第四話 すべての始まり


 生前の祖父は近所でも有名なほどオカルトに傾倒していて、家の中にも用途のわからないガラクタがたくさん転がっていた。売れば金になるのか、それともただのゴミなのかも区別がつかない。

 それでもこの春休みの間数日にわたって片付けたかいがあり、あとは祖父の個人的な書斎だけで終わりだ。


「これまた、すごい量の本だね」


 梨紅が、はーと息をつきながら壁一面の本棚を見上げた。


「そうだな」


 詠は机の上や床にまで本の波が侵食しているの見て腰を叩いた。

 明日は入学式だか、筋肉痛で迎えることになりそうだ。

 ちなみに梨紅はまだ元気溌溂としていた。ここら辺に中学三年間を陸上の短距離走にささげて全国にまで行った梨紅と、帰宅部を中学三年間つらぬいた詠との差であろう。


「さっさと片付けよう」


日が暮れる前には終わらせて、夜だけでもゆっくりしたい。


「そだね」


 早速作業を開始する。

 用意した段ボールに本を詰め込んでいく。それをひたすら繰り返すと床が見え、本棚が空になっていく。

 長らく人の出入りがなかったからか、埃がすごい。天井に蜘蛛の巣まではっている。

 鼻がムズムズしてくしゃみが出そうになるが、そこは何とか我慢する。


 そうして作業すること数時間。

 机の本を片付けて、引き出しに入っている紙束を出していくと、違和感を覚えた。

 引き出しの底が浅い?


「永、どうしたんだ?」


「これなんだけど」


 そう言って引き出しの底を叩いてみせる。


「二重底になってるみたい」


「へえ、なんかミステリー小説みたいじゃん」


 二人して引き出しを抜き出して解体作業に入る。

 そこら辺から引っ張り出してきたマイナスドライバーを駆使して底を剥がしていく。

 中から出てきたのは一見すると絵本のような薄い本だった。


「これで、祖父さんのエロ本とかだったら興醒めだけど」


「違うんじゃない? ほらしおりが挟んであるし、それに……」


「ああ、なんか呪いの本みたいな感じだよな」


 絵本のように薄いのに、奇妙な存在感があった。

 表紙を見ているだけで肌が粟立つ感覚があり、示し合わせたわけでもないのに二人して腕をさすっていた。

 二人は視線をあわせ、無言で頷いた。

 詠がゆっくりと表紙触れないように、栞に指をかけた。

 その瞬間だった。


 ──勝手に本が開いた。


 光があふれた。

 咄嗟に手で光を遮り、目を閉じる。

 脳裏に声が聞こえた。


 ──願え。強い想いこそすべてを叶える力となる。


 すべては一瞬の出来事だった。

 狐に化かされたような気分で二人は視線をあわせる。


「……梨紅?」


「なに詠?」


「なに今の?」


「ボクにわかるわけないだろう?」


「夢じゃ、なかったよな?」


「白昼夢の可能性は否定できない、かな」


 二人は恐る恐る本を見おろした。

 開かれたと思った本は再び閉じており、存在感のある表紙が目に入る。

 栞はどこかにいってしまったのか、どこのページが開かれたのかすら定かではない。

 祖父は無類のオカルト好きで、今まで片付けていたものもそれ系統の物ばかりだった。

 ガラクタだと思っていたが、その中に本物が混じっていたのかもしれない。


 二人は視線をあげて、意思疎通をはかった。


「「見なかったことにしよう」」


 詠と梨紅は急いで二重底の引き出しに本をしまい、丁寧に底をはめる。

 なるべく刺激しないように、そっと机の中に戻した。


「さて、片付けの続きをしようか」


「そだね、今日中に終わらせないとだしね」


 それからは無言で片付けを急いだ。

 かつてない集中力を発揮して片付けを終わらせると、詠と梨紅は駆けるように祖父の家を出た。

 いつもは意識せず閉める鍵を、本日に限っては封印をする気持ちでかけた。

 可能であれば、記憶にも鍵をかけて忘れてしまおうと思いながら。


 家に帰ると、深月が出迎えてくれて、片付けのお礼ということで、梨紅も誘って外で夕飯を食べた。

 メンバーは深月、詠、香夜、勉強を頑張っていた香夜とレナも加えて、賑やかに騒いだ。


 寝る頃には、本のことは忘れていた。



 ●△◽️



 次の日──入学式の朝、いつもより早い時間に梨紅に起こされ──否、叩き起こされた。


「詠! 詠! 起きろっ!」


 勢いよく馬乗りになられた衝撃で起きてはいたのだが、襟首をつかられてガックンガックン揺らされて、ろくに返事ができなかった。


「なっ……ンだ? どっ、し、た?」


「詠どうしよう! 呪いかな! どうしたらいい! なんで! どうして!」


 梨紅はひどく混乱した様子であった。

 格好はいつものランニング用のジャージだが、汗をかいている様子はない。

 どうやらランニング前にトラブルがあり、慌てて自分を起こしに来たらしい。

 寝起きの頭でそこまで考えた詠は、とりあえず梨紅の腕を掴んで、揺らすのをやめさせた。

 あと少しシェイクされたら脳みそがジュースになって耳から出てしまうところだ。


「で? なにがあったんだ?」


「呪いだよ! 絶対そうだよ! ボクたち呪われたんだよ! じゃないと説明がつかないよ!」


「……なに言ってんの?」


 詠の反応に、業を煮やした梨紅は再度襟首を掴み、無理やり起こしにかかった。


「とにかく外! 外見て!」


「なんなん──」


 窓から外を見た詠は、言葉の途中で固まった。


 外の風景はいつもと違っていた。

 いや、違いすぎていた。


 車が一台も走ってなく、代わりに人も乗せた絨毯が飛んでいる。

 いつもの新聞配達員は自転車ではなく、箒に跨って空を駆けていた。

 まるで映画の中のファンタジーのような光景である。


「……は? なんで?」


 一晩寝て起きたら、現実世界が、魔法世界に変わっていた。


 詠は呆然とつぶやいていた。


「……嘘だろう……」


 そして──場面は冒頭へと戻った。


 詠は梨紅とともに窓からファンタジーに侵食された世界から目が離せなかった。

 しばらく二人はそうして固まっていた。


 あまりの驚きに香夜を起こすのを忘れて怒られたのは余談だ。

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