テスジェペの休日

 リュゼッタを見送った一行はテスジェペの地下街に戻った。

 「竜との戦いでここには晩に寝るだけで来ていたけど昼間でも静かだな」

 ベリフは人の声がしない街並みを見ながら呟いた。

 「そうだな。仕事しているのかな。でも晩も静かだったな」

 「みんな、向こうの施設に泊っているのかしら」

 フェルサとチャミも静かな町に少し不審に思った。

 「お~い!」

 「まあ、あいつだけは特別みたいだな」

 遠くから聞こえるラックの声にコンファは微笑んで呟いた。

 一行はテスジェペの地下都市に戻った。

 「不思議な機械ばっかりの町で飽きないな」

 「お前はそういうのが好きだからそう言えるが、俺は何だか薄気味悪いな。何か人間っぽくないというか、まだ蒸気がもくもくと出ているグノンバルが好きだな」

 ベリフがフェルサに答えながら街並みを見渡した。

 画一的な四角い建物、整備された道路、止まったままの車、天井に大きく輝く円形の照明……砂漠の中で暮らしている一行には奇妙な光景だった。

 手を振るラックの場所まで一行は歩いた。

 「お前、ここの人間なのに何で俺達のいる大陸にいたんだ」

 「俺は盗賊だからな。宝があればどこにでも行くぜ」

 はつらつとベリフに答えるラックを見てチャミは「あっそう……」と呆れた。

 「まあ、ここは薬や機械の研究施設ばっかりでみんなずっと働いているからさ。俺はそういうの向いていないんだ」

 「ああ、何かわかるな。お前、細かい事苦手だろう」

 コンファも呆れてラックを見た。

 「俺は自由にあちこち飛び回るのは悪くないと思うぜ。ここも凄いけど他にもっと凄い町があるかも知れないしな」

 「そうだろ?やっぱりお前とは気が合うぜ」

 ラックはフェルサを見て笑った。

 「でも、お前の父ちゃんはどう思っているんだ?」

 「俺と居て欲しいのはわかるけど、あんまり言わないんだな。帰ってきたらちょっと愚痴を言われる程度」

 フェルサは「へえ、そうなんだ」と答え通路を見渡した。

 ラックの案内された一行は工房のある部屋に入った。

 「ここで武器を強化しているんだ」

 ラックの声だけが聞こえる部屋で白地に青く太い線が入った服を着た人々が黙々と機械を操作していた。

 「おい、ラック。静かにしろよ」

 技師のクオンジが睨んで言った。ラックは「クオンジ、悪かったな」と頭を掻いて笑った。

 「お前達の武器は特別だな。構造は単純だが強度は高い。特にこの工具付きの剣なんてよく出来ている」

 「ありがとうございます!俺が自分で改造したんです」

 「ほお、やるじゃないか」

 クオンジはフェルサの剣を振りながら微笑んだ。

 「しかし、重心が悪いな。振り上げる時に余分に力が必要だ。あんまり変な癖を体に覚え込ませるのは良くないぞ」

 「へえ、そんな事もわかるのですか」

 「勘で改造してきたと思うが、ここでは色々と数値として計れるからな。その辺も考えて強化しておくよ」

 クオンジは剣を他の技師に手渡しながらフェルサに言った。

 「すごいな。俺の剣も考えてくれ」

 コンファが言うと、

 「あの大剣は重たくて運ぶだけでも大変だ。相当体に負担をかけているんじゃないのか?何なら体も調べてもらったらどうだ」

 クオンジが淡々と答えた。

 「いやあ、そんな事まで気が回っていなくてね。まあ考えておくよ」

 コンファは笑って部屋を出た。

 「強化したと言っても化け物達に勝てるのか」

 「そうよね。相手はゼロラ人だし……」

 ベリフとチャミの表情が曇った。

 「一応言っておくが、ギランクスの連中はゼロラ人とは違う種族だ。ゼロラ人の上位種といった所だろう。人間らしくした反面、体はゼロラ人より若干弱い。本当に若干だがな」

 「勝てるかどうかわからないが、あいつらを放っといたらモスランダのみんなが殺される。それは嫌だ。また一人になるのも」

 淡々と話すクオンジにフェルサはうつむいて答えた。ラックがフェルサの頭を叩いた。

 「何をしみったれた事を言ってんだよ。頼れる相棒の俺の前でそれ言うかよ」

 「ほお、その頼れる相棒とやらはどこにいるんだ」

 ローレが部屋に入って来た。ラックは「いっ!」と気まずい表情になった。

 「話す機会がなかったがラックの父のローレです。ラックが世話になっています」

 ローレは軽く会釈した。フェルサは「どうも」と挨拶をした。

 「どこをフラフラ回っているかと思ったら大事に首を突っ込んだな」

 「そう言うなよ。ちゃんと役に立っているんだぞ」

 「本当、色々と助けてもらっているんです」

 フェルサは笑顔で言うとローレがため息をついた。

 「君はラックと似ているようだな」

 「そりゃ、俺とフェルサは兄弟みたいなもんだしな」

 「何だよ。それ……」

 ラックとフェルサが言い合っている間、ベリフはクオンジと話していた。

 「そうですか……俺の剣は全部改造ですか」

 「ああ、恐らく代々使ってきたのだろうが、さすがにゼロラ人相手には向いていないからな」

 「仕方ありませんね」

 ベリフは複雑な表情で答えた。

 「兄さん、大丈夫です。お父様ならわかってくれますよ」

 チャミが靴をいじりながら言うとベリフは「そうだな。伝統には厳しいけどわかってくれるよな」

とチャミの頭を撫でて答えた。

 その翌日、武器が完成してフェルサ達は竜が住む地下湖に向かった。

 「ありがとう!鱗は大事にするから」

 フェルサが大声で叫ぶと湖面から竜が首を伸ばして現れた。

 「そんな事を言いに来たのか。真面目な奴らだ。お前達の敵は強いぞ。フェルサ、ゴーグルを着けろ」

 フェルサは「あ、ああ……」と困惑して頭のゴーグルを着けた。ゴーグルに大量の島の映像が受信された。

 「う、うわあ。何だこれ」

 「今のギランクスの様子だ。仲間の竜から届いた。作戦に使うといい」

 フェルサは数々の映像に驚いた。

 「仲間って……竜はお前だけじゃないのか」

 ベリフは驚いた。

 「ああ、悪趣味な氷の竜がいて時々外の様子を連絡してくる。まあ気が向いたら会ってみたらいい」

 「そりゃどうも。意外と親切だな。それじゃ機嫌がいいついでに鱗をもう少しもらえないもんかね」

 「それは無理だ。では精々頑張るといい」

 コンファに淡々と答えて竜は湖に沈んだ。

 「もう、機嫌損ねるような事を言ってあんた馬鹿なの?」

 チャミが怒るとコンファは「お、俺が悪いのかよ」と戸惑った。

 「取りあえず帰ってシュアさんと話そう」

 フェルサはそう言って洞窟を出た。

 「あいつ苛立っていないか」

 ラックがフェルサの後ろ姿を見て言った。

 「そりゃ親の仇と会うからな。思う事が色々あるんだろう。しっかり奴を支えてやるんだぞ」

 コンファがラックの頭をゴツンと叩いた。

 一行はテスジェペに戻り長老達に礼を言って空の門を呼んだ。

 「不思議な機体だ……どんな構造になっているんだ」

 空からうっすらと姿を現す空の門にクオンジは驚いた。

 「へえ、クオンジも驚く事があるんだな」

 「それは未知の物には驚く事もあるさ」

 「それならちょっと乗ってみるか。驚く事ばかりだぞ」

 「いいのか?」

 ラックの提案にクオンジは戸惑いながら目が笑った。

 「足手まといになるなよ」

 ローレが言うとラックは「大丈夫だよ。じゃあな」と答えて空の門に乗り込んだ。

 

 その頃、ホルベックではブリュバルの襲撃で負傷したゼロラ人達が治療用のカプセル状の機械から次々と出て来た。薬の液体に浸かっていたのですぐに辺りはバシャバシャと水が滴り落ちた。

 強い薬品の刺激臭を防ぐ為に人々はマスクとゴーグルを着けて様子を見ていた。

 「全員無事に治療が済んだようですね」

 看護師から手渡された布で全身を拭いたゼロラ人達が服を着るのを見ながらスレイルが呟いた。

 「ああ、我々の町を守ってくれる大切な方々だ。忌まわしき負の遺産だと罵る者もいるが彼らもまたこの時代で命を持つ者だ。願わくば争いがなく平穏に生きて欲しい」

 法王のカロルも隣で様子を見ていた。

 服を着ていたゼロラ人達の動きが一斉に止まった。

 「どうしたんだ。動きが止まったぞ」

 司祭のダルキアが異変に気づいた。

 何かが聞こえるような素振りでゼロラ人達は黙って天井を見上げていた。


 「これは興味深い。中から外が全て見えるとは……どんな仕組みなのか」

 空の門に入ったクオンジは辺りを見渡して驚いた。

 球体の機械のポリコがクオンジの頭の上を監視するかのように浮かんでいた。

 そのそばで竜からもらったギランクスの映像を部屋の一角に映してフェルサ達は見ていた。

 「これは思ったよりでかいな」

 コンファが呟いた。

 「中にどうやって入るか。これで行くしかないな」

 「その点は大丈夫です。空の門の転送装置で直接行けるようにポリコにやってもらいますから」

 シュアがポリコを見て微笑んだ。

 「帰りもその装置で戻るって事か。まあ戻れたの話だがな」

 ベリフはため息をついた。

 「とにかく行くしかないな」

 フェルサが言うと皆は頷いた。

 「クオンジも聞いて下さい。この機体は遠隔操作で地上に強力な雷を落とす兵器を私とポリコで改造しました。しかし兵器としてのこれは空で姿を隠しています」

 シュアの言葉に一同は驚いた。

 「今まで空の上は過去の戦争で使われた兵器で強力な磁力が流れていますがそれを消す機械を組み込んだと思われます。そして最初に狙われたのがボレダンでした」

 フェルサの拳に力が入った。

 「もしあれが各地で一斉に使われる事になったら人々はあっという間に焼かれてしまいます。ですからあれを決して使わせないで下さい」

 シュアは静かに力強く言った。

 「わかった。サイポスに今の情報を送って人々に町から避難するように伝えよう。それじゃ帰る」

 クオンジは淡々と答えると部屋を出て空の門を降りた。

 「あいつも竜みたいに淡々としているな」

 ラックが呟いた。

 「武器を強化してもお姉様やカリュス達に勝てるかわかりません。しかしあの兵器だけは破壊して下さい。制御室の場所は皆さんのゴーグルに転送しました。」

 シュアが言うとそれぞれゴーグルで地図を確認した。

 「出来るならあいつらと出くわす前に制御室をぶっ壊したいな」

 「そうだな。直接戦うのはもっと軍勢を整えてからにしないと無理だろう」

 コンファとベリフが話しているのを聞いてフェルサは、

 「それでも戦う時が来たら俺がやるから、みんなはあの兵器を壊してくれ。あれはあっという間に町を消し去る。地下深くまで焼き尽くす程にな」

と剣を握りしめた。

 「それじゃ行きますかね。ギランクスへ」

 ラックが言うと皆、黙って頷いた。

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