領主と騎士の町

 砂漠の中にくり抜かれたような形で存在するモスランダは長老のモハルダとその家族が代々治める町だ。

 モハルダの息子のスレンドルは40を過ぎた頑強な男で政治家と騎士団総統を兼ねている。スレンドルの妻ミリアンは早く他界し娘のレンディが騎士団の小隊長に就いている。

 騎士団は二十人程、町で代々住んでいる者が勤めていた。

 この時代でも他の町とのいさかいや盗賊団の襲撃が起きて時には激しい戦いになる事もあった。また旧時代にあった国という概念はなくなり、それぞれの町や村が自治権を持つようになった。

 モスランダにフェルサが来てから数日経った。

 ロンデゴとはまだ会話らしい会話はしていなかった。部品屋を営むロンデゴは発掘に出かけてその翌日に店を開く暮らしをしていた。フェルサは家事をしながら暮らしていた。しかしボレダンの事を思い出してはふさぎ込む事が多く、ロンデゴも夜は黙って酒を飲んで寝言で家族の名前を呼んでうなされていた。

 そんなある日の夕方、

 「すまない。ここにフェルサがいると聞いてきたが」

 ドアの向こうから女の声がしてフェルサが台所から出て「俺ですが……」と言いながらドアを開けた。

 「リュゼッタさん!」

 思わずフェルサは叫んだ。

 「無事に来られたみたいだな。行き倒れになったみたいだが」

 「ああ、でも元気にやっているよ」

 二人で話していると店からロンデゴが入って来た。

 「知り合いか?」

 「盗賊から助けてもらったんだ。えっとリュゼッタさんだよ」

 「話は聞いている。フェルサが世話になったそうだな」

 「いや、良かった無事で、そして生きていてくれて」

 フェルサはロンデゴを見て表情を固くした。

 「そちらも同郷の方だとスレンドル殿からお聞きした。ボレダンの事は心からお悔やみ申し上げる」

 リュゼッタの言葉にロンデゴは少し目を伏せた。

 「ありがとう。正直まだ辛くて気持ちが整理つかないが何とか生きていかないと思うようにしているんだ」

 「おじさん……」

 フェルサはうつむいたロンデゴを見上げた。

 「全然気休めにならないが、私はね、生きているだけで儲けもんだって思うようにしているよ」

 「本当気休めにならねえよ」

 フェルサはため息をついた。

 「うるさい、このクソガキ!まあそれだけ口を叩けるだけお前は大丈夫か」

 「昔から手に負えないクソガキだってこいつの親父が言っていたよ」

 ロンデゴがフェルサの頭を拳でグリグリと回しながら言った。

 「ああ、あんたはこのクソガキの親代わりだからな。しっかりしつけないと駄目だぞ」

 リュゼッタが微笑むとロンデゴも「そうだな。そうするか」と表情が明るくなった。

 「ところでリュゼッタさん。あんた何者だ」

 「私はミリアンの友人であちこちの町を旅しているんだ。旅のついでにスレンドル殿に頼まれた調べ事もやっていてね。ここに来る途中でこのクソガキが札付きの盗賊に遭っている所に出くわしたんだ。本当はそのままモスランダに来る予定だったが、ボレダンの様子が気になって見て昨日ここに来て状況を報告したってわけ」

 「あれからボレダンに行ったのか。でもここに来るの早いな」

 「ああ、私のランマンは足が早いからね。特注もんだよ」

 「うわっ、見たいな」

 「そうか。お前の隣に置いてあるから見てきていいぞ。でも乗るなよ」

 「わかったよ」

 フェルサは喜んで外に出て行った。

 「やれやれだな」

 ロンデゴが呆れた。

 「まあそう言うな。オアシスで見た時、あいつの目は死んでいたからな。よほどショックだったのだろう。私も見てきたが本当に驚いた。ただ焦げた跡があって何もないんだ。あんたにも酷な話だけどな」

 「そうか……暇があったら見に行くよ。教えてくれてありがとう」

 「いや礼には及ばない。それでな。フェルサの事だがスレンドル殿に話したら剣を教えたいと言われたんだ。良かったらちょっと考えておいてくれないか」

 「そうか。わかった。一度顔を見せた方がいいと思っていたからな」

 「そういう事でよろしくな。あんたも気をしっかりな」

 リュゼッタはロンデゴと握手を交わして家を出た。

 「どうだ。すごいだろう」

 「すごいな。俺のよりひと回り大きくて2本足で足が太いし、こんなのでそんなに早く走れるのか」

 「そうだ。でも高かったんだぞ。お前、機械に興味があるのか?」

 「ああ、近くの山で掘ったりしていたんだ」

 「じゃあ、それも伝えておくんだな。近いうちに領主の家に行く事になるだろうからな」

 「へえ、そうなんだ」

 フェルサはポカンとした表情で答えた。

 「じゃ、また会えるといいな。元気でな」

 リュゼッタはランマンに跨って起動した。ランマンがキューンと鳴りだした。

 「ありがとう、リュゼッタさん。じゃあまた」

 フェルサが手を振るとリュゼッタは「またな」と言って走って行った。

 「本当、足が早いな。あっ金を返すの忘れた。まあいいか」

 リュゼッタが見えなくなるとフェルサは家に戻った。

 翌日、フェルサとロンデゴは領主モハルダの家を訪れた。

 二人をスレンドルが出迎えた。

 「ロンデゴ、調子はどうだね」

 「まあ、まずまずの暮らしをしています」

 「それは良かった」

 型通りの挨拶と軽い世間話の後でスレンドルはフェルサの話題に入った。

 「フェルサ、随分辛い思いをしたな」

 「はい……」

 フェルサはおどおどしながら小声で答えた。

 「いきなりだがどうだ、剣を学んでみないかね。ここでは皆が一生懸命に働いて生きている。お前はまだ子供だが何をするにも戦う力をつける事が必要だ。砂漠には魔物もいる、それに魔物以上に悪い人間もな。何をするにも戦わないと生きていけないんだ」

 スレンドルが諭すように言った。

 「言っている事はわかるけど、そんなに強くないし……俺は剣で戦うより機械いじりや発掘をやりたいんだ」

 「おお、ちゃんと目標があるのか。いや、家でふさぎ込んでいると噂で聞いていたから心配していたんだが……それなら尚の事、剣を学ぶと良い。発掘に出かけると魔物と戦う事もある。それと訓練の合間にランマンの整備を手伝わせてやろう」

 「本当か!あっ……」

 思わず喜んでフェルサは口を押えた。ロンデゴが「すみません」とフェルサの頭を拳でグリグリと押した。

 「ハハハ、よっぽど機械が好きなんだな。まあいい。お前と同じように身寄りがない子供達にはこうして色々と教えてモスランダの為に働いてもらっているんだ。だからお前もしっかり学ぶんだぞ」

 「はい。ありがとうございます」

 フェルサは兵士に案内されて部屋を出て行った。

 「ロンデゴも辛いだろう」

 ロンデゴは小さく「はい」と答えた。

 「惨状を聞いた時には言葉も出なかった。見るかね。記録があるんだ」

 「リュゼッタ様が撮って来たのですか?」

 「ああ、よく知っているな。本当助かっているよ彼女には……それで見たくないのなら構わないが?」

 「いえ、見ます。見せて下さい」

 「わかった」

 スレンドルが小型の端末を操作すると部屋の壁に大きな画面が浮かんだ。

 「これが……」

 「そうだ。ボレダンの跡だ」

 画面にスライドのように次々と表示される惨状にロンデゴは絶句し涙が溢れてきた。

 「見ての通りだ。痛ましすぎる。君の家族も気の毒だったな」

 「こんな、こんな事って……」

 ロンデゴが肩を震わせながら呟いた。

 「きっとフェルサも同じ位に心を痛めているのだろう。早く立ち直る事を祈っているよ。君もな」

 「はい、ありがとうございます」

 ロンデゴが涙を拭きながら礼を言った。

 「それでだ。この件をどう判断すべきか迷っているんだ。何かの偶発的な現象だったのか。故意だったのか。そして同じ様な事が他の町で起きないか。この現象に何か心当たりはないかね」

 ロンデゴは一息ついて画面を見た。

 「村全体が焼失している状況からだと普通の災害とは考えにくい。しかも範囲が村だけに絞られている。それに泉も枯れている。よっぽどの高熱で一瞬で燃えないとこんな風にはならないでしょう」

 ロンデゴは画面を切り替えて見ながら答えた。

 「そうだな。私も同じだ。考えられるとしたら旧時代の戦いに使われた強力な兵器ぐらいだが、それでも解せない。なぜあの村か?それとも元々村にそういう兵器があって何かの拍子に爆発したのか」

 「そういう物があったとは聞いた事がなかったです」

 「そうか……ありがとう。さすが技師だけに参考になったよ。何か村の事を思い出したら教えてくれ。君も辛いがフェルサの面倒を見てくれ」

 「はい、わかりました」

 ロンデゴが領主の家を出た頃、フェルサは敷地の広場にいた。

 「君がフェルサか。私はレンディ、騎士団の隊長だ」

 短い金髪で凛々しくも幼い顔立ちの女がフェルサに話し掛けた。

 「えっ隊長……ですか?」

 自分と同じ年頃の少女が隊長と聞いてフェルサは驚いた。

 「ああ、そうだ……言っとくけどお飾りじゃないから。こう見えても強いからね。女だからって甘く見ないでよ!」

 フェルサは「はい」と小声で答えた。

 「それで、フェルサ。いきなりで悪いが剣の腕を試させてもらう」

 レンディがそう言うとフェルサに白い剣を渡した。

 「これが剣なのか?へえ……村にあったのより軽いな」

 フェルサは軽く振ってみた。

 「何だ、知らなかったのか。軽くて切れ味は鋭いからな。ならいくぞ!」

 レンディが剣を抜いて振りかぶった。

 「ちょっと……全く!」

 フェルサはレンディの剣を止めた。

 「くっ……重い!」

 フェルサがこらえてレンディの剣を振り払って応戦したがあっさりとかわされた。

 しばらく剣を交えた後、レンディがフェルサの手首を剣で叩いた。

 フェルサは「いてっ!」と叫んで剣を落とした。

 「悪くはないな。誰から教わったのか」

 「父ちゃんから少し……」

 「そうか。お父様に感謝するんだな。基礎は大体出来ているから他の子達と一緒に学ぶといい」

 「あ、ありがとうございます」

 「ところでお前、年はいくつだ?」

 「えっと十三です」

 「そうか。私より二つ下だな。よろしく頼む。その剣は君の物だ。それじゃ向こうで訓練してくれ」

 レンディはそう言うと家に帰って行った。

 「何だよ。偉そうに……確かに剣は強かったが絶対無理だ。ああいう女」

 フェルサは陰口を叩きながら子供達の中に入って訓練を受けた。

 「ただいま、おじさん」

 夕方になってフェルサは家に戻った。家の中は静かだった。

 「あっ店か」

 フェルサは剣を入口の壁に立てかけて急いで夕食の準備をした。

 「おお、帰って来たか」

 ロンデゴが台所に入って来た。

 「ああちょっと待って。もうすぐ出来るから」

 「ああ、こっちも店を閉めるからゆっくりやってくれ」

 ロンデゴはすぐに台所を出て店に戻って行った。

 「ああ体が痛い。明日から大変だな」

 フェルサは腰を押さえながら料理した。

 次の日からフェルサは朝から領主の家で剣の訓練とランマンの整備をして夕方に帰宅して家事をする日々を送った。

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