第五話 こんにちは魔法世界
入学式のため、変わった世界に途惑いながら学校へと歩いた。
人々の変わりようにも驚いたが一番驚いたのが、いつもは富士山が見える坂道から見えたのがなんと巨大な樹木。世界樹だという。笑えない。雨のように世界樹の葉が舞う光景は幻想的ですらあったが、詠と梨紅は自らの常識と、目の前の異常にはさまれて、そんなものを観賞する心の余裕ははなかった。
二人して乾いた笑みを交わす。
心は現実逃避気味である。
極めつけは学校。
そこは魔法を教えるための教育機関だという。
詠と梨紅は、それとなく親や周囲の人たちに話を聞き、みんなは正気なのか、それとも自分たちの正気を疑ったほうがいいのかを確かめた。そこででた結論は、これだけは間違いないというものだった。
すなわち──
──あの『本』のせいだ。
二人は入学式が終わるとその足で祖父の家に急いだ。
祖父の家に到着するなり、もどかしげに鍵を開け、靴のまま書斎に駆け込んだ。
持っていた鞄を投げ捨てて、机に飛びつく。鞄から中身が溢れたが気にしている余裕はない。
詠が机の二重底の引き出しを抜き出し、梨紅がマイナスドライバーを持ち出し底を取り外した。
そこで二人の動きがかたまった。
「「ない!」」
なんと『本』がなくなっていたのだ。
あれは夢だったのだろうかと呆然とする。
こんな全員の正気を疑う世界でこれからを生きていかなければならないのだろうか。
詠と梨紅は膝から崩れ落ちるように床に座り込んだ。
しばらく呆然として視線を宙にさまよわせていたが、詠の目が床に落ちている鞄をとらえた。
正確には鞄からこぼれ落ちたプリント類をだ。
「なあ」
「……え?」
詠に促された梨紅がその視線を追う。
二人が目にしたのは、授業の時間割だった。
そこには、さらなる衝撃的な事実が記載されていた。
明日から、魔法の授業が始まるのだ。
──マジで……?
それは果たしてどちらの呟きだったのだろう。
●△◽️
「光あれ」
そうして世界ができた。
世界よりも先に言葉があったのだ。神の想いが世界をつくった。言葉とは想いを実現させる法である。
想いが強ければ、言葉は世界の法則を書き換える力となる。
これがすべての基本である。
教師はこう言い切った。
言葉は、魔法使いにとって最大の武器である。
──想いのこもった言葉こそ、この世に奇跡を起こすのだ──と。
人間には魔力がある。願いを世界に現す源力だ。
それは生まれた頃から徐々に増え始め、成長期──とくに思春期に爆発的に増大する。そのため魔法が使いやすくなるが、弊害も存在する。
魔力が澱むようになるのだ。これを放っておくと大変なことになる。清浄な魔力が体内を循環できなくなり、魔力欠乏におちいる。そうなると死にいたる場合もあるそうだ。
それを防ぐ方法としてあげられるのが『魔力交換』である。
互いの魔力を入れ替えて常に新しく保つのだ。
成長期になると最低でも一日一回は魔力交換が必要になる。
肌を触れ合わせて『
授業は実技にはいった。
他のみんなは慣れているようで、そこかしこで魔力交換が行われる。
詠も梨紅と目配せをしあい、おずおずと互いの手を握る。
恐る恐る口にする。
「「──『
その瞬間、軽い酩酊感に頭がくらくらした。
奪われるような、与えられているような、どこかくすぐったく、気持ちがよく、倦怠感が残るような特有な感覚。
この感覚に病みつきになる恋人たちが少なくないという。また魔力交換には相性があり、疲弊せずに大量に魔力交換できる人もいれば、疲れるだけでぜんぜん交換できない人もいる。これがうまくできないと第二次成長期以降の命にかかわるため、一番初めに教わる。早熟な子は小学生の高学年から、一般的には中学生から本格的に教わることになっているという。
ちなみに梨紅との相性は良い。クセになりそうで恐い。病みつきになる恋人たちの気持ちが少しわかってしまった。
後日談の話になるが、妹の香夜から魔力交換をしようと言われた。
その結果わかったことは香夜との魔力交換は──危険ということだ。
相性が悪いというわけではない。逆に相性がよすぎるのだと思う。気持ちよすぎるのだ。それは性的快感に似ていて、それを香夜も感じているのか、魔力交換中は喘ぎのように声に艶が含まれ、頬は朱に染った。
魔力交換が終わった後もぐったりとして、なんというか事情のあとを想像させてあまりの背徳感にやりきれなくなる。それでも香夜にねだられ断れない日々が続くことになるのだが、このときの詠はそんなことは微塵も思い至らなかった。
魔力交換が終わると、魔法理論の実力テストが待っていた。
赤点は3日後に再試験だと、教師が冷徹に告げる。
「「マジでか」」
詠と梨紅が呻くように天井を見上げてしまったのは、仕方がないことだろう。
もちろん、詠と梨紅の二人は追試となった。
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