ボレダンの悲劇

 『ボレダン』……岩山に囲まれた小さな村だ。沸き上がる泉で人々が自給自足で暮らしていた。また、一部の住民は出稼ぎで外の町で住んで働いていた。

 「じゃあ、行ってくるね」

 幼いフェルサは家を出ようとした。

 「山の中は危ないから気を付けるのよ」

 母親のミヴェリが心配そうに声をかけた。隣には妹のシャルマが小さく手を振っていた。

 「大丈夫。すぐ帰ってくるから」

 家を出ると父親のギレニットが空を見上げていた。

 「どうしたんだ?」

 「いや、何でもない。山に発掘だったな。気を付けるんだぞ」

 「わかったよ、じゃあランマン借りていくね」

 「壊すなよ」

 「うん。大丈夫」

フェルサは四本足のランマンに跨った。

ランマンのハンドルを握ってすぐ下の画面に触れると点滅はじめた。

 「じゃあ、行ってくるね」

 フェルサは手を振ってギルニットの横をゆっくり通り過ぎた。

 時々村の住民達に会う度に挨拶を交わしてフェルサは村を出るとランマンを加速させた。ランマンは足を器用に動かして走った。

 村から離れて山道を登り、洞窟の入口に着いたフェルサはランマンを降りて剣を持って振り返った。少し遠くにボレダンの村が見えた。

 「結構、早く着いたな」

 フェルサは洞窟に入っていった。

 小さな照明をつけて洞窟の奥に着くと小さな機械が散らばっていた。

 「ここはもう何もなしっと」

フェルサは気にも留めずに先に進んだ。

 奥に行くと通路が見えて来た。

 「前はなかったのに、昨日の地震のせいかな」

 崩れかけた通路を進むとそこには見知らぬ機械が沢山置いてあった。

 「おおっ!機械の置き場だったのかな。よし持っていこう」

 フェルサは両手に持てるだけの機械を持って通路を出た時、

 ドーン!

 地面が激しく揺れた。

「何だ!」

 フェルサは機械を放り出して身を伏せた。揺れはすぐに止まった。

 「今のは何だろう。地震じゃないしまるで爆発……、まさか村が!」

 胸騒ぎを覚えたフェルサは全力で先ほど来た道を走って洞窟を出た。そして息を切らして村を見て茫然とした。

 村は消えて黒い円状の焼け焦げた跡だけが残っていた。

 目の前の光景がどうして起きたのか、そしてどうするべきか子供心に整理が付かないままフェルサは、

 「うわあああああ!」

大声で叫んでその場で泣き崩れた。

 ガシャンと背後で音がして振り向くとそこにはランマンが横に倒れていた。

 「そうだ、帰らないと!」

 フェルサは立ち上がって急いで重たいランマンの機体を持ち上げると跨って全速で山道を走り抜けしばらく砂漠を駆けて村に戻った。

 そこには村はなかった。

 あるのは黒焦げた地面だけだった。

 「家は?父ちゃんは?母ちゃんは?シャルマは?」

 目の前に広がる風景にフェルサが求めるものは何もなかった。

 焦げ臭い香りの風がフェルサの鼻に入り思わずその場で吐いた。

 「死んだのか、みんな死んだのか……そんな、そんな……」

 吐しゃ物と共に流れる涙と鼻水を流しながらフェルサはうずくまり、

 「うわああああああ!」

と大声で叫んだ。その叫びに誰も答えずに静かに風だけが吹いた。

 泣き疲れて目覚めた時にはすっかり暗くなっていた。

 「行かなきゃ……どこに?どこに?」

 落ち着きを取り戻して考えた時、父のギルニットが前に話していたモスランダを思い出した。

 「池も干上がっていてここにいても死ぬだけだ。行かなきゃ」

 フェルサは立ち上がってランマンに跨って電源を入れた。

 「燃料はあるけど行けるのか。えっと……そうだ、ゴーグル」

 フェリサは跨ったまま振り返って機体の後ろの小物入れを開けてゴーグルを取り出して顔につけた。

 ゴーグルとランマンの接続が完了して各種の情報がレンズに表示された。レンズに映し出される情報は目の動きで選べるようになっており、ランマンの動きをゴーグルで制御できる仕組みになっている。

 「とにかく『サイポス』を探しながら行こう」

 フェルサはランマンを走らせた。

泣き疲れて涙は流れず焦燥した表情で淡々とランマンを操作して村を後にした。

 それから五日後にモスランダに着いた。

 その間、一定の間隔に置かれた白い等身大の石のサイポスを手掛かりにして進んだ。サイポスは文字で書かれていると同時に、ランマンに現在地とその先にあるサイポスや町までの距離を転送できた。人々はこのサイポスをもとに各地の町を行き来していた。

サイポスやランマンなどの機器はこの世界の太陽ともいえるアロピナの光をエネルギーにして稼働していた。

今でも旧時代の機械文明の多少の恩恵は受けているが昔の戦争で使われた機械を狂わせる多数の兵器の影響で強力な通信やレーダーが使えない世界ではこうして近距離での機械のやり取りを行うだけで精一杯だった。

砂漠には人間を脅かす魔物が住んでおり砂漠を渡るのは命がけだった。

フェルサもメガサソリに襲われて逃げ出したりしてモスランダを目指した。オアシスで水を補給して旅をしていたが、食料を買う金がなく日に日に体が弱っていった。

 そんなある日、小さなオアシスで休んでいると三人の大柄な男が近づいてきた。

 「お前、金持っているか?」

 「……」

 フェルサは何を言っているのかわからなかった。

 「金を持っているかって訊いているんだよ!」

 別の男がフェルサを平手打ちした。

 「何するんだ。持っていないよ!」

 状況を理解したフェルサは身構えた。

 「こんなお坊ちゃんが一人旅とはな。どんな商売しているんだ?」

 「何もしていないさ。何だお前達は!」

 「ふん、お坊ちゃんかと思ったら口の利き方を知らないガキかよ。親に捨てられたか」

 男の言葉にフェルサの目が大きく開いて手が震えた。

 「うるせえ!」

 フェルサは男に飛びかかったが、男は軽くよけた。フェルサはその場に転んだ。

 「ふん、身ぐるみ剥いで金目の物を探すか」

 男達が一斉にフェルサに襲いかかった。

 「やめろ!」

 フェルサはじたばたと抵抗したが、男達の力にはかなわなかった。

 「ちっ、何も持っていないな。あのポンコツなランマンを解体して売るか」

 下着だけにされたフェルサは「やめろ、やめてくれ!」と叫んだ。

 「まだ元気があるな。魔物の餌にでもするか」

 「そうだな。どうせ生きていても意味ないしな。ハハハ」

 男達に手を掴まれた時、

 「おい、子供相手に何やっているんだよ。この変態野郎!」

 甲高い女の声がした。

 男達が振り向いた。

 そこには長い剣を持った女が立っていた。

 「ふん、大きなお世話だ。お前、いい体しているな」

 一人の男が女に近づいた時、

 「うっ!」

 男は声にならない悲鳴を上げた。男は腹から背中に剣で貫かれてその場に倒れた。

 「お前!」

 二人の男が激高して剣を抜いて女に襲い掛かったが女は一瞬で男を切り裂いた。

 男達は悲鳴を上げる事もなく倒れてその場に大きな血だまりが出来た。

 「ひっ!」

 フェルサは声にならない悲鳴を上げた。

 女はフェルサを睨みつけた。

 「おい、助けてやったんだ。礼くらい言えないのかい」

 「あ、ありがとうございます。それと……すみません」

 きつい口調で言う女にフェルサは動転しながら言うと、

 「何だよ、すみませんって」

 「い、いや。何か俺のせいで人を殺したみたいで……」

 「ああ、そういう事。気にするな。こいつらは、お前みたいな弱い連中から金を巻き上げるクズ野郎だ。今まで多少は目をつぶっていたが子供相手にこんな真似するのはさすがに黙って見ていられなくてな」

 長いボサボサの髪のせいで清潔には見えないがその女は気高い雰囲気を漂わせていた。

 「本当にありがとうございます。それじゃ俺、行きます」

 服を着たフェルサは立ち上がってランマンに乗ろうとした時、

 「待ちな!」

 女が呼び止めた。フェルサは「えっ?」と振り返った。

 「お前、死ぬ気じゃないだろうな。行く当てもなく死に場所を探し回っているような顔してさ、何をやっているんだ」

 「ボレダンが消えて誰もいなくなってモスランダに行く途中だよ。行っても何があるかわからないけど」

 相変わらずきつく話す女にフェルサはボソボソと答えた。

 「ボレダンが消えただと!おい、その話をもう少し聞かせろ!」

 女の問いにフェルサはこれまでの状況を説明した。

 「信じられん……一瞬でそんな事になるとは」

 「本当だよ」

 フェルサはボソッと答えた。

 「わかった。お前はモスランダへ向かえ。サイポスを辿っていけばあと2日で着けるだろう。これで水と食料をちゃんと補給しろよ。それと今みたいな盗賊には気をつけろよ」

 女はフェルサに少しの金を渡した。

 「これ、もらっていいのか?」

 「仕方ないだろう。金は持っていないのだろう?」

 「ありがとうございます。あの名前は?」

 「リュゼッタだ」

 「ありがとうございます。リュゼッタさん。俺はフェルサ。それじゃ行きます」

 「フェルサ、気をつけてな」

 フェルサは「それじゃ」とランマンに跨ってオアシスを後にした。

 「絶対に行かなきゃ……」

 何の目的のない旅でもフェルサにはなぜか使命感を覚えた。

 次のオアシスでフェルサは干し肉を買って一口入れた途端、焦げ臭いボレダンの光景が脳裏に浮かんで吐き戻した。

 「ううっ、苦しい……」

 吐き気のせいか悲しみのせいかフェルサは涙を流しながら水を飲んだ。

 「本当に行けるのか……でも行かなきゃ」

 残りの干し肉を紙に包んで服のポケットに入れてフェリサはランマンに跨ってまた歩きだした。

そして2日後、フェルサの目の前にモスランダに通じる道が見えた。

 「もう少しだ。もう少し……」

 食料が喉に通らず水だけで過ごしてきたフェルサの顔はやつれてランマンのハンドルを持つ手の握力もなくなっていた。

 そしてモスランダの道に通じる入口で意識を失い、ぐったりとうつ伏せになったままランマンが道を歩いた。途中の曲がり道の岩肌にランマンがぶつかり、その拍子にフェルサはランマンから落ちてその場に倒れた。

 目が覚めた時には家の中にいた。額が冷たかった。

 「気がついたか?」

 太い男の声がした方向に頭を向けると日焼けした中年の男が立っていた。

 「えっと……ロンデゴおじさん?」

 「ああ、そうだ。覚えてくれていたかフェルサ。ギルニットの息子だな」

 ロンデゴがフェルサの額に当てた布を持って容器に入った水に浸して絞った。

 「どうして……」

 「お前が倒れているのを誰かが見つけて、子供が行き倒れていると騒ぎになって見に行ったらお前だったので引き取ったのさ。後で領主の家にも行った方がいいな」

 ロンデゴがフェルサの額に布を置いた。

 「そうか。ありがとうな。おじさん」

 「ああ、それで何をしに来たんだ」

 「何をしに……って」

 フェルサの目から涙が流れた。

 「おい、どうしたんだ!」

 「ボレダンが……消えたんだ。みんなも一緒に」

 「何だと!」

 ロンデゴの大声が部屋中に響いた。

 フェルサは自分が見た一部始終を話した。ロンデゴは愕然とした。

 「そんな……それじゃ俺の、俺の家族も……うおおおおお!」

 ロンデゴはその場に泣き崩れた。

 「嘘だろ!そんなの嘘だろう!」

 「ごめん、俺だけ生き残って……」

 フェルサの言葉にロンデゴは充血した目でキッと睨みつけた。

 フェルサはロンデゴが何を言いたいのか察したが、ロンデゴは拳を震わせフェルサに背を向けて黙って隣の部屋に入ってドアを閉めた。

 部屋からむせび泣くロンデゴの声が漏れた。

 (きっと俺が死ねば良かったと思っているだろうな……)

 フェリサも仰向けになったまま涙を流した。

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