フェルサの旅

岩山の町

　時は戻ってロンデゴがボレダンへ墓参りに行ったその日、フェルサは領主の家に呼ばれた。

　スレンドルからレンディ達と一緒にゾルサムで行われる成人の儀に出向き、祝いの品を渡して欲しいとの事だった。

　「俺が行ってもいいんですか」

　「ゾルサムへは長旅になるからランマンの整備が必要だからな」

　モスランダからゾルサムへはランマンで走っても三日程かかった。空の磁気が乱れて飛行機が飛ばせないこの時代では陸上移動は砂が絡みにくい歩行型マシンが主流だった。

　スレンドルから翌日に出発する事を言われてフェルサは家を出た。

　「フェルサ、明日は頼むぞ」

　「ああ、わかったよ。しかし何でレンディが行くんだよ」

　「これも騎士団の務めだからな」

　剣を腰に携えた凛々しい顔立ちの女になったレンディとは身分が違いながらも年が近く勝気な性格で気が合って親しくなった。

　フェルサは「じゃあ明日」とレンディと別れて自宅に戻った。

　そして翌朝、レンディ達はゾルサムへ出発した。

　途中のオアシスで休みながら予定通りの日程でゾルサムに着いた。

　「これがゾルサム……」

　初めて見る町の風景にフェルサは言葉を失った。

　『ゾルサム』……そこは赤い岩山に作られた町で主に近隣の鉱山で取れる様々な鉱石で生計を立てていた。頂上までひしめく町の頂上に長老達が住む石造りの城がある。

　長老バリンツ……長老と言ってもスレンドルと同じ年頃で父が早く亡くなった為に長老の座に就いた。その妻サリナナ、そして成人の儀を迎えるベリフ、そしてベリフの妹のチャミが城に住んでいる。

　「へえ、モスランダと反対で山に町があるんだ」

　「そうだ。ちょっと伝統にうるさい町だから行儀良くしていろよ」

　「はあ。いつもいいだろう」

　同行している騎士のコンファにからかわれてフェルサはムッとしながら町に入った。

　町は上へ続く階段沿いに店が並んでいた。

　「すごいな。水はどうしているんだ」

　「地下水から汲み上げているそうだ。なかなかすごい機械だぞ。後で見せてもらったらいい」

　「へえ、ちょっと興味あるな」

　フェルサがレンディから話を聞きながら階段を上っていくと、

　「レンディ姉様！」

　大声で叫んで少女が駆け寄ってきた。

　「チャミ、久しぶりだな」

　「はい。姉様も元気そうで」

　二人は親しく挨拶を交わした。

　「ああ、フェルサ。彼女はチャミ、長老の娘だ」

　「どうも。チャミ様。フェルサです」

　小声で呟くフェルサにチャミは「よろしくね」と明るく答えると、

　「それでね。姉様。ベリフったらね……」

　すぐにレンディと話を始めた。

　「仲がいいのか」

　フェルサはコンファに訊いた。

　「ああ、ここの長老とスレンドル様は親しくてな。昔から家族ぐるみの付き合いをしているんだ。場所は遠いが『テルステ』で連絡を取り合っているし」

　モスランダとゾルサムの間には『テルステ』と呼ばれる通信端末が使えるケーブルが地下に引かれている。遠距離の電波の送受信は無理だが有線の通信端末を使っていた。

　「なるほどね」

　まるで妹のようにチャミと話しているレンディを見てフェルサは少し羨ましかった。

　その晩、城の庭で成人の儀が行われた。

　沢山の松明が赤く灯る中で長老のバリンツが大剣を振りベリフに差し出した。

　音楽隊の演奏が始まるとベリフが両手で大剣を受け取り、剣を持ったままゆっくり踊り始めた。音楽が激しくなるにつれて踊りが早くなって目の前に立てられた木の人形を大剣で大きく切り裂いた。

　音楽が止みベリフはひざまずいて大剣を地面に突き刺し、一礼して立ち上がった。

　「我が名はベリフ。ここに成人としてこの町を守る事を誓う！」

　ベリフは叫んで剣を抜いて天に掲げた。

　「ベリフ様に天の加護を！ベリフ様に天の加護を！」

それを見ていた町民達が歓声を上げた。

　こうして儀式を終えて城で露店が並ぶ宴が始まった。

　露店で酒や料理を取ってテーブルで食事をしていた。

　フェルサ達はバリンツに長老モハルダから祝いの贈呈品を渡して談笑した。

　「モハルダ殿も健在で良かった。話す機会がなくて気になっていたんだ」

　儀式で厳かな雰囲気を漂わせていたバリンツは穏やかな口調で話した。

　「そうですか。祖父に言っておきます」

　レンディは微笑んで答えた。

　「ついでにこちらは見ての通り元気だと言っておいてくれ」

　隣で妻のサリナナが笑いながら言った。

　「レンディもすっかり凛々しくなって、そろそろいい人を見つけた？」

　「いや、それはまだ。こんな性格ですし」

　サリナナの問いにレンディは戸惑った。

　「そうだな。こんな性格だからなあ」

　レンディの隣で肉にかぶりつきながらフェルサは言った。

　レンディは思わず「おい！」と叫んですぐに自分の口を手で押さえた。

　「あっ悪い。話し中だったな。気にしないでくれ。ハハハ……」

　フェルサは気まずい表情で苦笑いした。

　「ほお、これはまた面白そうな子が来たな」

　バリンツの妹のケリンがフェルサを見た。

　肩幅ががっちりしたケリンにフェルサは「どうも」と頭を掻きながら挨拶した。

　「もうフェルサったら」

　レンディがため息をついた。

　「へえ、フェルサって言うのかい。どこの生まれなんだ？」

　「えっ……ボレダンです」

　長老達の食事を進む手がピタッと止まった。

　「あっいや、気にしないで下さい。昔の事ですし」

　これまでボレダンの名前を出すと空気が変わる場面に何度も遭ったフェルサは慣れた口調で答えた。

　「いや、こちらこそすまない。変な気を遣わせてしまったな」

　バリンツが穏やかに話した。

　「兄貴、こんな場合はしみったれた顔で答えちゃダメなんだよ。なあフェルサ」

　「は、はい……」

　ケリンに答えたフェルサは軽く答えて食事をした。

　（長老の家族の女って何でどこも男っぽいんだ……）

　「遅くなりました」

　儀式を終えて着替えてきたベリフが同じ席についた。

　「ああ、ベリフ、成人おめでとう」

　バリンツが笑顔で迎えた。

　「おめでとうございます。ベリフ様！」

　住民達も気づいて大声で叫んで改めて乾杯して宴が盛り上がった。

　（ああ、帰りたい……）

　人込みに慣れないフェルサは疲れた表情で辺りを見渡した。

　その晩、城の一室でフェルサ達は眠っていた。

　ドーン！

　地面が大きく揺れた。

　「何だ！」

　フェルサは飛び起きた。同じ部屋にいた騎士団の男達も一斉に起きた。

　フェルサ達は庭に出た。遠くの西側の空が明るかった。

　「３番鉱山区で爆発！」

　見張り台の男の声が響いた。

　一行が高台のから見下ろした時には西側の光は消えた。

　風が城に吹き抜けた。

　「この匂い……あっ！」

　フェルサの目が大きく開いた。

　町が慌ただしくなった。

　「何が起きたんだ。おい、フェルサ！」

　ウェンディの声を無視してフェルサは急いで城を出て階段を駆け下りた。

　入口に止めたランマンに跨るとすぐに起動して走り出した。

　「この匂いは……」

　ランマンで走らせて一時間程で現場近くの砂丘に着いた。フェルサは絶句した。

　そこには円形に焦げた跡が残っていた。

　「同じだ。あの時と同じだ」

　ランマンを降りたフェルサは愕然と立ち尽くした。

　「こ、これは！」

　後を追ってきたレンディも驚いた。

　「フェルサ、気を抜くな！近くに敵がいるかも知れない」

　レンディは剣を抜いた。剣の音でフェルサは我に返り剣を構えた。

　「そうだ！」

　フェルサはランマンの小物入れからゴーグルを取り出して着けた。

　「熱は前面の焼け跡だけだ。音は……」

　ゴーグルで拾った音をレンズに波形で表示した。

　（風の音と俺達の声、それに）

　遥か彼方からキーンキーンと微かに聞こえて目の間の波形が微妙に揺れた。

　「上か！」

　フェルサは見上げてズームを上げた。

　星空の中で小さく動く点が見えた。

　「空に何かが動いている」

　「何だと！」

　レンディが驚きながら見上げた。

　「ちっ、肉眼では見えない」

　レンディが舌打ちしていると騎士団とバリンツ達が来た。

　目の前の状況に一行は驚くばかりだった。

　「くそっ、何てことだよ。山ごと消えているじゃないか！」

　ケリンが叫んだ。

　「今夜は遅い。調査は明日行うとしてひとまず引き返そう」

　バリンツの指示で皆が引き返した。

　焼け跡を黙って見つけるフェルサにバリンツは肩を叩いて黙って頷いた。

　ゴーグルを外したフェルサは涙をぬぐってバリンツと共にゾルサムへ戻った。

　一行はしばらく休養した後、朝と共に再び出発した。

　ゾルサムから調査の単に町民も出向いて大人数で調査が始まった。

　周辺では魔物の活動が活発化してフェルサ達の騎士団とベリフ達の自警団が応戦した。

　「この辺は色々いるんだな」

　「ああ、ウルフ共に気をつけろ」

　フェルサはレンディ組んで魔物を討伐した。

　「さすがレンディ姉さんね。あのフェルサって子もやるじゃない」

　チャミは両手に持った短剣で魔物を切りつけた。

　「ふん、あんなガキより俺の方が上だ」

　ベリフも次々と剣でウルフを切り裂いた。

　昼頃には襲ってくる魔物が少なくなり残りは自警団に任せてフェルサは調査隊に混ざった。

　焼け跡というよりは黒い粒になっていた。

　「これじゃ、何が何だかわからないな」

　「岩山が一つ消える程の何かだな。もしこれが武器ならなぜここなんだ。ゾルサムはすぐそばだというのに」

　ベリフの言う事にフェルサは考えた。

　「試しているのか？武器の威力を」

　「そうだな。狙ったか、試しているのか知らないがいい迷惑だ。人がいなくて幸いだったよ」

　「ああ、人がいなくて良かった」

　フェルサの表情が曇った。

　「あのさ、昨日はちゃんと話せなかったがよろしくな」

　ベリフが握手を求めて来た。フェルサは「ああ、こちらこそ」と握手を交わした。

　魔物退治をしながらの調査は夕方に終えて一行はゾルサムに戻り城で状況をバリンツに報告した。

　「結局のところ原因はわからんか」

　「何も残っていませんでしたから」

　バリンツの問いにベリフが答えた。

　「フェルサ、君はどう思うか」

　「わかりませんが、あの時ゴーグルで音を拾ったら空の方から何かが聞こえました。ずっと高くてわかりませんでしたが何かが動いていました」

　フェルサの答えにざわついた。

　「そうか。みんなにこれを見てもらいたい」

　バリンツは部屋の壁に画面を映し出した。

　「これは各地にいる派遣員が撮った記録だ。実は以前からこれと同じ現象が起きている」

　画面であちこちに丸い焼け跡の映像が映し出された。

　そして確認されているだけの状況だ。

　画面の地図の数か所に×印が表示されていた。

　「見ての通り規則性がないから共通点がわからない。しかし何者かに襲われたという情報もない。そうなるとフェルサの言った通り空からの攻撃が考えられる。次にこれを見てくれ」

　バリンツが画面を切り替えた。空に浮かんだ黒い物の映像だった。

　「これは『テスジェペ』の大型望遠鏡で撮られたものだ。推定だと小さな島一つ分だそうだ」

　「島？」「島が空に浮いている」

　室内が一斉にざわついた。

　「取りあえずテスジェペに技術者を派遣する事にした。自警団にも何人かついていってもらう。それから防衛策を考えよう」

　会議が終わり皆退出していった。

　「それでは私達はモスランダに戻りモハルダに報告します」

　「わざわざ来てくれてありがとう。モハルダ殿によろしくな」

　レンディとバリンツは握手をして部屋を出た。

　「じゃあな。フェルサ」「ベリフも元気でな」

　ベリフとフェルサも握手を交わした、

　この日の晩にフェルサ達はゾルサムを出た。

　一行が訪れたオアシスでは人々が血を流して倒れていた。

　「くそっ！盗賊か！」

　レンディが舌打ちした。

　「いえ、盗賊もやられています」

　コンファが指を差した。

　「しかし店は荒らされてはいない。どういう事だ」

　泉の方角から鎧姿の男が現れた。

　「何者だ！」

　明らかに様子がおかしい男にレンディは叫んだ。

　「何だ女か。その周りの男達は少しは剣の腕がありそうだな」

　男はにやりとレンディ達を睨んだ。

　「お前がやったのか！」

　「ああ、そうだ。盗賊共が店を荒らそうとしていたからな。まあ俺にはどうでも良かったが暇つぶしにみんな斬ったのさ」

　男は赤い目をしていた。

　「赤い目？」

　フェルサはゴーグルを着けて起動した。赤い目の人種を検索すると『ゼロラ人』がヒットした。

　「ゼロラ人。人工的に作られた人間！」

　フェルサは画面に出た文字を読み上げて驚いた。

　「ほお、早速調べたか。なかなか賢いガキだ。私の名前はカリュス。相手になってもいいが死ぬぞ」

　「戦わなければ見逃してくれるのか？」

　「そうだな。そこのゴーグルを着けたガキもいるからな。人間でない俺でもガキを切るのは趣味ではない」

　「おい！俺は……」

　フェルサの口を隣にいた兵士が「黙ってろ」と塞いだ。

　「カリュス殿。貴公の輝かしい戦績になれず残念だが我々は急がねばならない。もし機会があればその時にお手合わせ頂こう」

　「ほお、若いのになかなか物分かりのいい女だ、名前は？」

　「私はモスランダのレンディ。失礼する。行くぞ！」

　レンディの掛け声で一行はランマンに乗って走り去った。

　「何だよ。こっちの数で勝てたんじゃねのか」

　フェルサはレンディと並んで走った。

　「言うな。さっき言った通りだ。報告が優先だ。無駄な戦いをしたくない。それにあいつには勝てなかっただろう」

　フェルサの横にコンファが近づいた。

　「そうだぜ。あれは只者じゃない。鎧も特別製だ。あれは堅いだけじゃなくて弾力もあるな。剣で貫けない」

　「コンファの大剣でも無理なのか」

　フェルサはコンファが背負った剣を見た。

　「ああ、多分な」

　一行は次のオアシスを目指して走った。

　「モスランダ……フフフ、そのうち遊びに行くか」

　カリュスは背中から翼を伸ばして飛び去った。