならばできる。
よし、と梨紅は気合を入れた。
「明日、頑張ってくればいい」
ドア・イン・ザ・フェイスという交渉術がある。
最初に敢えて過大な要求をぶつけて、続いてハードルを下げた要求をすると、それが通りやすいというものだ。
それにまんまと、のせられた梨紅。
「まだまだアマいな」
深月はニヤリとした笑みを浮かべた。
これで、身内で近親相姦に至る可能性をつぶせればよい。
いい加減、詠と香夜が二人きりにならないようにしたり、深夜に香夜が詠の部屋に忍び込もうとするのを牽制したりするのも疲れた。彼女が詠のいない時に彼のベッドで声を殺しながらモゾモゾしているのには、義母の情けで気づいていないふりをしてあげている。
問題のある子ども親になると気苦労が絶えないのだ。
●△◽️
香夜とレナは作戦会議を行っていた。
もちろん、詠に誘われた遊園地でいかに
まずは既成事実をつくること。
一発で子どもができるのがベスト。
生でするのが望ましいが、念のため穴あきコンドーさんを用意しておく。
香夜はほくそ笑みながら事前準備を欠かさなかった。
香夜──とレナが呼びかけてくる。
「いきなりそれは引かれるから、まずは告白からだよ」
「わかってるわよ」
でも告白の勢いで行くところまで行く可能性はあるでしょう? と香夜は続ける。
実のところ、マジで狙っている。
それはあるだろうけれど、とレナは言い募る。
「子供ができる前のイチャイチャ期間が長い方が良くない?」
「……確かに」
兄さんの子どもは欲しいが、二人だけの期間も捨てがたい。
それに──
「子どもに注がれる分の愛情も独占したいでしょう?」
「それもそうね」
香夜はあっさりと意見を翻した。
手のひらクリンである。
レナがそれを見てくすりと笑う。
「おにいさんにかまった後は子供ではなく、私をかまってくれないと困るしね」
そう小声で呟いていたが、もちろん香夜には聞こえなかった。
「じゃあ、具体的に言って作戦をねっていきましょう」
二人の前には、遊園地のパンフレットがあった。
それぞれの思惑が交差して明日を迎える。
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