空の門の聖女

 数日後、フェルサとラックはモスランダの近くまで来ていた。

 「おい、何か様子がおかしいぞ。この辺りランマンの足跡がいっぱいだ」

 トトに乗ったラックが並んで話しかけた。フェルサは立ち止まって周りを見た。

 「サイポスから外れた所から大量の足跡がまさか……」

 フェルサはゴーグルを着けてランマンを全力で走らせた。

 「やっぱり盗賊か!」フェルサは舌打ちした。

 モスランダの入口で盗賊が騎士団と戦っていた。

 「町の中が心配だ」

 「フェルサ、入口は俺に任せろ。お前は町へ!」

 「わかった」

 並走していたラックが一旦空に上がった。フェルサは剣を抜いた。

 「どけっ!」

 ランマンに乗ったまま盗賊を切りつけた。

 「町の中は!」

 フェルサが立ち止まって訊くと騎士団の一人が「結構な数が入り込んだ。急いでくれ」と答えた。

 「くそっ!」

 フェルサはランマンに乗ったまま階段を駆け下りた。

 長老の死の知らせを受けて盗賊達が強奪に来ていた。この時代、長老の死で町が混乱している隙を狙って盗賊が急襲していた。

 町では盗賊が暴れてあちこちの店を荒らしていた。

 自宅に戻ると盗賊達が押し入ってロンデゴを踏みつけていた。

 「お前ら!」

 フェルサは突進して盗賊の振り下ろした金属のこん棒をよけて剣を頭に突き刺した。そして隣の盗賊の首筋を切り裂いた。盗賊達が悲鳴を上げて倒れた。

 「よくも!」フェルサは怒り叫んだ。

 残り2人も素早く胸は腹を突き刺して盗賊達を倒した。

 「おじさん!しっかり」

 頭から血を流したロンデゴをフェルサが抱きかかえた。

 「フェルサ……遅かったじゃないか」

 「ごめん。勝手に飛び出して……おじさん、しっかり!」

 「俺は大丈夫。殴られて転んだだけだからな。それよりもレンディ様を……守ってくれ」

 ロンデゴを寝室に寝かせてフェルサは家を出た。

 外では盗賊がまだ暴れていた。

 「この野郎!」

 フェルサは怒りに任せて盗賊達を倒しながら通りを進んだ。

 「レッセル!」

 2人の盗賊と戦っているレッセルが見えた。フェルサは駆け付けて盗賊達の首を刺した。

 「大丈夫か。おばさんは?」

 「ありがとう。母ちゃんなら家の中で物凄い顔で構えているさ」

 「そうか。ここは頼む。俺は長老の家に行く」

 フェルサはレッセルの肩を叩いて奥に走った。

 階段で盗賊を倒しながら門に入った。

 「ここまで来ていたか」

  庭で騎士団と見習いの子供達が盗賊と戦っていた。

 「お~い、フェルサ。入口は何とか片付いた」

 トトに乗ったラックが降りて来た。

 「そうか。ここは頼む。家に入る」

 「はいよ!」

 ラックと別れてフェルサは長老の家に入った。

 剣の交わる音が聞こえた。

 フェルサは階段を上がって長老の部屋に入った。コンファが盗賊達を戦っていた。

 「遅いぞ」

 コンファは笑って言った。

 「すまん!」

 フェルサは盗賊の腹を刺した。コンファは2人の盗賊を倒して部屋が一旦静まり返った。

 「ここはもういいか。行くぞ、大事なお姫様の所へ」

 コンファが剣を担いで部屋を出た。

 フェルサはまだ生きている盗賊の首を刺して後を追った。

 2人はスレンドルの部屋に入った。

 騎士団が盗賊を倒したばかりだった。

 「フェルサか」

 「はい。遅れました。あっ……」

 フェルサはスレンドルの右手の義手を見て言葉を失った。

 「俺の事はいい。ここは大丈夫だ。コンファと一緒にレンディを助けてやってくれ。町の広場に向かった」

 「わかりました」

 フェルサとコンファは階段を駆け下りて屋敷を出た。

 「フェルサ、こっちは片付いたぞ」

 ラックがトトの首を撫でながら言った。

 「おい、何だこれは!」

 コンファは驚いた。

 「こいつはラックで俺の友達。ラックが乗っているのはトト。まあ色々あってな。ラック、この人は騎士団のコンファ」

 「ああ。おっさん、よろしく」

 ラックが軽く手を振りながら答えた。

 「面倒くさいガキがもう一人か。まあいい。お姫様を助けにいくぞ」

 コンファは頭を掻きながら走った。

 フェルサ達はさっき来た通りとは別の道を走り、盗賊達を倒しながら広場に出た。

 「こ、これは……」

コンファは立ち止まった。

広場で騎士団や住民が数人倒れていた。

 「あいつが親玉らしいな。よし、上から行く」

 「ああ、頼む」

 ラックは上昇した。

 鎧を着た大柄な男がレンディと睨み合っていた。

 「貴様、町での暴虐無人な行為、許さんぞ!」

 「勇ましい姉ちゃんだな。殺さずに俺の女にしてやるよ」

 「ふん。貴様の汚い手で抱かれる前にその首をはねてやるよ」

 レンディは男に突進していった。男は大斧を振り下ろした。

 レンディはとっさによけて首を狙った。しかし男に剣を握られた。

 「何!」

 「この手袋は剣では切れないからな」

 男は剣を持ったまま斧を横に振った。

 「くそっ」

 レンディは剣を放して斧をよけた。男はレンディを蹴り飛ばした。

「おらよ!」

 男が斧を振り下ろした。レンディがよけながら小刀を投げたが男の鎧がはじき返した。

 「くそっ」

 レンディは舌打ちした。

 「レンディ!」

 フェルサが叫んだ。

 「フェルサ……助けは無用だ!私が倒す!」

 「おい!何言っているんだ」

 「こいつは私の敵だ」

 レンディはフェルサに叫ぶと立ち上がった。

 「おお、勇ましいな。ますます欲しくなったぜ。お前」

 男はレンディの剣を投げ捨ててにやけ顔で言った。

 「ふん……でかい男は好きではないのでな」

 フェルサは空のラックに『待て』の合図をした。

 「いくぞ」

 レンディは男に飛び掛かった。

 「やれやれ捨て身の攻撃ってやつか」

 「ふん。あいにく拳も強いのだよ」

 レンディは男の顔を殴った。

 「くっ」

 男は鼻血を流してうずくまった。

 「はあ!」レンディは顔に蹴り入れた。

 レンディの足が顎に入り男はのけぞった。

レンディは剣を手に取って顔面に突き刺した。

「フン、死ぬ前に少しはいい男になったじゃないか」

レンディはにやけて剣を抜いた。男はドサッと音を立てて倒れた。

「レンディ!」

フェルサは駆け付けた。レンディは髪をかき分けた。

 「遅いぞ。勝手に飛び出してのこのこと」

 厳しく言うレンディの口元が緩んだ。

 「でもよかった。帰ってくると思っていた」

 「悪かったな」

 フェルサとレンディは握手を交わした。

 「うわあああ!」

 トトに乗ったラックが叫んだ。

 「あれは!」

 フェルサが叫んだ。

 黒く浮かぶ機体がフェルサ達の上に現れた。

 「何だよあれは!」

 コンファが驚いて駆け付けた。

 「前に俺達を助けてくれたんだ」

 フェルサは機体を見上げた。

 「フェルサ。その仲間の皆さんもどうぞこちらに……」

 機体から真下に丸い光が伸びた。

 「どうするんだ」

 レンディがフェルサを見た。

 「呼ばれたんだ。行くしかないな」

 フェルサとラックとレンディとコンファは光に入った。

 「うわっ。何だここは」

 ラックは驚いた。

 目の前に壁に囲まれた花畑が広がっていた。

 「庭か?」「そうみたいだな。どうなっているんだ」

 レンディとコンファが呟いた。

 庭に座っていた女が振り向いた。フェルサよりは少し年上の顔立ちをした女だった。

 「ようこそ、皆さん。私はシュア。この『空の門』の主です」

 腰まで伸びた金髪と白い肌が人間離れした雰囲気のシュアが微笑んで迎えた。

 「あ、あの……フェルサです。この前は助けてくれてありがとう……ございます」

 フェルサは言葉を選びながら言った。

 「いえ、カリュスから逃げられてよかったですね」

 シュアが穏やかな口調で話した。

 「カリュスだと……お前はあいつらの仲間なのか!」

 レンディが剣を持ちながら怒鳴った。

 コンファが「おい」と諫めた。

 「すみません。仲間という訳ではないのですが……少し話をさせて下さい」

 「まあ姉ちゃん、イキがってないでこの人の話を聞こうぜ」

 ラックが剣を磨きながら明るく言った。

 「姉ちゃん……何だこの柄の悪いガキは」

 フェルサは苦笑いしながらレンディにいきさつを話した。しばらくシュアと挨拶も兼ねて話をした。

 「なるほどね。 あんたの姉がギランクスという空に浮かぶ島で人間達を滅ぼそうとしているという訳か」

 コンファが言うとシュアが頷いた。

 「私も姉のデリミストもかつて人間が大きな戦いを起こした時から生きています。長い間、話し合ってきましたが残念ながら姉の意思は変わりませんでした。それにあの島を浮かぶ源となっているカミラガロルの力が弱まって島が少しずつ降りてきているのです」

 「カミラガロル?何だそれは?」レンディが訊いた。

 「元々ゼロラ人だったのですが、考えただけで物を動かせる力を持っていました。姉の研究で更に力を伸ばして今は意識だけの存在となって島を浮かばせています」

 「意識だけ?何だそいつは。もう化け物じゃねえか」コンファが驚いた。

 「人間の奴隷のように戦う事を嫌ったゼロラ人と戦いを嫌う姉や研究者達はギランクスに逃げました。しかし人間達が私達やゼロラ人を島ごと消し去ろうとしたのです。それを救ったのがカミラガロルでした。彼は最後の力を振り絞って島を浮かせて守ってくれました」

 シュアの言葉に一同はしばらく黙った。

 「けど、俺の村を……家族を殺したのもあいつらなんだろう?あのゼラミアって奴が言ってたぞ。俺の村を焼いたって」

 「ゼラミア……お爺様を殺してお父様の右手を奪った女だ」

 フェルサとレンディの呟きに怒りが満ちた。

 「カミュ、ゼラミア、ブリュバル……姉が作ったゼロラ人の上位種です。彼らは青い鍵を探しています」

 「その青い鍵って一体何だよ」カミュが寝転がって訊いた。

 「ギランクスのカミラガロルの部屋に入る為の鍵だそうです。色々な技術で部屋の扉を開こうとしたのですが開かなくて調べたところ地上のどこかにある所までわかりました。地の門のある場所を探したのですが駄目で盗賊を使って探しているようです」

 「ボレダンが焼かれたのもそうか」

 フェルサが押し殺した口調で聴いた。

 「最初ボレダンだと思われて、秘かに住民を装って調べさせていたようですが見つからなくギランクスの雷で焼いたそうです」

 「その地の門って何だ」コンファが訊いた。

 「フェルサはカリュスに連れられて見たと思いますがギランクスと行き来する機械の事です。どこの門もギランクスからの指示で休眠しています」

 「地上から島に行かせない為に焼いているって事か。それじゃなぜ俺は狙われているんだ。ボレダンに鍵はなかったんだろ?」

 フェルサの言葉にシュアの表情が曇った。

 「フェルサ……あなたにはまた辛い思いさせてしまいます。どうか受け入れて下さい。こちらへどうぞ」

 シュアが一行を隣の部屋に案内した。

 部屋の扉が開いた。

 「……!」

 フェルサは驚きのあまり言葉が出なかった。

 目の前に体が透けた少女が座ってこちらを見ていた。

 「シャルマ……なのか」

 恐る恐る名前を口に出すフェルサに少女はキョトンとしたままフェルサ達を見ていた。

 「シャルマ!シャルマだろ!」

 フェルサは少女に駆け寄った。

 「あなたは誰?」

 少女の怯えた表情にフェルサはハッと我に返った。

 「そうだ。シャルマは死んだんだ。あの時に……」

 「フェルサ……シャルマはあの時、お父様の手で地の門からこちらに送られて来ました。しかし何かしらの原因でシャルマの意識だけが送られて来たのです。おそらく村を焼かれて地の門が破壊される寸前に送られたのでしょう。私の助手のポリコの力で何とかこの姿まで復元できたのです」

 シュアは天井に浮いているドーナツ型の機械を指差した。

 「へえ。知能を持った機械か。似たような物をテスジェペの研究所で見たな」

 ラックが呟いた。

 「こんな……こんな姿になる位ならどうしてそのままにしてくれなかったんだ」

 フェルサがシュアに怒鳴った。

 「確かに残酷すぎる。年を取らないでずっとその姿で生き続けるのだからな。しかもその体だと外には出られない。あまりにも悪趣味だ。目的は何だ、人質のつもりか」

 レンディが目を伏せて呟いた。

 「怒るのは当然です。この意識だけの状態では外に出られません。ですが今となっては青い鍵を知る手がかりはフェルサとシャルマだけなのです」

 「だから何だよ、その鍵ってのは!俺は知らないんだ」

 「そうですか?何かを思い出したから一人でボレダンに行ったんじゃないのですか」

 「確かに父ちゃんが青い鍵の模様の服を着ていたのを思い出した。それだけだった」

 「あなたのお父様は長老と門番をされていたそうです。シャルマに話を聞きました。意識だけの状態だと記憶がはっきりと残っているようです」

 シュアとフェルサが話している間、シャルマがフェルサの顔をぼんやりと見上げた。

 「お、お兄ちゃん……」

 「えっ?」

 フェルサはシャルマを見た。シャルマがゆっくり微笑んだ。

 「お兄ちゃん、生きていたんだ」

 「お前、シャルマなのか」

 「顔が変わってわからなかったけど声を聞いて……そう良かった。あの時……」

 シャルマの表情がこわばった。

 「どうしたんだ!」

 フェルサが叫んだ。

 「あの時、お父さんに物凄く腕を引っ張られて長老の家に行って何か青い機械に突き飛ばされて……」

 「そうか。父ちゃんが助けてくれたんだ」

 フェルサの表情が緩んで涙を流した。

 「あの時……私が消えそうになった時にお父さんが私に何かを投げたの……青い何かを」

 「まさかそれは……」

 シュアが呟いた。

 「怖かった……お兄ちゃん。すごく怖かった」

 シャルマは泣きそうな顔で言った。

 「いいよ。泣いていいから。俺はここにいるから」

 シャルマの前でフェルサも泣き崩れた。

 フェルサを残してシュア達は花畑の部屋に戻った。

 「それで結局何をして欲しいんだ」

 コンファはため息をついて聴いた。

 「姉達はフェルサを狙ってきます。ですから守って欲しいのです」

 「守ると言っても相手は化け物だぞ。剣も効かない。ゼラミアはかろうじて傷を負わせたが次はうまくいかないだろう」

 レンディもため息をついた。

 「それで提案なのですが、テスジェペに行って彼らに勝つための武器を作ってもらってはいかがでしょうか?」

 ラックは思わず「いっ!」と叫んだ。

 「テスジェペって隣の大陸だろ?そんなに簡単に行けないし、行ったとしてそんなに強い武器が出来るのか」

 「テスジェペには古い時代から伝わる技術が多く残されています。皆さんがお持ちの武器もその技術を流用したものです。強化できる方法があるかも知れません。空の門で行けば三日程でいけます」

 「なあ、教えてくれ。前から気になっていたが、どうしてこいつは飛べるんだ?機械がいかれちまうんじゃないのか」

 ラックが訊くとシュアは小さく微笑んだ。

 「この機体は周りに磁力を防ぐ粒子をつけているのです。だから磁力が渦巻く空でも飛べる仕組みなのです」

 ラックは「なるほどね」と呟いた。

 「コンファ、すまないがお前がフェルサを守ってやってくれ。今はまだ町が心配だ。いつまた盗賊が襲ってくるとは限らない。新しい長老の娘としてこの町を守らなければならない」

 「そうですね。任せておいてください」

 「シュア殿。残念ながら私はあなたを全て信用している訳ではない。しかしフェルサとシャルマを助けてくれた事に不純な思惑がないと信じたい。ここにいる者達に誓えるか」

 「レンディさん。あなたは若いのに気高い方ですね。私の命に代えてでも皆さんと共にフェルサとシャルマを守る事を誓います」

 「そうか。それを聞いて安心した。無礼を許されよ。私は降りるがみんな頼んだぞ」

 レンディは笑顔で言うと部屋を出て行った。

 「全く……お堅い姉ちゃんだな。フェルサを好きだってバレているのによ」

 「そう言うなよ。じゃあ俺達も旅支度をしてくるか」

 ラックとコンファも部屋を出て行った。

 その後、シュアから話を聞いたフェルサも降りて自宅に戻った。

 「おじさん、そういう事だから行ってくるな」

 「ああ、俺の事は大丈夫だから。シャルマを守るんだぞ」

 フェルサはベッドで横になっているロンデゴに「じゃあ」と家を出た。

 「何だか急に賑やかになりましたね」

 シュアが微笑んだ。

 「お前、何でトトを中に連れて来たんだよ」

 「外から機体が見えないのにこいつだけ飛んでいたら敵に見つかるだろ。じゃあお前はこのランマンをどうするんだよ」

 「これは着いたら使えるからな。新品だからもっと整備したいし」

 フェルサとラックが話しているのを見てコンファは「緊張感がないな……」と呟いた。

 そばに立っていたトトがコンファの肩をくちばしでつついた。

 一行はゾルサムでベリフとチャミを乗せた。

 「長老が勉強のためにテスジェペに行ってこいだとさ。それにしても中が庭だとはな」

 「お父様がそう言うならいいじゃない。フェルサよろしくね。私がレンディ姉様の代わりに鍛えてあげるから」

 こうして空の門は海を渡りテスジェペに到着した。

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