第十三話 マジかこいつ


 梨紅は、ここまではまずまずだと胸を撫でおろした。


 香夜への警戒度は常にないほどのマックス状態だ。

 彼女を絶対に詠と二人きりにはさせてはならない。

 その瞬間から、連絡が取れなくなり、気づいたら既成事実が──ということになりかねない。

 何一つ香夜の思い通りにさせてはならない。そのつもりで行動しないと。


 今のところ道中、そして遊園地内の香夜の意見を拒否できている。

 この調子で、香夜の狙いをことごとく跳ね除け、かつ可能であれば詠とキ、キスをする。

 それが本日の目標だ。


 梨紅は水着のカタログに目を落とした。

 この夏のテーマパークのウリの一つに、水着のレンタルがある。

 この水着はなんと、どのようなデザインでも好きに変えることができる魔具なのだ。魔法ってなんでもありだなと思いながらカタログのページをめくっていく。

 まりあが楽しそうに話しかけてくる。


「梨紅ちゃんはスタイルが良いから、なんでも似合うよね!」


 あんたの乳のデカさには負けるがな、親父みたいな口調でツッコミそうになった。

 だが確かに梨紅のスタイルは悪くない。小胸ちゃんBカップだが、スレンダーでカモシカのように長い手足、腰の位置が日本人離れして高く、それにきゅっと上がった小さなプリケツがチャームポイントだ。

 それを最大限活かした水着を探して、詠にアピールをしなければならない。


 いつもはスポーティな物を選ぶが、今回は少し攻めてみるべきか?


 ワンピース型ではなく、ビキニのページを開く。

 小さめの胸をカバーしながら、お尻を良く魅せる水着はどれだろう。

 候補を3つまで絞ると、梨紅は置き型のフィッティングルームカーテンタイプのひとつに入った。

 こういうところは現実世界も、魔法世界も変わらない。

 大きな鏡のある狭いボックスだ。


 候補1、オフショルダービキニ。

 胸の部分がふんわりひらひらしていて小さな胸を隠している。下は普通のビキニタイプ。

 なかなか良いが、自分には可愛いすぎるデザインかもしれない。


 候補2、バンドゥビキニ。

 スレンダーをあえて強調するデザインだが、ブラトップの部分がチューブタイプになっていて横長ラインを作ってくれるのでバストの形を気にしなくていいとカタログに書いてあった。

 おお、これは良いかも。デコルテも綺麗に見える。梨紅は腕を頭の後ろに組んでポーズをとってみた。照れたのですぐにやめた。顔が熱い。


 候補3、マイクロビキニ。

 言わずと知れたトップ、ボトムともに非常に小さい布地で作られたビキニタイプの水着である。色は黒を選択。

 ちょっと、いやかなり攻めてみたが、これは──


「ありえない。こんなんで詠の前に出れるか……っ!」


 布面積がなさすぎて危険すぎる。

 外国の女優並みにプロポーションが良くて、かつ自分に自信がないとこんなの着て歩けないだろう。

 これは無しだ。


 梨紅は候補1と2で悩む。


「2にするか」


 下のパンツは勇気を振り絞ってセミソングカットにしてみた。

 カタログにお尻の面積を広めに見せてくれるカットラインで、プリケツが狙える絶好の形と紹介されていた。

 簡単に説明すると、お尻のカットライと腰のサイド部分の紐が、通常のものより細くなっていて、プリケツかつ腰の位置が少し高く見えるから足長効果もあるのだ。

 かなり照れるが、ここは攻めるべきところだ。もちろん詠の前では恥ずかしがらず当然という顔で接することにする。

 もし詠がそのお尻恥ずかしくないのとでも言われたらその場で死ぬ自信があるが。


 デザインが決まったので、続いて色を選ぶ。

 水着の色をカメレオンのこどく変えていく。黒は大人すぎるし、白は清楚だが透けるかもしれない、紺はスクール水着みたいだし、赤は派手だ、ピンクは自分には可愛すぎる。パステルカラーも可愛いが自分に似合うか? 色は柄物に移っていく。ゼブラ柄、チェック柄、花柄、豹柄、水玉、と見ていくうちによくわからなくなってきた。


 梨紅は首を横に振って一度落ち着いた。

 ここはカタログに頼るべきだろう。ペラペラとページをめくると小胸ちゃんにおすすめな色が特集されていた。

 おすすめは、白色か、黄色などの暖色系。

 白色は、膨張色なので、バストを大きめに見せることができる。

 黄色は、プールの日差しによく合うい、明るい雰囲気にもなる。

 逆に小胸ちゃんが絶対に選んではいけないのが、黒色、また青色などの寒色系。

 とくに黒は、女子人気も高く、比較的男性ウケする色だが、最もバストが貧相に見えてしまう。

 魔法の水着は透けることがないので、お好きな色をお選びくださいと注意書きがあった。


「なるほど。透けないのなら白かな」


 白色に変えた水着で角度を変えて鏡を見てみる。

 悪くない、いやむしろかなり良いのではないか。清楚かつ可愛い。

 梨紅はこれに決めた。


 水着のままフィッティングルームから出ると、まりあがまだカタログを見て唸っていた。

 顔を上げると、彼女はぱぁっと微笑んだ。


「梨紅ちゃん、すっごい可愛い! 似合う!」


「ありがと」


 少し照れつつ、まりあの隣に座った。


「決まらないの?」


「うん、ちょっと悩んでる」


 話を聞くと、大きな胸が注目されると恥ずかしいので避けたい。

 今まで胸が大きすぎて選べるデザインが少なかったから、こんなに候補があると目移りしてしまう。魔法の水着は自分のスタイルにジャストフィットで変わってくれるのが素敵すぎると切々に訴えられた。


 小胸ちゃんの梨紅には縁のない悩みであった。

 多数ある候補を横から見せてもらう。


「これなんて、まりあに似合いそうだけど?」


 指差したのは、ホルタータイプのビキニだ。しっかり寄せて上げて大胸をホールドしてくれる。その分、谷間がすごいことになりそうだが。


「うーん。可愛いんだけど、胸が……」


 胸を手で隠すようにうつむく。可愛いなこいつ。たしかに胸の谷間がガッツリ目立つ水着なので、まりあの性格だと少し羞恥心が勝つかもしれない。


「なら、これとかは?」


 続いて指差したのは、オフショルダービキニだ。小さい胸の味方だが、大きな胸もカモフラージュできる万能水着なのである。

 肩紐があるタイプもあるので、胸がこぼれる心配も減らせる。


「あ、可愛い……」


 でも、と躊躇いがちにカタログのパンツのところを指さす。


「上がひらひらな分、対比で下が布が少なく見えて恥ずかしいかも」


「なら下はスカートタイプにすればいいんじゃないかな? ほらこれも可愛い」


「あ、ほんとだ」


「よし、さっそく試着してみよう!」


 フィッティングルームにまりあを押し込み、カーテンを閉める。


 魔法なので、すぐ着替えは済むはずなのだが、中でもじもじしてる雰囲気がする。


 梨紅はカーテンの隙間に頭を突っ込んだ。

 きゃっ、まりあが可愛らしい悲鳴をあげた。


 すでに色まで変えている。淡い水色の花柄でひらひらで大きな胸も、腰元もうまく隠れて過度な露出は控えている。まあ、水着としての露出は多くないけど、ヘソだし超ミニスカートと考えれば十分に艶かしい格好だ。


「うん、似合ってるよ。とっても可愛い」


「そ、そうかな……」


 照れて俯くまりあ。そんな彼女を梨紅は天使ではないかと半ば本気で疑っている。


 その隣のフィッティングルームで知っている声がした。


「レナ。これは兄さんの好みだと思う?」


 カーテンの開く音が聞こえる。

 まりあのいるフィッティングルームから首を抜いて、梨紅は思わずそちらを見た。


「マジか……っ」


 梨紅は戦慄とともにそう呟いた。


 香夜の姿はほぼ99%肌色だった。

 それはVの字の紐であった。

 梨紅はそれを水着とは決してに認めない。乳首とあそこの紐部分が少し広がっており辛うじて大事なところを隠しているだけの代物だ。


 ──痴女かこいつは?


 香夜の水着姿を見た周囲の人々がざわつく。

 たとえ詠を落とすためだとしても、こんな格好でプールのテーマパーク内を歩くつもりなのか。香夜は露出狂の変態なのか。はたまた正気なのか。


 ちなみにレナはスクール水着。ゼッケンに[5-3 れな]と書かれている。

 それに対して突っ込む気にならないほど、香夜の姿はイカれていた。


「おにいさんに対してその水着はちょっと早いと思う」


 将来の倦怠期まで取っておいて、今は大人しめにしておくべき、とレナは続けた。


「そうかもしれないわね」


 その言葉に納得した香夜はまたフィッティングルームの中に消えた。その間、周囲の視線はまったく気にしていなかった。


 知り合いと思われたくないので、梨紅は香夜に声をかけず、まりあを連れて先に詠たちとの集合場所へ向かった。


 そう大差ない時間で集合場所に現れた香夜の水着は、シンプルな黒ビキニだった。

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