第二十話 反撃の狼煙


 遊園地で遊んだ次の日。

 香夜とレナは授業をサボり、詠の部屋で緊急の反省会を行っていた。


「はっきり言う。遊園地では香夜の完全敗北だった」


 レナは非情な宣言をした。

 香夜はその言葉に下唇を噛み締める。


 香夜は気づいていた。あの日、遊園地から帰り義母に土産話をするために兄より先に家に入った。目を離したのは僅かな時間だったが、戻ってきた詠の手首には見慣れないブレスレットがあった。気になりはしたが、お揃いのマグカップでコーヒーを楽しんでいるうちに、また今度聞けば良いとその時はニマニマと詠との至福を満喫した。


 次の日、梨紅の手首にも同じブレスレットが輝いていることに愕然とした。

 どちらから渡したのかはわからない。だが、あきらかに意識しあう二人に焦燥感が臓腑を焼いた。纏う空気が違うのだ、甘酸っぱい恋人になる直前の雰囲気がした。


 あまりの悔しさに唇を食い破り血が滴る。これは敗北の味だ。

 だが、香夜の目には不屈の光が宿っていた。


「わかっているわ。でも──まだ兄さんを奪われたわけではない」


「うん、挽回は可能」


 香夜は諦めていなかった。諦められるはずがなかった。


「ここからは時間との勝負。香夜はところ構わず攻めて」


「具体的には?」


あふれんばかりの想いを込めて『好き』と言い続けて」


 言い続けることで、意識をさせる。倫理観の強い詠は香夜を避けるようになるだろう。


「魔力交換については、どうなった?」


 その言葉に、香夜は無言で手を差し出す。

 レナがそれを握り、魔力交換を試みる。

 弾かれた。


「もう義母かあさんでも無理よ、わたしは兄さんしか受け入れられなくなった」


 詠に避けられるということは、魔力交換も拒否されることになる。

 それは、魔力欠乏症に陥ることを意味する。そのレベルによって、倦怠感、吐気、発熱、意識混濁、最悪の場合は死ぬことすらあり得るのだ。


「とても苦しいよ」


「でも、それが兄を手に入れるために必要なのでしょう?」


 詠としか魔力交換できない。それが作戦のきもになる。


「なら、わたしは耐えられるわ」


 そして、新たな作戦は決行された。



 ●△◽️



 謙二はカメラをでまりあを撮影していた。


 いけないことはわかっていた。

 また、バレたら以前のようなことになるのは目に見えている。

 それでもやめられなかった。

 さすがに学校外までつけまわすことは自重しているが、学校にいる間は常に視線はまりあを追いかけているし、放課後になるとこのようにカメラを手に隠し撮りをしている。


 このままいくとストーカーになってしまう。

 いやすでに手遅れかもしれない。

 自嘲の笑みを浮かべながらファインダーにまりあをとらえる。


 そんなとき──後ろから声がかけられた。


「ヒィ……っ!」


 喉の奥から引き攣ったような悲鳴が漏れた。手足どころか身体全体を震わせながら、恐る恐る振り返る。


 逆光のため、その姿は影になり見えなかった。だが制服のシルエットから女子であること、またその制服がうちの高校のものではないことはわかった。


 見られたことに背筋が凍った。

 過去に女バレ集団からリンチを受けたことを思い出す。今度こそ病院送りにされてしまうかもしれない。


 だが、責められることはなかった。

 彼女はこう口にしたのだ。


 ──見ているだけで満足ですか?


「み、見てるだけでって……?」


 影で顔が見えないのに、彼女がわらっていることがわかった。


 ──強い想いを抱きながら、叶わないと諦めている様を見ていると、吐気がします。


「へ、えっ、あ?」


 戸惑っている謙二を置き去りにして彼女はこう続ける。


 ──あなたにひとつ助言をして差し上げます。


 反射的に頷く。


「は、はい……」


 ──この世界は、強く想えば願いが叶う──それが、どんな願いでも。


「強く想えば……どんな、願いでも?」


 ──想いこそがすべてなのに、なにを躊躇う必要があるのでしょう?


 彼女のことが好きなのでしょう、と声が問いかけてくる。


 そう。謙二はまりあのことが好きだ。でも分不相応、美女と不細工、月とスッポン。自分なんかが彼女の隣にいて良いわけがないのだ。


 だが、彼女はくつくつと嗤いながらこう宣う。あなたの妄執じみた想いは、身の毛がよだつほどおぞましく、滑稽こっけいでありながら、恐ろしいほど純粋です。


 ──そんなあなたの想いが届かないなんてことがあって良いのでしょうか?


「でも、僕なんかといると、彼女が嫌な目にあうよ……」


 ──なぜでしょう?


「なぜって……」


 先程もお伝えしたでしょう、と彼女が嗤う。


 ──この世界は想いがすべてなのですよ。


「想いが、すべて……」


 ──あなたの想いで彼女を染めあげてしまえばいい。


「想いで、染めあげる……」


 ──あなたといると彼女が不幸になるとでも思っているのでしたら、──あなたの想いのほどをすべて注ぎこみ、あなたが幸せにしてあげればいい。


「僕が、彼女を、──幸せに……!」


 その言葉は、ファウスト博士を誘うメフィストフェレスのように、魔性を帯びていた。

 彼はその日、悪魔の誘惑にのったのだ。

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